第7話 理央の真実

「そ、れは──」

 全く予想していなかった、しかもかなり踏み込んだことを言われて、千紘は戸惑う。目が世話しなく動き、続く言葉が出てこない。


「結婚してすぐの頃よ。子どもが生まれたら、桜子は子どもにかかりきりになって、俺の相手なんてしなくなっちゃうだろうって。最初は子どもはまだ早いって意味かと思ったわ。でもホント、それ以来一度も。四年もレス」

「・・・・・・」


 千紘には結婚生活というものがどんなもので、夫婦生活がどのくらい必要なのかは分からない。だけど独身時代に桜子から下世話な話までよく聞いていたから、それが桜子と理央にとって奇妙なことなのはよく分かった。

「だって桜子は、結婚したら子どもを生んでって──」

 そう、一緒に働いてた頃、夢物語のように言っていたではないか。

 

 “子どもは沢山生んで、お金が足りなくなったら、洋服屋さんにパートに出て──”と。


「ははっ」

 桜子が呆れたように、乾いた笑い声を吐き出す。

「笑っちゃうよね。子どもはいらない。私が仕事するのもダメって。私は、子どもほしいわよ。何度も説得したわ。そしたらりぃくん、何て言ったと思う?」

千紘は全く想像がつかず首を横に振った。

「桜子、おかしいんじゃないかって。そんなにやりたいのかって」

「・・・・・・」

 千紘は絶句した。


 好きな人を求めることの、どこがおかしいのだろう。好きな人の子どもを欲しがることが、どうして淫乱みたいに言われるのだろう。

 そして理央本人は、桜子以外の女を抱いていると言うのに。


「それで今までは、こそこそ浮気してたのが、今回堂々と相手の女も私に分かるようにしてきたでしょう。それで頭きちゃってね」

「・・・・・・こそこそだってダメでしょう」

 千紘はテーブルに肘をつき、頭を抱えるように前髪をつかんで首を振った。ショートボブの毛先が頬を何度も打った。

「隠してるのなら、まだ愛だと思ったのよ」


 こんなこと、全然知らなかった。

 浮気を繰り返す理央。自分とのことは拒まれてさえ、結局はそれを許す桜子。

 自分は自由を謳歌しているくせに、桜子のことはこの地元から遠く離れた小さなアパートの一室に閉じ込めて、自由も交流も奪う理央。完璧な主婦を要求し、できなければ激しく叱責する理央──


 これは──モラハラではないか。


 ふいに腹の奥底から激しい後悔と自責の思いが込み上げてきて、千紘の身体を大きく震わせた。

「ごめん桜子、全然気づかなくて・・・・・・本当にごめ・・・・・・っ」

 

 何にも気づいていなかった。

 理央は優しくて、桜子を大切にしているのだと思っていた。

 桜子は理央に守られ、世間の大変さも現実の汚さも何も見ることなく平和に幸せに暮らしているのだと。

 だから勝手に桜子を羨ましがり、妬んで──


「ごめっ、ほんと・・・・・・わたし・・・・・・っ!」


 激しくむせび、涙ばかりで言葉が出てこない。桜子は逆にきっかけを失ったかのように、もう涙は止まっていた。首を振って、激しく泣き続ける千紘の骨ばった肩に触れた。

「しょうがないよ、私も言わなかったんだもの」

 桜子の言葉に、千紘は更に激しく首を振り、泣き続けた。


 二人が結婚してから四年、いやその前からだ。

 なんという永い年月を過ごしてしまったのだろう。


 千紘の嗚咽と身体の震えは、なかなか止まらなかった。 

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