闘戯
二人は闘戯場の観覧席に移動する。フィールドに近い場所は観客で埋め尽くされていたので、二人は上段からフィールドを見下ろした。
闘戯場のフィールドでは、漆黒の鎧兜に身を包んだ巨漢と、ほっそりとしたトカゲ人間が対峙している。フィールドには他に誰もいない。
合図も何もなく、いきなりトカゲ男が鎧の巨漢に飛びかかった。それと反応して、観客がワッと歓声を上げる。多くは言葉にならない叫びだ。
しかし、決着は一瞬。トカゲ人間は鎧の巨漢が放った拳の一撃で粉砕される。比喩ではなく、文字通りの粉砕。トカゲ人間の体はバラバラに砕け散る。
いくつかの破片が観覧席にまで飛んで来た。彼女はショックの余り、思わず口元を覆ったが、想像していたよりグロテスクではなかった。
血しぶきが飛び散ったり、内臓が飛び出したりしない。まるで石細工のように砕け落ちるだけ。
観覧席では、どよめきが起こる。落胆と失望、それに安堵が入り混じったような。
そんな中、鎧の巨漢は悠々とフィールドを後にした。
それから間を置かず、フィールド内に先程のカエルのような生き物の集団が入ってきて、破片を回収する。
石拾いだと彼女は察した――と同時に、石ころの言葉は正しかったのだと知った。元は人の形をしていたと、石ころもそう言っていた。
闘戯場のフィールドでは、早くも次の仕合が始まろうとしている。どうやら審判はおらず、それぞれが勝手に戦いはじめるようだ。
「誰が何のために、どうしてこんなことを……」
彼女には全く理解できなかった。誰かの娯楽に無理やり戦わされているにしては、それらしい人物が見当たらない。そもそもこの闘戯場には貴賓席のような特別な観覧席が存在しない。
彼女の疑問にイスセンスダが応える。
「我々は退屈な存在なのです。ここに生まれた命は、定めを持ちません。何のために生まれて、何のために生きるのか、その答えは虚無です」
「虚無?」
「黒い太陽、淀んだ風、崩れる砂、沈まぬ水――これがこの世界の全てなのです。他には何もありません」
イスセンスダの話を聞いた彼女は、信じられない気持ちだった。
「何も無い?」
「そうです。しかし、あなたは違うようですね?」
「それは……私も生き物ですから。あなたもそうでしょう?」
イスセンスダも生き物ではないのかと、彼女は問いかけた。
だが、返答は否。
「我々は生きてはいますが、あなたとは違うのです。我々はただこの世界に生み落とされただけで、何の役割も与えられませんでした」
「その……繁殖とか、しないんですか? 子供を産むって言うか……」
「我々にはそんな機能はありません。本能も寿命も無いのです。それなのに、ただ意識だけがある――ということは、どういうことなのでしょうか?」
「私に聞かれても……」
彼女は困惑した。イスセンスダの語っている内容は理解できる。理解はできるのだが……答えられない。
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