第2話 将来の約束
桜子は会社と同じQ県の(本人曰く)封建的な片田舎で育ち、Q県の国立大学を卒業した。大学進学と同時に家を出て、会社も寮生活をしていた。
桜子の彼も同じくQ県出身で、桜子とは大学の同級生。卒業すると桜子は就職し、彼はそのまま大学院に進んだ。
S市にある大学と寮は60キロ程離れていたが、そんな距離は全く気にしないようで、桜子は車を飛ばして週末ごとに彼が一人暮らしをするアパートまで出かけていった。
正確には週末ごとではなく、一ヶ月の週末のうち三回会いに行っていた。残りの一回は実家。ある日こそっと「実家にね『帰ってくるのはいつも生理の時だね』って言われちゃった」などと言われた時は、ノロケを通り越してなんとも生々しいことを言ってくれると、千紘は微妙な気持ちになったものである。
たまに彼が、車で桜子を迎えに来ることもあった。
東京生まれの千紘にとって、どうせ田舎くさい兄ちゃんなんでしょと高を括っていた。いや、むしろそうあってほしかった。しかし意に反して恋人の理央は背が高く、少し長めの髪に黒縁の眼鏡をかけた、知的で優し気で──イケメンだった。
「桜子がいつもお世話になっています」
初対面の時にそう爽やかに挨拶されて、これが彼氏彼女っていうものなのかと千紘は深くため息をついたものである。
三ヶ月の研修を終え、千紘は営業課配属になり、桜子は総務課で先輩の補佐として仕事を始めた。それぞれ思い描いていた社会人とは違い、覚えることが多いうえに、日々先輩や客先からしごかれ、悩む日も多かった。
仕事中は顔を合わせることの少なかった二人だが、社員寮に戻ってきて食堂で夕飯を取る時は、仕事のことを愚痴半分で話すのが恒例だった。
「まあ大変だけど、今頑張ったら何とかなる気がするんだよね。一応あの大変だった就活乗り越えたんだしさ!」
千紘は大変な中でも、やりがいや喜びを見つけて何とかしようとする。その一方で桜子は、白くて柔らかそうな頬にふにゃりとしわを寄せて微笑むのだった。
「あのね、りぃくんが結婚したら会社辞めて専業主婦になりなよって言うの」
甘い鼻にかかったような声で「りぃくん」。自分に恋人ができても、そんな呼び方はしないだろうなあと千紘は思った。そしてそんな呼び名を彼本人だけでなく、同期の自分に対しても言える桜子がむしろ羨ましくもあった。
「りぃくんは結婚したら桜子は主婦になって、もし子どもが沢山生まれてお金が足りなくなったら、洋服屋さんで10時から2時までパートしたらいいよって」
夢物語なんだか、妙にリアルなんだかよく分からない話を夢見心地のような顔つきで話す桜子。いつ結婚するのかと聞けば、理央が大学院を卒業したらと二人で決めているのだという。
──あと、二年か。
二年後の自分は今と同じように先輩にしごかれつつ、まだこのQ県で頑張っているのだろうか。当然結婚などしていないだろう。
入社して色々出会いがあるかと少し期待していたが、実際は閉鎖的なこの地方都市で会社と寮を行き来するだけ。つまり出会うとしたら、社内の人間だけなのだが・・・・・・
(会社の人とどうこうなんて、考えられないよ)
入ったばかりの千紘には、先輩は立派で偉く、そして怖い存在で、同期の男子は仲間であるがライバルでもあった。とてもそんな目で見ることができない。
社会に飛び出たばかりで、まだ全てが不確かで千紘は悩んでばかりだというのに。桜子にはあんなにかっこいい彼がいて、もう二人は結婚を決めていて、そして会社を辞めるつもりで働いていて、将来をあれこれと話している。
羨ましくて妬ましくて、そんなノロケを聞いた夜は、大抵寮の部屋で一人ため息をつく千紘であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます