第8話 ココロを拾い集める道化
自室の中から操作したのか、リビングの明かりはエイが自室に引っ込んでから間も無く消え、茫と扉を見続けていたオリもそれを契機にしてソファに寝転がっていた。
オリとしては眠気が全くこない頭を体のせいかもと考えていた。一方でその頭の中の膨大な情報を弄びながら、今の状況を考えていた。
「YEaaaa! HappyBirthDay!!」
突然響き渡った声は、オリの耳を経由せずに直接頭の中に現れていた。
目を白黒させながら、オリは近くに人がいないことを感覚しているにもかかわらず、思わず周りを見渡してしまっていた。そんなオリの困惑を気にした様子もなく声の主は続ける。
「突然ゴメン! もう我慢しきれなくて! いや、キミとMr.ハナガスミの話の最中に話しかけたら一層キミが混乱しそうだと思って、終わるまでは待ってたんだけど、そこが限界で! それは褒めて! キミが頭の中を整理しているのを邪魔してしまったね!」
「いいえ。それはいいんですが……」
オリが繋ごうとした話の続きを、騒がしい声はまるでわかっているかのように攫っていく。
「あぁ。私のことだね! 私はキミたちが得た情報を集積し、また提供する、情報集積体サルメ。管理は三柱すべてだけれど、所属は一応ウズメということになっている」
「三柱……。……ウズメ?」
「あぁ、ゴメンゴメン。結論から言ってしまうのがボクの悪い癖でね。えーっと色々初めて聞く内容が多いとは思うんだけれど、実は初めて聞く内容ではないんだ」
オリにはこのサルメが話す内容どころか、話の流れがわからなすぎて、頭の中は疑問符だらけになっていた。そんな様子を知ってか知らずかサルメは続ける。
「さっきMr.ハナガスミとの話が終わって、ボクがキミに話しかけるまでの間していたボクとの接続。あれは集中せずにただ揺蕩って情報収集していただけだから、改めて精査をしないと理解とはならないけれど、これそれを調べるぞ! と集中して収集すれば、キミが知りたいことはその場で理解ができるはずだ」
「……接続。収集……」
「そう。知りたいと思えば繋がるから」
胡散臭いというか、話の持って行き方が強引すぎることにオリはちょっとした反発を覚えながらも、促されているみたいなので、言われるがままに機能を行使する。話題に出ていた、三柱、ウズメの単語を思い浮かべ、それがどのようなものか知りたいと思う。
三柱:肉体製造のイシコリドメ、意思回路製造のオモイカネ、遊興振興のウズメ。エクスタットを支配、構成する3つのコングロマリット。
ウズメ:遊興をヒューマノイド技術の発展の手段および目的とするコングロマリット。エクスタットの三柱の一柱。イシコリドメやオモイカネが諌めないと性的な方向に流れがち。
「おぉ」
「うまく繋がったみたいだね。よかったー。慣れればもっと上手く使えるようになるよ」
「わかるんですか」
オリが収集した情報の内容を聞いてもいない先から、サルメが確信を持ったようにいう。不思議に思うオリであったが、今までの話の流れからある仮説が思い浮かんでいた。
「もしかしてこの接続って双方向なんですか?」
「その通り! いいねぇ、そうでなくっちゃ! いやいや安心してよ。公開したくない情報にはボクですら無理しないとアクセスできないから」
「無理すればできるんですか……」
「いやいや! 無理と言うのは無理だから無理と言うんだよ! 不可能という意味ではないと言うのも事実ではあるけれど」
「はぁ……」
「気にしても仕方のないことだから、気にしないで! そんなことよりも、何でボクがキミに話しかけたかと言うことだよ!」
「何で……? 全てのアンドロイドの情報を集積しているしているのなら、みんなに話しかけているのでは?」
当然の思考の流れだった。このサルメと言われる人物がいう通りの存在であるなら、そうして然るべきだった。そうでないとしたら気まぐれかオリに何か特別な性質があるかである。
無論オリには自身も感じているように特別な性質があるのだが、この時にはそれよりも別の実感に浸っていた。
オリは独りで情報の中を揺蕩い、この賑やかな情報集積体と話をしていく中で、ようやく自分が人間ではなく所謂SF的な機械人間、ヒューマノイドに生まれ変わったのだと理解していた。加えて、実際に情報が機械的に頭の中に流れ込んでくることで実感もしていた。
生身の時とは違う、その機械的な情報処理が自身の内部で行われていることの気持ち悪さを付随させながら。
「ヒューマノイド。キミは完全機械ではないから、分類としてはエルロイドだね! こんな高性能で高品質のエルロイドはなかなかいないけど」
「これは話が早いと喜ぶべきなのか、侵害されていると憤慨すればいいのか」
「あはは! キミが今の体である限り、どうしようもないことだから諦めて欲しいかな。それより」
サルメは話を戻す。
「確かにボクはみんなと繋がることができるけれど、そんなに暇というわけじゃないからね、みんなに話しかけているわけではないんだよ。ボクの演算領域も無限ではないから、マルチタスクにも限界はある。それに何より、ボクの第一命題は情報の収集統合、フィードバックの結果生まれる技術創造だからね!」
「だったー」
「だったらなぜと言うのは、もちろんこの第一命題の達成にキミとの会話が有用だと判断したからだ! Mr.ハナガスミとの話を盗み聞きしていて……、今その情報は秘匿領域にアーカイブ化してあるけれど、キミは前世の記憶があるそうだね!」
「先ほどのアドバイスのとおり諦める方向で行きますが、そうです」
「うんうん! キミが嘘をついていると自分で認識していないことはわかっているし、こうして繋がって直接会話をしていて、キミの意思回路が通常とは違う動作をしていることも感じ取れている。とっっっっっても興味深い!」
「うるさっ」
「あぁ! ごめんね。感情表現が振り切れてしまった」
大きくなりすぎたオーディオのボリュームを絞るように、テンションをチューニングしていくサルメ。
「今まで数えきれないと言うより、製造されてきた全てのドロイドと繋がってきたけれど、これは未知の中の未知だね。と言うより、キミの意思回路の動作は全く理解ができないし、エミュレートもできない……」
オリの意識に少し悩んでいるかのような間が届く。
「何て言うか……他のコたちと比較して、光っているように見える。これは、もしかして……綺麗? ってことなのかなぁ。まぁ、私にはクオリアが実装されていないから、綺麗と言う言葉を本当の意味で理解できているかは怪しいところだけれど」
「オレにもよくわかりませんが」
サルメのいう光も綺麗さも実感できないオリは、そう答えることしかできない。
そもそも前世においてもオリには他人が考えていることが分からなかった。いや、それは正確ではない。どうしてそう考えるのかはわかる。でも自分しかいない世界でもないのにどうしてそれを実行できるのかが理解できなかった。
「ハハハ! それはそうだ。他のドロイドの情報を受け取ることはあっても、こんなふうに繋がることなんて、ボクにしかできないことだからね。エッヘン!」
言っている意味を理解していないであろうその返答にオリはいつもと変わらない愛想笑いを返すしかない。
その形になり切らないオリの落胆を差し置いて、逸れてしまった話題を元に戻すようにするサロメの意識がオリに伝わってくる。
「いやはや。今日は挨拶だけのはずだったのに、妙に興がのってしまった。遊興を司っているだけに!」
この情報集積体にギャグセンスはないようだった。遊興を司っているはずなのに。
「ハハハ。面白い面白い」
オリは阿ることを選択した。
得体は知れないけれど、間違いなく今のオリより優位な立場にいるこの情報集積体に対して、そうする以外の選択肢はなかった。その選択肢を選べる程度にはオリも短い前世の中で世の中を学ぶことができていた。それは世の中を諦めることとほとんど同義でもあったけれど。
「隠そうとしていない感情は筒抜けだと言わなかったかな!」
その学びをうまく実践できているかどうかは別であった。
「いや、……あの」
「おかしいな。人間たちにも大爆笑冗句なはずなんだけれど」
「遊興を司っている人たちがそれではまずいのでは」
いや、それよりもとオリは方向を修正する。
「話を戻そうとしていると感じたのですが?」
どう考えても枝葉末節に逸れていっていた。
「うん! その通り。今日は挨拶だけだったけれども、これから頻繁にお邪魔するから、よろしくといいたかったんだ!」
「そうですか。……拒否権は?」
「ないね!」
「……」
「そんな微妙そうな気持ちになるものじゃないよっ! ボクと繋がることはキミにとっても有用なことになるのは疑いようもない」
顔を持ち、表情というものがこの情報集積体に存在するとしたら、満面の笑みで言っているに間違いのないとオリは思う。それを容易に想像させる声音が伝わっていた。
「即時の情報検索はデフォルトとしても、通常の検索インターフェースでは検索しづらい情報も、ボクのサポートがあれば探せないなんてことはあり得ない。まぁ、存在しない情報は探しようがないけれどね。それにボクに情報からの創造性を求めても無駄だ。既存の定理であるならばその限りではないけれど、それを発展させるのは無理だ! そこはそれ、使い方次第というやつだ」
うんうんと自分の言葉に頷きながら続けるサルメ。
できることとできないことを地続きの話題とするのは詐欺であった。実際にオリに伝わっているのは言葉だけで実際の事柄としては全くと言っていいほど伝わっていなかった。加えて悪意はないが、自覚的な詐称行為であることはサルメも理解していた。
「それにボクが求めているのは、まさに前世のキミの情報とキミがキミであることから生まれる創造性だ! そこのところにとっっっっても期待している!」
指摘してもどうしようもないこともあると、オリの耳なのか頭なのかのどこかの部品?(完全機械ではないらしいエルロイド? の体はどんなもので構成されているかはわからないが)に微かに感じる大声から生じる痛みは無視して、ともかくオリは予防線は張っておくことにした。
「自分で言うのも何ですが、俺は前世で大した人間でも何でもありませんからね」
「いいさ! 期待するはボクの勝手。それから、何が大したことであるかを決めるのもボクだ! キミじゃあない」
「それはそれは」
オリはなぜだか心臓がきゅうと締め付けられる感覚がして、泣きそうになる。
「! 面白いね! 未知の反応だ!」
一瞬で収まってしまっていたが。
「あぁ〜。もう少し観測していたかったのに。ねぇねぇ今のもう一回やってくれないか」
「自発的なものではないので何とも……」
なんともヒトのココロを理解できていない情報集積体であった。
「そうなのか……。じゃあ、『いいさ! 期待するはボクの勝手。それから、何が大したことであるかを決めるのもボクだ! キミじゃあない』」
ワクワクを隠しきれない様子で、さっきの言葉を繰り返すサロメ。
「……。……。……?」
「何でだー!」
今の間はオリの反応を待っているものであったらしい。
「何でも何も」
言葉にして伝わるものなのかがオリにはわからなかった。前提として言葉にできるのかも言葉にしたいとも思っていなかったのも致命的だった。伝えるどころか言葉にできるわけもなかった。
「難しいね! だけれど楽しいね! これはボクの知識から得られる楽しさでしかないかも知れないけど」
オリはその言葉にサロメのもどかしさのようなものを感じていたが、それを自覚させるようなことはしなかった。このあけっぴろげな初対面……初接続の相手が自分で言葉にしない気持ちの、深いところを共有できるほど、オリは社交的でも思いやりのある人間でもなかった。また、意識的には生まれ変わって1日も経っていない身では当然でもあった。
代わりに、オリには悪意があるとは思えない(無邪気と言う名の邪気はあるかも知れないが)この情報集積体が、自分に飽きる時が来るまでは付き合ってもいいかとは考え始めてもいた。
「ん〜! それを同意と受け取ったよ! 取り下げはナシ!」
いまだに慣れない意思の双方向接続によるサルメの話の早さに置いてかれそうになりながらも、オリも応える。
それは打算であった。でもそれだけではなかった。打算以外がなんなのか今のオリには形にできなかったけれども。
「はい。よろしくお願いします」
オリは頭の中で手を差し出すイメージをするが、ハテと思う。
そういえば、この繋がりのイメージの中でオリ自身の体は想像できているが、サルメのイメージはとても曖昧で文字が降ってくるようにしか感じられていなかった。
「あなたはどんな姿なんですか?」
「ん? ん〜、中身はキミと同じ金属と人工生体のハイブリットだけど……。キミが聞きたい外見という意味では、正六角柱の金属系繊維強化複合材料かな。淡い紫色をした」
「それは……、そうですか」
人生経験の浅いオリではとても反応しづらかった。確かに自称全て(何万機? 何十万機か?)のドロイドとつながっているのならば、その脳となる部分は巨大になるのは当然で、ヒトの形に収まるはずもなく、またその必要もないに決まっていた。
「んふ〜。色がね気に入っているんだ。紫は高貴な色だからね! でもそれが?」
改めてオリの想像の埒外となったモノが、どうかしたのかと問うてくる。
打算以外の感情を確かめたくてオリは思ったことを伝える。
「いえ。握手をしようとしただけです。これからよろしく、と。でも、別にどうしても必要なことではないですから」
何でもないとオリはいう。なんでもないわけがないモヤモヤしたものをいつものように心に抱えながら。
けれども、もう片方にとっては何でもないことではなかったようだった。
「握手! ハンドシェイク! ヘンデドルック! エストレッチャマーノス! いいじゃないか! ボクの初めての身体的接触だ! 今しよう! すぐしよう!」
「いや、だから」
「あぁ。なるほど。……ん〜」
ブロックしているのか、強い思案の感じは伝わってくるが、何を思案しているかはオリにはさっぱりわからなかった。
「よしっ! 後で考えよう!」
「何を?」
そろそろオリもこのどうしようもない相手に殊更丁寧に話す必要もないかと思い始めていた。
「それじゃあ、キミもそろそろ休まないといけないし、今日のところはさよならしようか」
「無視か〜」
「明日も忙しいから、早めに休んでおくことに越したことはないよ! ボクらの脳も人間と同じように、休んでいるときに情報が整理されるからね。睡眠とは違うけれど脳機能を極力抑えておくことは必要だ。情報処理能力にコンマ数秒の遅れが出ることもままある。それが命取りになることもあるかも知れない。特にキミには」
この世界でうまく生きていけるのかは今のオリにとって最重要課題だった。そのため今のサロメの発言は聞き逃せないものだった。
「それはどういう?」
「それは、また今度。今日の情報程度で影響が出るような体でもないのは間違いないけど。だけど明日は特別だ」
今までとは打って変わってサロメは密やかに告げる。
「明日は間違いなく産みの親に会うことになるからね。Ms.ミヤウシロは親とは思っては欲しくないだろうけれど」
親しいヒトの内緒話をするように告げる。
「覚えているかな。生まれた時のこと」
「いえ、あまり」
答えた通り、オリが覚えている最初はコーヒーの香りだった。それ以前はぼんやりふわふわしていて、はっきりと認識しようとしても焦点の合わない霧の中にいる映像でしかなかった。
「じゃあ彼女とキミにとって二度目のよろしくだ」
きっとその言葉の付属品は満面の笑みだと思った。顔がなくたって間違いないとオリは思う。
そのことに綺麗さを感じていた。
生まれ変わって、生身ではなくなって、期待しているサルメには多少は悪いと思いながらも、オリは今の自分が感じるものが、前の自分の感じていたものの模倣でないことを証明できないとお考えていた。前の世界と地続きだと思えているこの意思は残滓でしかないのかもしれないと。
だけれども、模倣だとしても、名前が思い出せない仮称ゼンセクンの時間から続く今のオリは、ナゼもナニもなく感じていた。当然のようにサロメの笑顔を綺麗だと感じていた。
他人の喜びへの純粋な喜び。ヒトが幸せだと自分も嬉しい。
そんな思いの発露を綺麗だと思っていた。思えていた。
そう思えることに、オリはこれが模倣であったとしても今の生に感謝していた。
その綺麗を見せてくれるこの世界にも。
同時に、オリはこの綺麗な情報集積体が忘れていることに呆れてもいた。
「それじゃあ」
「ん?」
オリの目に映る綺麗の付属品があしらわれた、降り注ぐ文字列が疑問の形を口にする。
「このよろしくはオレとサルメとの唯一最初のよろしくであるわけだ」
「……? うん! よろしく! オリ! 過剰な装飾語は意図が伝わりにくくなるから要注意だぞ! Welllllcooooome!Tooooo!Newwwwww!WooOooorld!!」
何とも恥ずかしいセリフを言ったわりに、未だココロを知らない情報集積体にはまるで伝わっていなかった。
今現在、朱色に染まるのはオリの顔だけだった。
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