第13話 嘘つきは誰

 翌日、始発の新幹線に乗り、九時過ぎには理央と桜子のアパートの前に千紘はいた。昨日は一睡もできなかったが、ここに来る間も寝ることはなかった。


 千紘はためらいもなく、インターホンを押す。土曜だからまだ寝ているかと思ったが、桜子はすぐに応答した。

「はい」

「私、千紘」

「えっ!?」

 旧式のモニターのないタイプのインターホンにぶっきらぼうに名乗ると、桜子は驚いた声をあげた。そしてバタバタと大きな足音が聞こえて、すぐに玄関ドアが開いた。


「千紘?! どうしたの!?」


 相変わらず化粧は薄く、白髪交じりの髪の毛だが、紺のワンピース姿で身なりの整った桜子が目を丸くして飛び出てきた。

 ──千紘の想像と違っていた。

 桜子は本当に、東京に住む同期の朝の突然の訪問に驚いているようだった。


「桜子、知らないの?」

 千紘は目の力を緩め、十センチ程背の低い桜子を見つめてゆっくりと言った。

「え?」

 何のことか皆目見当のついていない様子の桜子は、首をかしげて千紘をまっすぐに見つめた。

「桜子、死んだことになってるよ」

「ええっ!?」

 桜子は訳が分からないと言わんばかりに、大きな声をあげた。開け放しの玄関から叫んだ声は、向かいの家と二件で共有する玄関ホールに響き渡った。


「なにそれ・・・・・・」

 桜子は眉をひそめ、瞳を震わせる。言っていることが全く分からず、困惑と驚きがないまぜになっているようだった。

「私が・・・・・・死んだ?」

 桜子はやっぱり生きていた。

 

「旦那が、私に桜子が死んだって電話してきたのよ!」

 千紘の言葉に、桜子はかっと目を見開いた。目に強い力が宿る。千紘は肩で息をしながら話を続ける。

「旦那は、私に桜子が死んだなんて嘘までついて・・・・・・」


っ!」


 突然、男性のとがった声が家の奥から聞こえてきた。

 Tシャツにハーフパンツというラフな姿の理央だった。表情は鋭く千紘を睨みあげている。

「何してんだよっ!」

「それはこっちの台詞でしょう!? 桜子が死んだってどういうこと!? 葬儀は親族だけで済ませたってなに!?」

 負けじと千紘は声を張り上げる。玄関ホールにいる千紘の声がアパート中に響き渡った。

 理央は何も言わず眉間に力を入れて、千紘をガンを飛ばすように強くにらんだ。怒りを込めて見つめる千紘と二人、にらみ合う格好となった。


「ちょっと中に入って!」

 低く押し殺したような声で桜子が言い、玄関のドアを広げる。千紘は我に返り、玄関ドアのノブをつかんだ。このままだと全てが近所に丸聞こえだ。

 張りつめた緊張をそのままに、千紘は何も言わず、二人が先に中に入っていったリビングまで上がっていった。


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