第5話 鋳造の権能持つマレビト

「来たぞ」

 エイはラボの前の認証機に声をかけ、部屋の中の反応を待つ。

 その扉の表面は他のイシコリドメの無機質な扉と違って複雑で、見るものが見れば優美な紋様が全面に描かれていた。

 この部屋の主が言うには視覚に訴える美術的な優美さが工学的にシンプルな機能美に繋がるとのことであったが、その時にエイは物思いにふけっていて聞いていなかったのでそのことは記憶には残っていない。今も、細かいことが好きな子どもが書いた迷路みたいだな、何て由無し事を思いながら、いつもの気怠そうな姿勢で待っているだけであった。

 エイの訪問への返答はなかったが、微かにも音を立てず扉は開いた。

 その部屋は仕事とプライベートが見た目にもはっきりと分かれている空間だった。部屋の面積は六十畳ぐらいだろうか。その七割のスペースには円筒状の筒が四本とそこから何の用途か理解できないコードと機械類が伸びている。

 その近くにはエイも見慣れてはいないが見た目から想像はできるモノーー人を構成するバラバラ部品が棚に所狭しと、しかしながらきちんと整理整頓されて置かれてた。人を構成するとは言っても、骨と思われるものは白ではなくメタリックな色を、筋肉と思われるものは液体の様に絶えずその中身を流動させている様であることを除けば、ではあるが。

 そんなグロテスクな工学的なエリアとは対照的に、残り三割のスペースには、机、本棚、ソファ、ベッドなど一般的な家具が並んでいた。しかしエイは、その本棚に並んでいるラインナップが決して一般的ではなく、人工生命との恋やら友情やらの作品で埋め尽くされていることを知っていた。

 そんな何とも筆舌に尽くしがたい部屋の主は、円筒の一つに繋がる機械群の前で楽しげにホロスクリーンを操作していた。

 貴種の証である射干玉の髪はミディアムにまとめられ、墨色をした瞳を納めた眼は大きく丸い。それが少し垂れている様子が優しさを表し、柔和で気品のある完璧な顔を構築していた。その完璧なバランスを、左の目尻にある縦に並ぶ二つの小さな黒子が僅かに崩していた。

 身体つきは平均的でありながらも、妙齢の女性のしなやかさと柔らかさを兼ね備え、それを維持する為に相応の努力をしていることが見て取れるはずだった。この女性がもしも公的な場所に出る服装をしているのであれば。勿論公的ではない彼女のプライベートスペースであるこの仕事場ではそうではなかった。

 女性らしい体はもっこりとしたセーターとコートで隠され、内巻きと外はねが数学的に完璧な調和をしているはずの黒髪は、口元まで巻かれたたマフラーと一緒に巻かれてしまっているがためにその自然な曲線を失い、頭のシルエットが茶巾で絞る栗きんとんの様になっていた。

 唯一墨色の目だけがその魅力を保ったまま……いや、公的な場では発せられないキラキラとした光をたたえている今の方が、瞳だけは女性の魅力を高めていた。

「おー。ちょっとまってて。もうちょっともうチョット」

 歌うように返事をしながらも、エイに視線を向けることはしない。

「今回は何をくれるんだ」

「いーもの。いーもの」

「いつもそう言っているんだが……。だいたい酷いぞお前の試作品は」

「使いこなせてないだけ。だけ」

「使いこなすも何も。組み合わせないと使い物にならない物さえあるんだが……」

(その度に俺はオッサンと顔を突き合わせてウンウン唸っているのだが)

「使い方があるなら、どう組み合わせるのか渡す時に伝達してくれ。知っているか報連……相はされても困るが、そんな上司は部下に嫌われるぞ」

「嫌われていませーん。みんな尊敬の眼差しで懐いてくれてますー。それに、どう組み合わせるかなんて考えて作ってないから、報連なんて出来ません」

「いやでも……現に組み合わせの妙で、あーこうなんのね。へーよく考えるわ。なんてものになっている時が現にあるんだが」

「確かに組み合わせることでなんかいい感じになるかもー。なんて作った後に思うこともあるけど、これとどれを組み合わせればいい感じ! なんて考えて作っていないし。その組み合わせは花さんとノバクさんの試行錯誤の結果です。いわば何も言わずに渡すことが私から2人に対しての相談ということですね」

 ふふん、なんて自慢げに鼻を鳴らすが、それはつまるところ。

「投げっぱなしって言うんだよそれは」

 その通りでしかなかった。

「返ってくるレポート読むとインスピレーションが湧くんですよねー。あー、こう使うんだー。じゃあーって言う感じに」

「ひどい知的侵害を受けた。訴えたくなってきた」

「どうぞどうぞ。その知的権利が何から生まれているか、もう一度真剣に考えてからにした方がいいとは思いますが。情けは人の為ならずとはまさに」

「情けで金取らないで欲しいんだが」

「材料費です」

 反論のしようがないほどに、エイが提供されている物の品質は試作品とは思えないほどに高い。

 それをバラして持っていくところに持っていけば、差っ引かれている報酬分以上の金額になることは間違いなかった。さらにそんなものが端金になるほど、その試作品に使われているアイデアは特異で特別なものであることもまた確かである。とはいえ、その価値を一般的な有用性に落とし込むことにエイ達が並々ならぬ努力と労力を払っていることも同様に確かなことではあった。

 昨日の夜に急に連絡を受けて、超特急で依頼を解決。さらに報告。と、いいかげん珈琲欠乏症になってきたエイが円筒を眺め見ながらも、早く用事を済ませろと言外に含め非難を告げる。

「で、ヒトを呼びつけた統括長サマは、なんで商品の製造に勤しんでいるんだ」

「このヒトはねー。商品なんかじゃないんだよ。私特製のエルロイドなのです」

 言外の要素は全く伝わっていなかった。聞いて欲しいかはともかく、絶対に話だけはすると決めた人間の話運びであった。

 諦めの境地でエイは話を早く終わらせるべく話を進める。

「特製? 確かにエルロイドはリステロイドに比べて珍しくはあるが、特別とは言い難いんじゃないか? 高価とは言ってもお前にとっては端金だろうし」

 確かにイシコリドメどころかこの都市の権力者のトップの一人に位置する女性には、一般的には手が出せないほど高価な代物であっても、それを何人所持しようともその懐はなんの痛痒も受けないことは間違っていなかった。

「ふふーん。この人は爪の形状から意思回路まで私特製のスーパーワタシオリジナルなのです」

「は?」

 都市の規律に等しい現在の貴種筆頭が衝撃の事実を放っていた。

 さて、この都市エクスタットでは、三柱の企業が都市の基幹産業を支えている。

 その三柱の技術の結晶である人型機械ーーヒューマノイドは、人間をありとあらゆる面でサポートし、人間が暮らしていく上で切っても切り離せないほど重要なモノとなっている。それは他の都市でも同様であるため、高品質のヒューマノイドの製造をほぼ独占しているエクスタットは世界中の都市の中で最上級の価値を持っている。

 今や生活必需品として扱われているヒューマノイドは、たとえ人間であっても故意に危害を加えると情状酌量の余地があろうとも間違いなく重い罪に問われる。このことからもヒューマノイドのひいては世界法で保護されるものを製造しているエクスタットの価値がどれほど高いかは理解せざるを得ない。

 ただ、その力は単一の個人や組織が独占できるものではない。大きな力になってしまったが故に、元は一柱であったものは三柱となり、その役割は分けられていった。

 ヒューマノイドの脳に当たる意思回路を製造するオモイカネ。ヒューマノイドの技術を遊興に利用し、その結果を他の二柱にフィードバックするウズメ。そしてヒューマノイドの肉体を製造するイシコリドメ。

 それぞれはそれぞれの領域を侵すことは決して許されていない……ハズである。

 規律は規律であるがために守られなくてはならない。そうしないとそれを保てなくなるので当然のことである。そして権力者はそれを維持するために自分自身も規律を守らなくてはならない。少なくとも守っていると周囲に思わせなくてはならない。

 少なくとも、世間話のように知り合い程度の人間に開帳していい事柄ではなかった。

「……いや、おまえそれは……流石にまずくね」

 基本何に巻き込まれようとも自己責任の構えで、他人のすることに苦言を呈することのないエイもコレには、非難を混ぜた苦い口調で言わざるを得ない思いが口をついて出てしまっていた。

「マズくない、マズくない。このヒトは商品じゃないから市場には決して出ないし。そもそも一個人がヒューマノイドを一から作ることは禁止されていないんだから」

「それは禁止されていないんじゃなくて禁止するまでもないだけだと……」

 まさか柱の統括長がそんな屁理屈を捏ねる筈が無いとか、商品じゃない個人的なものを社内で作るわけがないとか、それよりなにより技術的に困難だとか、色々言いたいことはあったが、個人経営とはいえ一国一城の主であるエイにはいっておかねばならないことがあった。

「一個人なら社のものを勝手に使うのはいかがなものかと」

「違う違う。このヒトは全部私が材料から買って製造して組み立てして、頭の方も公表されている基礎構造以外は私のオリジナルでアクチュエートさせたものだから、金銭的にもコンフィデンシャル的にも問題なしなし。ここの機械もポケットマネーで揃えたものだし。……スペースはまぁ、家みたいなものだしっ!」

 こんな幅広い知識と能力を持つ人間が存在することを想定していないだけなのではないかという考えを、エイはとうとう口にすることはなかった。ここで何かの間違いで論破できたとしてもエイに得になることは何もなかった。雇い主の妄言を否定しないことを誰が罪に問えるだろう。問う奴はパワハラというものの存在を知らない。

 誰かに罰せられることはないにしてもエイ自身の貴重な時間は奪われていくものだ。その代価としてエイは知的好奇心を満たしておくことにした。

「……それでお前の意思回路はオモイカネのものとどう違うんだ?」

「オモイカネは柱の方針として、意思回路を体のスペックを十二分に活かすように調整しているんだよね。完全機械のリステロイドには意思がほとんど含まれない望まれた機能を果たすだけの意思レベルしかないでしょ」

「だけど、エルロイドはほとんど人間と変わらない意思レベルらしいが」

 確かに街中で宣伝されているエルロイドのスペックはその通りであり、普段の生活でもエイは人間とエルロイドの違いをほぼ感じたことがなかった。

「うん。でもね私は、そのほとんどってところが気になるんだよね。エルロイド達には作られたものではなく、自然にそこにいるヒトとしての意思を感じさせるものであってほしいんだ」

 その夢と感傷にどれほどの意味があるのだろうか。どう作ろうがヒューマノイドが作られたものであることは動かしがたい事実であり、現にいま統括長が作っているモノにしたって、材料を放置していたら自然に生まれてきたモノではない。そう思いながらも、エイはそういう存在をこのあらゆる意味で常識のないこの女性が切望していることを知っていた。そして望むモノのために自分が責任を取れる範囲で能力を駆使することに意味のない批判や嘲をすることを良しとするヒトではなかった。

「で? それは実現しそうなのか?」

「うーん。そうなるように設計はしているけれど……。まぁ、実際に完成してみないとわからないね!」

 作業がひと段落ついた様子から、エイはここに呼ばれた理由を思い出した。

「それで今回の試作品はどれだ? とっとともらって退散したいんだが」

 昨日から鞄に入れっぱなしの珈琲豆のことを思いながら尋ねる。

「何言ってるの。このヒトだよこのヒト。何のために待っててもらってたと思ってるの?」

 統括長は目の前の円筒状の容器を優しく愛おしげに触れながら答える。

「いらん」

 半ば予感していた内容であったためか、エイの口からは間髪入れずに断りの返答が発せられていた。

「だいたいなんでそれを他人に渡すという発想になるんだ。グレーゾーンなモノであることもだが、散々個人的なモノだと言っていただろ」

 ともすれば大声になりそうなのを理性によりすんでのところで押さえ、その真意を問いただそうとする。

「いままでの試作品も十分個人的なモノですが……。そうでなければいち便利屋さんには渡せませんので」

「それはそうかもしれないが、今回は流石に物がモノだろ」

「そう、物モノ言わないで欲しいんだけど。えっとね……このヒトは多分生まれるだけでは不十分なんだ。いろいろなものを感じて、いろいろなものを考えて、いろいろなものを体験する。そういった世界の様々を身の回りに置くことで成長し、自分にとっての自分だけの十分さを手に入れる」

 そこで言葉を切り、エイに笑いかける。

「それはこの会社がほとんど全ての私では足りないのです。ここにいたら多分、私はこの人の自由を尊重しようとしてもきっと束縛してしまう。そうしようとは思っていなくても」

 統括長は続ける。

「それで今日までずっと悩んでいたんです。それならば……いやでも……、なんて、離れたくはいけど離れるしかない純情模様。その結果、さっき断腸の思いながらも決めたのです。花さんに面倒を見させてあげようと!」

「いらない」

 エイは笑顔の統括長にはっきりとした断りを入れた。

「花さんのところが最適とは言い難いですけど、まぁまぁ適しているんですよねぇ。余裕がないわけでもない生活レベルで、ほどほどにやりがいのある仕事と、多種多様な人間との交流。これだけあれば選択肢を得る上で十分だと、私が判断したのです」

「聞いてるか?」

 仕事を受けるようになってから、肝心なところでは決してこの女の提案を断れたことがないことをエイは今更思い出す。話の流れが読めたところで、一も二もなく逃げていればよかったと思いながらも、最後まで悪あがきはやめられなかった。

「はい。断ってもらっては私、引いてはこのヒトが不幸になりかねないので、こういう言い方は卑怯かな? とも思いますが、まぁでも仕方ないよね」

 絶世ともいっていい美女が、伝家の宝刀を振り下ろす。

 それが物語の中では決して逃れえない終わりの一撃だとしても、それで死は免れないのだとしても、それがただただか弱い一撃でしかなかったとしても反撃してやるつもりだった。

「断ったら今後一切、依頼はなしで。もちろん試作品の横流しなんてもってのほかですので悪しからず」

 現実の大口取引先に悪あがき程度もできるわけがなかった。

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