第3話 あるヒトでなしどもの独り言

 そこは人間という枠組みでは、理解が追い付かない空間だった。

 白一色に感じるのだが、次の瞬間には七色の光が溢れていた。無限遠の奥に引っ張られているようでいて、三次元だけでなく次元すべてに膨張しているようでもあった。

 怠惰な死を受け入れた男の姿形はないが、死ぬ瞬間のボンヤリとした意識は、僅かではあるが重さを持って存在しているようであった。とはいっても、男の意識は死の間際の瞬間で固定されているようで、周囲の情況を理解しようとする思考の漣も起こってはいなかった。

 そうでなかったとしても、ここは男の意識が主役の場所ではなかった。

 男の意識ーー人間には理解できない空間で、その確かな座標はわかりようもないが、違って感じられる場所ーーを挟む様に白い椅子に座る影が二つ存在していた。

 片方は、白いシルエットだった。その目鼻立ちなどの詳細は、茫洋として確かめることはできない。そのシルエットはなんとも言えず完璧な……言葉を飾らず感じたままを伝えるならば、人間という種の元の型をしていた。

 もう片方は、白と黒、所々その二色が混ざった灰色から成るシルエットだった。そのシルエットも茫洋としていて、細部までは確認できない。自然な曲線で形作られている人間元型と異なり、随所に歪な直線を持ち、認識する瞬間瞬間でその二つの部分が不規則に移動を繰り返しているように見えた。

 人間元型は厳しげな声音で三色シルエットに話しかけていた。

「近しい間柄の誼だからこそ伝えるが、いくら数を揃えたいといっても前回が人間の……加えてこの魂はやめた方がいいと思うぞ」

「r1i2k1a2:h1:_s1i1t1e1_i1r1u1(りかいはしている)」

 情緒が感じられない平坦な声色で理解の及ばない音を、三色は奏でる。

「一時的に数が増えたとしても、輪廻に入らない限り総量は増えぬし、この諦めた魂は何度か人から遠い輪廻を経験しない限り、前向きになるとは思えん。人間に近い形ではその切っ掛けにならんと思う」

「n2a2:i1g1:_d1o1u1_s1a1y1o1u1_s1u2r1:k1a2w1:_w1a4k1:r1:n1:i1(なにがどうさようするかはわからない)」

「確かにその通りではあるが、前回を観る限りそちらの魂達にも良い影響を与えるとは思えぬし、近い形であるからこそ記憶を引き継ぐ確率も高くなるぞ。前を向いていない魂はそうした場合同じ過ちをくり返すことのほうが多い」

「h1i2k1:t1u2g1:_k2a2:u2r1i1t1:h1:_h1o3t1:n1d1:_k1a1i1m1u1。m1a2t1:_o3:i1t1:_i1u1d2a1k1e2::m1o1_a1r1u1(ひきつぐかくりつはほとんどかいむ。またおおいというだけでもある)」

「それを理解しているならばよい。わしらとて後悔は先に立たぬものであるからこそ、正しい理解とその決断は重要だ」

「s1o1r1e2d1:h1a1(それでは)」

「わかった。この魂譲渡するとしよう」

「k1a2n1s1h1:_s1u2r1:(かんしゃする)」

 その言葉を最後にして人間元型は空間に溶けた。

 残された三色は、男の意識……その後ろ向きな魂に独りごとを呟く。

「お前は次を望んだ。誰かのためを望んだ。皆の為を望んでいる今の私達は、皆ではない誰かのためという異なる定数を入れてどのような変化が生まれるのか演算したい。私達は数多の道筋を求めている。繁栄も衰退も求めている。数えきれないものの演算の先の答えを求めている。だからこそ今回私達がお前に求めるものは、極小確率の行き着く答え。お前の幸福も不幸も定数には関係が無い。故にこそ怨みも憎しみも意味がないし、あるいは礼も恩も必要が無い。ただ欲しいものは計算過程ではなく、答えだけであるが故に。可能な限り永い苦しみか喜びを望んでいる」

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