我が家の鬼瓦

ゆきお たがしら

第1話 我が家の鬼瓦

茶の間で新聞を読みながら与太郎の父親

「おーい、おーい!」

隣の部屋にいる与太郎

「無視、虫・・・、なーんてな。」

ニヤニヤするも

「母ちゃん、母ちゃん。父ちゃん、さっきからなにをおーい、おーいって言ってんだい?」

母親、与太郎のそばで縫い物をしながら

「知らないよ。静は遊びに行ってんだから、お前に言ってんじゃないのかい。」

「俺に? 母ちゃんじゃないのか?」

「母ちゃんに用があるわけないじゃないか、お前だよ、お前。」

「俺に? なんの用なのか、母ちゃん知らないのか。」

「知っているわけないでしょ、とにかくうるさくってたまんないから、さっさと行って聞いてみな。」

与太郎、しぶしぶ茶の間に

「父ちゃん、なんの妖怪かい? 妖怪、霊界、幽霊ヒィィィ・・・、ご先祖はいませんぞ。で父ちゃん、なんかようかい?」

父親『?』、新聞から顔を上げ

「おめぇ、なにをブツブツ言ってんだ、用があるから呼んでんだろう。」

「で、なんの妖怪?」

父親、またまた『?』

「おめえも可愛げのねえヤツだな。お父様何かご用ですか、なーんて一度くらい言ってみろ。」

「それは無理だな。なにせ、父ちゃんの子だからよ。」

「まったくもって、おめえってヤツは・・・。まあそれはどうでもいいが、夜、山に登らねぇか。」

「夜? 山に? なんでおいらが夜に山に登らないといけないんだ。」

「お前、暑くてたまんねぇだろう、だからチョックラ涼みがてらに肝試し・・・、どうだい。」

「俺、別に暑くなぁんてないぞ、それに夜はテレビでプロレスがあるんだ。力道山・・・、空手チョップ!」

与太郎、力道山のマネ、父親、手を振りながら

「おいおい、あぶねぇじゃねぇか。やりたきゃ、外でやれ。それより肝試し・・・、プロレスなんぞいつでもみれるんだから、それより肝試し、肝試しは夏だけだぞ。」

「イヤだね。暑さ寒さも彼岸まで・・・、カレーはかれぇ、華麗にかれぇ、とにかくかれぇ。」

父親、またもや『?』

「おまえ、なに言ってんだ?」

与太郎、無視

「とにかくイヤだね、絶対に。特に父ちゃんとは、イヤだね。」

父親、ウンザリしながらも気を取り直し

「そんなこと言うな、たまには親子のふれあい・・・、スキンシップも必要だと新聞にも書いてあるぞ。」

記事を指さす父親、だが与太郎

「き、気色わる! 父ちゃんとスキンシップだなんて・・・、ゾゾゾのゾッだぜ。」

父親、カチン

「てめえ、言わしておけば好き勝手を言いやがって!」

そこへ母親やって来ると

「ギャアギャアギャアと二人でうるさいね、それでなくったって暑苦しいのに、なにを騒いでんだい?」

「母ちゃん、母ちゃん、父ちゃんが肝試しに行こうと言ってうるさいんだ。今夜、力道山が出るんだぜ、肝試しなんかいつでもできるんだから、行きたくねぇよ。」

父親、与太郎を睨みながら

「父ちゃんはな、休みが少ないんだ。こういう時しか、山に登れないんだぞ。」

「そんなに肝試ししたいんなら、次の休みにおばけ屋敷、それがいい。」

「勝手に予定を立てるんじゃねえ。次の休みにはな、俺はしたいことがあるんだ。」

驚く与太郎

「へぇー、何するんだい? どうせくだらないことだろう!」

「この野郎言わせておけば、大人には大人の用事があるんだ。」

与太郎、母親を見ながら

「母ちゃん、母ちゃん、聞いた、父ちゃん、大人の用事があるんだってよ。」

母親、不審そうに

「あんた、次の休みになんか用でも入れているのかい?」

慌てる父親

「な、なにも決まってないが、もしかしたら用事ができるかもしれないってことよ。」

与太郎、意地くそ悪そうに

「えへへ、父ちゃん、これか・・・。」

小指を立てる、が、すぐに指でマル。父親首を傾げ

「なんだ?」

「金がかかるからだろう。入場料、俺と静で千円、父ちゃんと母ちゃんで二千円、それに電車賃が・・・。」

「ば、ばか言え、お前と静がどうしても行きたいと言えば連れてってやる。だが考えてもみろ、お化け屋敷なんて結局はまがい物・・・、まがい物よりは真物、真物は心底こわいぞ。」

「そうかな? つくりもんのほうが絶対迫力あるぞ。だいたい幽霊だ、お化けだなんているわけないんだから、すべて空想の産物だ。」

「そんな事は分からねえ。与太郎、見た、出会ったって人もいるんだから、この世は摩訶不思議なんだ。」

一瞬、与太郎、考える

「たしかに! 人の生き血を吸う政治の亡者・・・、ご立派な人格の人もごまんといるからな・・・。うーん、一概に否定することもできないけど。」

「何を小難しいことを言ってやがんだ! とにかく俺が休みの日しかダメなのは分かっているだろう。それにお化け屋敷は隣町、ところが肝試しはなんたって前の山だ。」

「イヤだね、ボーナスもらってからおばけ屋敷に行けばいいじゃねぇか。」

「む、無理だ。とうぶん俺は休みが取れそうもないから、今日がいいんだ。」

母親、面倒くさそうに

「そうだよ与太郎、父ちゃんがこんなこと言うのはめったにないんだから、行ってきなよ。」

「えっ、ええ! どうして俺なんだ? 静だっているし、母ちゃんもいるのによ!」

母親

「父ちゃんはお前がいいって言ってんだから、つべこべ言わずに行っておいでよ。」

与太郎、強く首を振りながら

「いやだね、父ちゃんがそんなに肝を冷やしたいんなら、母ちゃんと行けばいいじゃないか。」

ふて腐れる与太郎に父親、手と首を同時に振りながら、ちいさな声で

「おまえがいいんだよ。」

母親、聞こえなかったのか台所に。与太郎、母親の背を見ながら再び

「なんでだよう!」

父親、声をひそめ

「与太郎、よく聞けよ。母ちゃんと行ったら、肝を冷やすどころか震え上がるだろう。」

「はぁ、どうしてだい?」

「お、鬼瓦なんかと・・・。」

「えっ! あ、ああ~、言っていいことと悪いことがあるんだぞ。」

そして声を押し殺し

「母ちゃんに言ってやるからな。」

父親、慌てて

「しっ! 分かった、分かった。欲しいもん、買ってやるからよ。」

与太郎

「干しイモ・・・、な~んてなっ。それでなに買ってくれるんだい、食いもんか? それともオモチャか?」

「めんどくせい野郎だな、小遣いだよ、小遣い。普段の三倍、あとで百五十円やるからよ。」

与太郎、シブシブ。そうこうしていると日は山の端に

「おーい、与太郎。そろそろ行くか。」

「・・・。」

「てめえ、いつまで拗ねてやがる。小遣いやると言っただろう、小遣い! さあ行くぞ。」

「たったの百五十円? それじゃあ、オモチャも買えねぇな。」

「買えねぇ? いったいいくらだったら買えるんだ?」

「そうだなぁ、五百円。」

「五百円? おめえ、親にふっかけんじゃねぇぞ。」

「父ちゃん、それくらい当たり前だのクラッカー、にんげん、ふところ、明るく陽気にいきましょう。」

父親シブシブ、与太郎シメシメ。ウンザリする父親だが、与太郎を急かす。だが与太郎、なかなか動こうとしない

「ああ、めんどくせぇ野郎だな、いつまで拗ねてやがる。とにかく肝試しは夏の風物詩、肝試しもせずに夏が終わってみろ、スカンクの屁だぞ。」

「スカンクの屁? 父ちゃんの言ってることわけ分かんねぇな。へっ、屁と言えばにぎりっぺ、そっちの方がいいや。でも・・・、なんか違うな。声はすれども姿は見えず、ホンにお前は屁のような・・・。」

与太郎、唸り出すも、父親

「お前、何をブツブツ言ってんだ。とにかく、行くぞ。」

「それで山って、どこのヤマダ?」

父親、一キロ先の山に目をやり

「あの山だ!」

「あのヤマダ・・・、うふっふ、でも山だ。しかし・・・、あの山まで・・・、父ちゃん、すぐに暗くなるぞ。あそこまで歩く・・・、ゾゾゾのゾだぜ。空気はやけてるし、登るのは重労働・・・、汗かくぞ。」

「ガキのくせして、何が重労働だ。それに頂上に行ってみろ、お前は行ったことがないから知らないだろうが、墓があるんだ。絶対、涼しくなるぞ。」

「墓?」

「そうよ。昔、戦に敗れた武将が、この町にも逃げ込んできたらしい。」

「じゃあ、その落ち武者があの山で亡くなったというのか?」

「そうだ。」

与太郎

「怨念は、おんねん?」

父親、気づかず声をひそめ

「だがよ、本当のところは討っ手を怖れるあまり、村人が一人残らず殺しちまったとのことだ。」

「ひぇ、おっかねぇ、それじゃ村の人は人殺しじゃねぇか! もしかして・・・、父ちゃんも末裔か?」

「ど、どういう意味だ、とんでもねぇこというヤツだな。俺が末裔だったら、おめぇもだぞ。」

与太郎、考えると

「違うぜ、俺は父ちゃんの子じゃねぇからよ。」

「はあ?」

開いた口がふさがらない父親

「おめえ、ホントにわけの分かんねぇこと言うヤツだな。」

だが気を取り直し

「まっ、それはともかく、首まで差し出したらしいぞ。」

「ええっ、首を切り落としたのか?」

「生きるためには仕方・・・、そうしなきゃ自分たちがやられるんだよ。そんな時代もあったんだ。」

「そんな時代もあった・・・、そんな時代もあったわね、いつか話せる日もくるわ。そうなのか、じゃあ、首狩り族なんだ! オッソロしい。」

「いやいや首狩り族なんかじゃねぇが、戦国の時代は生き延びるために農民だって鬼に・・・。自分や一族、土地を守るため禍は根絶やしにしなくちゃならなかったんだ。俺たちが知らないだけだぞ。」

「へー、父ちゃん、まるで生きてたみたいだな。もしかして・・・、戦国時代も生きてたのか?」

与太郎、懐中電灯で竹槍を突くマネ

「なにバカなこといってんだ、それじゃあ俺は何歳なんだ?」

「まあなっ、父ちゃんはよくても太平洋戦争くらいだな。」

「そんな歳じゃねぇ。」

「アハハ。でもよ父ちゃん、父ちゃんが戦争に行ってたら日本軍はすぐに負けてたぞ、しかしそのほうがよかったかも。原子爆弾もだし、何百万の人も死なずにすんだからな。」

与太郎、うなりだす

「祇園精舎の鐘の音、諸行無常の響きあり。ジャン、バラン、ジャララン。娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす。ジャジャジャラ、バチン。おごれる人も久しからず、唯春の夜の夢のごとし。ジャジャ、ジャララン、ジャン。たけき者も遂には滅びぬ、偏に風の前の塵に同じ。ジャラン、ジャ、ジャン、ジャン、ジャン。」

「おいおい与太郎、いっていどうしちまったんだ?」

「父ちゃん知らねぇのか、平家物語の祇園精舎さ。有名なんだぜ。」

「知らねぇな、それにジャランジャランはなんなんだ?」

「琵琶だよ。」

「琵琶?」

「昔の・・・、とにかく楽器だ。」

「ふーん、しかし気色悪い声なんか出しやがって。」

懐中電灯で顔を下から照らす与太郎

「エッヘッヘ、肝試しにちょうどいいだろう。だけど父ちゃん、なんでサンダルなんだ? 父ちゃんが戦争に行ってたら、真っ先に死んでるぞ。」

父親、懐中電灯で足元を、そして与太郎の足元も

「お前こそ、なんで長靴履いてんだ?」

「山にはマムシがいるんだぜ。かまれたら最後、死んじゃうぞ。」

またもや幽霊のマネをする与太郎、そうこうしていると山頂に

「やれやれ、やっと着いた。でもよ父ちゃん、何にもなかったじゃねぇか、なにが肝試しだよ、面白くもなんともねぇ。」

ところが父親、突然、へたれこむ

「父ちゃん、いったいどうしたんだ?」

「よっ、与太郎・・・、あ、あれを!」

「なんだ、火の玉じゃねぇか。じゃあ、このへんに骨でも埋まってんじゃないのか。」

「ほ、骨?」

「ああ、そうだよ。骨のリンが雨水と反応すると、火の玉になるらしいぞ。」

「お、おめぇ、や、やけに詳しいんだな。」

「あたりめぇよ、俺だって勉強してるんだ。敏感、ビン・カン、土管がドカーン。でもよ父ちゃん、こんなとこ来てたら・・・。」

与太郎、幽霊のマネ

「とりつかれるぞ!」

「とりつかれる?」

しかし父親、きっぱりと

「いや大丈夫。」

そしてニヤリ

「うちには鬼瓦・・・、魔物も怖れるかみさんがいるからな!」

お後がよろしいようで、テケテンツクテンツク、テケテン・・・。

                       完


















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我が家の鬼瓦 ゆきお たがしら @butachin5516

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