糧になる

 ケルボルクの話を聞いて、彼女の中には同情する気持ちが芽生えていた。この世界に漂着したのは、運命ではないかとも考えていた。

 それでも今の自分を失うのには、大きな抵抗があった。何をするでもなく茫然と再生炉を見下ろしている彼女に、イスセンスダもケルボルクも何もしようとはしない。不意を衝いて再生炉に突き落とすことなど、容易にできるのにもかかわらず。


 やがて黒い太陽が貧しい世界を真の闇に包んだ。

 暗黒の中で輪郭だけが浮かび上がる。

 ……まだ彼女は決断をためらっている。そしてイスセンスダもケルボルクも、ただ彼女を待っていた。

 その内に醜い石拾いたちが現れて、背負いカゴに集めた石くずを、再生炉に転がし落とす。石くずはガラガラと音を立てながら斜面を転がって、底の見えない無限の暗闇に消える。

 彼女には石くずの悲鳴が聞こえるようだった。自分もまたこの石くずたちと変わらないのだと思うと、彼女は酷く虚しくなった。ここで逃げ出しても、やはり石くずたちのように、破壊されて回収されるのだろう。ただ知識を吸い出すためだけに、消費される存在……。

 悲しさと虚しさに彼女は心が圧し潰されそうになり、泣きそうな気分になったが、その体には涙を流す機能が備わっていなかった。ただ口から弱々しいうめき声が漏れるだけ。


「うぅ……」

「どうした?」


 ケルボルクの不思議そうな問いかけに、彼女は感情をこめて訴える。


「あなたには分からないんですか?」

「何の話だ」

「悲しいという感情。あなたたちには心がないんですか?」

「あるにはある。しかし、悲しいという感情は持たない」

「そう……なら、教えてあげます。私がこの世界に」


 そう宣言した彼女は、イスセンスダを真っすぐ見すえた。


「でも、独りは怖いです。あなたも一緒に落ちてくれますか?」

「分かりました。それであなたが満足するなら」


 イスセンスダは即答する。彼女は改めて、この者もまた人間のような感情は持っていないのだと理解した。人の形をしているだけなのだ。

 彼女はイスセンスダの手を取り、再生炉に背を向けて、ゆっくりと重心を後ろに傾ける。イスセンスダは抵抗せず、そのまま彼女とともに再生炉の中に転げ落ちる。

 永遠の暗闇の中で、二人は果てしない落下を続けた。

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