2 飛んで火に入る夏の虫

「おじゃましまーす」


「うふふ……飛んで火に入るなんとやら、だねっ」

「下心を隠さない子だなぁ」


玄関に足を踏み入れると、なんか凄い良い匂いがした(語彙力死亡)。

なんで女の子ってあんなに良い匂いがするんだろうね。

リノちゃんにくっつかれてる時も甘い香りがしたし。


出されたスリッパを履き、まっすぐ歩いて行くと、広めの部屋に案内される。


「どうぞどうぞっ。ここがリビングねっ。遠慮無く寛いじゃってっ」

「じゃあお言葉に甘えて(ゴロン)」

「女の子の部屋で即寝転ぶなんて……流石っ」


ふわふわのカーペットや、枕がわりにしてるクッションからも良い香りがして、僕はウトウトとなる。

疲れていたのか、そのまま、意識は遠のいて…………



…………スゥ

……ハァ……

…………スゥ

……ハァ……

ダメダメ……

マダガマン……

ガマンシナキャ……

チャンスハ……

コレカラ……

マイニチアル……


「ンア……?」

「あ、起きた?」


目の前に、リノちゃんの顔があった。

僕と同じように、隣で横になっていたようだ。


「んー……はぁ。何分寝てた?」

「五分くらいかな……お茶用意したから、飲んで?」


テーブルの上には、グラスに入った冷たい飲み物とケーキ。

僕はムクリと身体を起こし、「んーっ」と身体を伸ばす。

ポキポキ、関節の音を響かせていると、隣の彼女も身体を起こす。

熱っぽい瞳で僕を見ていて、少し髪が乱れて顔にかかり、どこか艶のある雰囲気を醸し出していた。

ううむ……確かに、飛んで火に入る夏の虫だなと、僕は身の危険を感じた。


「そういえば、お礼がどうとかって話、だっけ? それに関してはこのお菓子で十分だから気にしないで」

「んーん。命の恩人相手にはコレだけじゃ足りないよ……?」

「命と来たかぁ」


まぁ感謝されて悪い気はしない。

彼女が満足するまで接待を受けてやろうか(王)。


「にしても、いいとこ住んでるね。マンションのセキュリティーも凄そうだったし。実はお金持ちのお嬢様、だったかな?」

「あはっ、ウチは普通の家だよー。ここにあるのは全部っ、私達『姉妹』が稼いだものっ」

「姉妹でか、それも凄いねぇ。お姉さんと二人暮らし?」

「うんっ。『今は』、ね」

「住人が増える予定なんだ。確かに、部屋も多そうだもんね、ここ」

「増えるのは『一人だけ』だよっ。それ以上は受け付けてないのっ。まぁ、『身内が増える』分には構わないけど、グフフ」

「そっかぁ」


まーその辺の事情は、彼女らの事情だ。

訊き過ぎるのも失礼だろうし。


ピンポーン


「おや、来客かい?」

「そんな予定は無かったけど……あっ! もしかして!」


壁掛けのモニターで、一階のマンション玄関にいる来客を確認するリノちゃん。

チラリと見えたのは、帽子を被ったポロシャツのお兄さん。


「どうぞー、持って来て下さーい」


リノちゃんはお兄さんを招き入れた。

んー? 通販の配達員さんかな。

こういうマンションには宅配ボックスなるものがあるが、入りきらない程の大きな買い物、かな?


それから少しして、


ピンポーン


「はいはーい。今行きまーす」


玄関までタタタッと掛けるリノちゃん。

もし大きな荷物なら手伝うべきだろうが……「あっ、お兄ちゃんは座ってていいよっ」……そう言われたら従う他ない。



その後はテキパキと、同じポロシャツを着た複数のお兄さん達が中に入って来て荷物をリビング手前の部屋に運んで行く。

どうやら、引越し業者さんだったらしい。


「それはそこにっ、あれはあそこにっ」


なんて、配置の指示を出しているリノちゃん。

僕はそれらを黙って眺めつつ、時折、


「ん……?」


と、何か違和感のようなものを覚えたりしつつ……


作業は三十分ほどで終わり、業者さんは帰って行った。


「ふぅ……ごめんねっ、騒がしくしちゃってっ」

「別にいいよ。新しい住人さんのやつかな?」

「そうっ。『今日から』住むのっ」

「へぇ。そうなると……」


この後歓迎会なりなんなりするかもしれない。

今すでに、その人がここに向かっているかもしれない。


「僕はそろそろお暇した方がいいかもね」

「なんで?」

「なんで?」


ブルル!

と。

ポケットで、僕のスマホが震える。

この震えは電話だ。


「ちょいと失礼。あれ? 『妹』からだ。(ピッ)もしー」


『……おい。お前の部屋、すっからかんなんだが?』


「なんで?」

『こっちが訊いてんだが?』


ガチャリ


「ただいま」

「あっ、お姉おかえりー」


『……お前、今どこにいる?』

「お兄ちゃんもちょっとよく分かんねーや」


最初に伝えたが。

玄関から真っ直ぐ歩いた先に、このリビングがある。

なんで、リビングからでも玄関の様子が把握出来るわけなんだが……。


「…………え?」


帰宅して来た彼女は、リビングにいる僕を見て固まる。

僕に睨み顔を向けていない彼女を見るのは、初めてだった。

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