虚無の世界
イスセンスダは語りを続ける。
「この世界は不完全なのです。故に完全にする必要があります。そのために、あなたの知識が必要なのです。ただ生み落とされて、死ぬこともなく、永遠に生き続ける。喜びも悲しみも、快楽も苦痛も無い――そんな世界は嫌ですから」
「だから、殺し合いをしてるんですか? もしかして死ぬために?」
「その通りです。たとえ体がバラバラになっても、我々は死ねませんでした。この世界に死の定義が無かったからです。砂のように粉微塵に砕かれても、小さな欠片の一つに意識が宿って残り続けました」
「それなら、この戦いも無意味じゃないですか?」
彼女は率直に疑問をぶつけた。体が砕けても意識が残り続けて死ねないなら、戦うこと自体が無意味ではないかと。
イスセンスダは肯定する。
「はい。無意味と言えば、無意味です。しかし、意味を与えられるなら、無意味ではありません」
「どういうことですか?」
「我々は死ぬ方法を見つけたのです。そして、この世界には生死が生まれ、優劣が生まれました」
その時、闘戯場で歓声が沸き起こった。
何があったのかと彼女がフィールドに目をやると、勝者の半魚人のような生物が、敗者のトカゲ人間を叩き潰している。何度も何度も倒れた敗者に拳を打ちつけたり、踏みつけたりして、その体を砕いている。ただ無心に。
敗者に鞭を打つ行為に、彼女は目を背けた。
「ひどい……」
彼女のつぶやきに、イスセンスダはフィールドを見下ろしながら言う。
「あれは石拾いのためにやっているのです。この闘技場で負けた者は、石拾いに再生炉まで運ばれます」
「再生炉?」
「はい。我々は再生炉にくべられることで、死を得るのです」
イスセンスダが何を言っているのか、彼女には分からなかった。死を得るという表現も、再生炉という物も。
「分からない……という顔をしていますね? では、私と一緒に再生炉を見に行きましょう。『百聞は一見に如かず』です」
彼女は促されるままに、イスセンスダとともに闘戯場を後にする。ことわざの意味を深く考えることもなく。
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