第七章 ふたたび
一
弥生月も後半になった。
ようやく寒さが緩んできた頃、再び山男らが集まっていた。とは言うものの、久々ではない。この間、授業や合間の喫茶店で顔を合わせたり、電話連絡していたわけだが、いずれにしても、夕方ちょい前からである。昼過ぎから連絡を取り合い、池袋の純喫茶マイアミに来ていた。最近の身近な話題を、夫々が報告がてら話し、それが終わると、決まっている話題へと移る。
そう、山の話へと進む。 何時もそうだ。意識しているわけではないが、そうなる。というよりも、そうなってしまう。好きもの同士が集まれば、自然にそちらの方に向かうのは至極当然だ。それは反面、他に共通する話題がないことになるのだが、それはそれとして、お茶を飲みながら、山の話が延々と続いた。それも飽きずにである。
続きで阿部が提案する。
「そうだよな、この前も話したけどよ。厳冬の八ヶ岳、本当によかったな。来年も、絶対行こうな。勿論、今年と同じ時期にだぜ」
三人が同意した。そこで、村越が高飛車に出る。
「よしっ、阿部、俺が連れて行ってやる!」
「ええっ、お前が?」
「ああ、そうだ」
なにを思ったのか、低姿勢で受ける。
「ううん、分かった。それなら、頼むぜ」
そう言われ、戸惑い尋ねる。
「頼むって、なにを?」
「だから、お前が俺を連れて行ってくれるんだろ?」
「そうだが・・・」
「それだったら、宜しくな。手ぶらで行けばいいんだろ、村越?」
「手ぶらって、なんだよ」
「だから、なにも持たずに行けばいいよな」
「いや、冬山に入るんだ。そんな訳には行かん。なにも持たずに行かれるわけねえだろ?」
「そりゃそうだ。勿論じゃねえか!」
阿部の言い草に、村越がさらに戸惑う。
「なんだか、お前の言っていることが、よく分からん?」
「分かるもなにもない。村越、お前が連れて行ってくれると、今、言ったばかりじゃねえか!」
「ああ・・・」
「それだったら、頼むぜ。俺の荷物、持って行ってくれるんだろ?」
「ええっ、そんなこと言った覚えねえ!」
「だから、村越、お前が俺を連れて行ってくれるわけだよな?」
「そうだが、お前の荷物なんか持って行くなんて言ってねえ。自分が持っていくんだ。大体、そんなわけねえだろ」
「なんだ、そうだったのか。てっきり連れ行くと言うから、俺の荷物を持って行ってくれるんだと思ったぞ。そうじゃねえのか?」
「決まっているじゃねえか。そんなこと出来るか!」
阿部の勝手な言い分に、論外とばかりに否定した。
「なんだ、持って行ってくれねえのか。頼りにして損した。ああ、馬鹿馬鹿しい」
阿部が片目をつぶり、とっぽげにほざいた。
「なんてこと言うんだ、阿部。お前の荷物を持って行くなんて言った覚えがねえぞ。分かっているくせに。だいいち、俺のだって結構重くなるんだ。さらにお前のなんか持てる訳ねえだろ。まったく、ずうずうしいったらありゃしねえ」
村越が呆れた。
「仕方ねえ、それじゃ自分で持っていくか。残念!」
薄笑いし告げた。
コーヒーをすすり、他愛ない馬鹿話を聞いていた佐久間が、話題を変える。
「今年の夏の予定を、そろそろきちんと決めないといかんな。あっという間に卯月を通り越して、夏季がやってくるからよ」
真顔で腕時計を見る。
「あれれ、もう六時過ぎかよ。何時の間にかこんな時間じゃねえか」
「しかし、一杯のコーヒーで随分ねばるな、俺たちよ。これじゃ、この店に申し訳ねえ」
「なに言ってんだ。そんな気持ち、これっぽっちもねえくせに。阿部、格好付けるな!」
村越が突っ込んだ。
「馬鹿野郎、お前は何時もそういう態度だ。たまには謙虚な気持ちになり、これだけ長居をさせてもらっていることに、感謝しなきゃあかんぞ!」
真顔で阿部が諭した。すると惚ける。
「ああ、またまた、阿部の説教かよ。はい、はい、分かりました。これからは、そういう謙虚な気持ちで、なんでも聞きますよ。阿部、これでいいだろ。文句ねえな。こんなに経っちゃまっては、マイアミの親父に申し訳ないから、そろそろ退散するか」
マスターに聞こえるように村越が言い、二人を誘う。
「おい、如何だ。これから一杯やりに行かねえか?」
「おお、いいんじゃねえか。まだまだ話も尽きないし、この前行った八ヶの反省会も終わっちゃいねえからよ」
阿部が応じ、さらに提案する。
「ここもなんだから、席を変えて酒を飲みながら、続きを話すのもいいんじゃねえか」
「ううん、そうだな。お前らとも、この前以来だし、夕飯兼ねて一杯やりに行くか」
佐久間が乗ってきた。
「それじゃ、でっぱつするか」
村越が立ち上がった。三人はそれを機に席を立ちマイアミを出た。
「おい、村越。どこか、安くて美味い店知らねえか?」
阿部が尋ねる。すると、つんと鼻を上げる。
「ああ、俺に任せておけ。行きつけの店があるから、そこにしよう。阿部、心配するな。お前の財布、空っぽにはせんから。まあ、帰りの電車賃ぐらいは残せるようにしてやる。だから、勘定頼みますよ」
「ええっ、村越。冗談言うな。お前らの分なんか払えるかよ。割り勘だぞ、割り勘、分かっているな!」
「あれ、阿部先輩。先輩の奢りじゃないんですか。今まで散々説教、いや、ご指導してくれたのは、可愛い後輩のためですよね?」
猫撫ぜ声で尋ねた。
「なに言ってやがる。こういう時だけ後輩だなんて、嘘ぶきやがって。この阿呆、絶対に割り勘だ!」
目を剥いた。
「ちぇっ、つまんねえの。それだったら、お前らみたいな、胡散臭い奴と飲むのも面白くねえ。自腹じゃ、可愛い女の子と飲んだ方が、どれだけ美味めえし楽しいか分からん。この美男子だ、ちょいと声をかければ女の子が二、三人直ぐに来る!」
村越が調子こく。
「馬鹿野郎、直ぐこれだ。お前に彼女なんかいねえくせに、大法螺吹きやがって、まったく懲りねえ野郎だぜ!」
阿部が口を尖らせ呆れた。
「まあまあ、二人とも、顔を合わせると何時もこれだ。まったくしょうがねえ奴らだ。今日は八ヶの反省会だぞ。女の話は後にしよう。それに、村越。どこの店に連れて行ってくれるんだ?」
佐久間が二人を制し尋ねた。
「おお、そうだそうだ。まあ、ついてきな」
村越が意に返さず、すたすたと歩きだす。着いたところは、やはり同じ池袋の居酒屋「魚人」だった。
「やっぱり、居酒屋か。村越らしいぜ!」
「なにを言う。お前らの懐具合を考えてやってんだ。その気配り、感謝してもいいくらいだ!」
「ああ、分かったよ。村越様、気を配って頂き有り難う。ついでに勘定の方も宜しく頼みますよ」
阿部が調子づくと、村越が拒絶する。
「あいや、それは出来ねえ。出来ねえぞ!」
時間的には早目だが、相応に混んでいるが気にもせず座り、店員が持ってきたジョッキーを軽く合わせる。
「それじゃ、さっきのマイアミでの反省会を続けようや!」
佐久間が発し乾杯する。一気に冷えたビールを喉の奥に流し込む。
「ぷはっ、美味えな!」
村越が満足気に息を吐く。
「最初の一杯がなんともいえねえな!」
「おお!」
阿部も同様に感嘆の声を上げた。
「しかし、すきっ腹だけど美味えな。そう言えばよ、夏場に山で飲むビールも応えられねえよな。それも大汗かいたあと、一気に飲むんだ」
阿部が思い浮かべた。
「そうだよな。丹沢へ行き、山頂まで登りつめ大倉へ下山するまで水を一滴も飲まずに、喉の渇きを我慢してよ。どんぐり山荘で冷えたビールを飲んだ時の爽快さ。いいもんだぜ。そうだろ、佐久間!」
「ああ、そうだよな。夏場の丹沢じゃ、大体そんなことしていたっけ。美味えのなんのって、頭のてっぺんがキインとなってな。あの醍醐味は、一度経験するとやみつきになる。あん時は、水を得た魚のように生き返った」
村越の話に応じた。
「まったくだ、丹沢へ行く度繰り返しているもんな。後は渋沢から新宿まで寝て帰る。座席に座れなければ、床に座り込んで寝ていたな。如何せ汗で汚れた服やズボンだ。はなから汚ねえから、どこへ座っても気にならんかったぜ」
村越がほざいた。
「そりゃ、山登りの疲れとビールの酔いだ。それに適度な電車の揺れで、最高に気持ちがよかった。これも癖になる原因かもな」
阿部が、その時の気分を表現した。
「夏の丹沢でのビールも美味かったけど、この前行った八ヶ岳での雪割りウイスキーも格別じゃなかったか」
佐久間が比較した。
「そうだったな。赤岳鉱泉小屋の燃える薪ストーブの前で、紙コップに雪を詰めウイスキーを入れ、ちびりちびりやる。あれもいいな。ストーブで温まり雪割り酒でほろ酔う。それも八ヶ岳連峰を縦走して、その感慨を満たしている時だ。なんとも言い難い充実感を味わっていたぜ」
阿部がその感動に浸っていた。
「それに、夜は小屋の外が相当冷え込んでいた。それに比べ、ストーブの周りは別天地のような温かさだったからな。そう言えば、佐久間。あん時、朝見た温度計がマイナス十一度とか言っていたよな」
村越が思い出し尋ねた。
「ああ、この前の山行の時、鉱泉小屋の玄関前に掛けてある温度計は、たしかそうなっていた。ちんぽこがちじみあがるくらい寒かったからな」
「ううん、そうだよな。佐久間、と言うことは。夜の冷え込みはもっとだったんじゃねえか」
阿部が改めて感心した。
「ああ、そんな寒い外だが、小屋の中はストーブで温かくなっている。燃える炎をぼんやり見て、昼間の情景を思い起し、雪割りのウイスキーを飲むなんて、夏場の丹沢の冷えたビールに引けを取らねえくらいおつなもんだよ」
佐久間が懐かしんだ。そこへ店員が頼んだ肴を持ってきて、テーブルの上に並べた。
「ご注文の方は、これで間違いありませんか?」
尋ねられると、村越が目で確認する。
「ああ、これでいい。それと追加でお新香を持ってきてくれないか」
店員に依頼した。
「はい、かしこまりました。以上ご注文の品と、只今注文頂きましたお新香の他に、なにかございますか?」
聞き返してきた。
「とりあえず、これでいい」
村越が応えた。
「かしこまりました」
軽く会釈をして引き下がった。
「さあ、食おうぜ。腹ペコだからな」
始めに村越が箸をつけた。三人はすきっ腹のせいか、ビールを飲みながら肴を食った。ひと息ついて阿部が問う。
「如何だ、ビールのお替りは?」
共々ビールの大ジョッキーを注文した。直ぐに追加ビールとお新香が運ばれた。肴が口に入っていても、お喋りが止ることはない。次々と出され、尽きることがなかった。居酒屋「魚人」へ来てから、あっという間に時間が過ぎた。その間酒が進み、ビールから焼酎のお湯割りへと変わり、酒量が大幅に増えていた。
酔いが廻った村越が突如切り出す。
「なんだかんだ言ったって、俺は山が好きだ。こうして、お前らと酒を飲んで山の話をする。こんな気持ちのいいことはない。誰が言おうと、俺は根っからの山男だ。山男に女なんかいらねえ。山が恋人だからな。ということで、お二人さん。これからも宜しく頼むぜ!」
据わった目で発すると、それに阿部が応じる。
「俺だって、こうやってお前らと話をするのも、結局は村越と同じで山が好きなんだよな。佐久間、お前は如何なんだ?」
「ああ、俺だって同じだぜ。だからこうやって集まってよ、何時までも山の話が続くんじゃねえか。それによ、これからだって、お前ら以外とは山へは行かん。勿論、本格的な山行だけれどよ」
きっぱりと告げた。すると、酔い心地の村越が応ずる。
「ああ、俺だってそうだ。俺らの登山は、そこら辺のハイキングじゃねえ。気心知れたお前らと組まなきゃ、安心して行けねえ山だ。なんて言ったって冬山なんか、命がかかってるからな」
「まったくだ。村越の言う通り。俺らの行く山はオールシーズンで挑戦するからよ。特に冬山は装備もいるし、それなりに技術と知識が必要だ。互いの知恵と力を結集させ、それに絆が強く結ばれていねえならねえ。それで初めて冬山への挑戦が可能になるんだぜ」
佐久間が締めた。
「まったく、佐久間の言う通り。どうだ、気持ちが一致したところで乾杯しようや!」
阿部が促した。
「そうだな。団結していろいんな山に行こうぜ!」
佐久間が言い放つと同時に皆がグラスを掲げる。
「ああ、それじゃ、乾杯!」
口を揃え、残り少くない焼酎のお湯割りを一気に飲み干した。
「とりあえず、今日のところはこのくらいにしておくか」
阿部が締めると、佐久間も赤ら顔で同調する。
「そうだな。ちょうどいい潮時じゃねえか」
「それで如何する。今年の山行は?」
阿部が尋ねた。
「そうだな。一応の年間計画でいけば、これから春のシーズンでは甲武信ヶ岳とか、大菩薩、それに甲斐駒が入っている。その後の夏山の頃は、北アルプスの槍。それに立山・剣岳縦走だからな。秋には、そうそう、紅葉見に谷川岳へ入る予定だ」
佐久間が説明するスケジュールに、阿部が煙草をくゆらせ目を細め頷く。
「いいね、結構入っているじゃねえか。楽しみだぜ。それに北岳、仙丈ヶ岳もやりてえな」
すると、村越が注文をつける。
「おいおい、待てよ。大事な丹沢を忘れてはいませんか?」
「忘れちゃいねえ。丹沢は俺らにとって訓練のベースになるところだから、合間を縫って行くから、あえて入れてねえんだ。だから心配すんな」
酔い顔の村越に理由を掲げた。
「ああ、そう言うことか。分かった、了解したぜ!けど、ちょっと。その年間スケジュール表を見せてくれねえか。如何も合点がいかねえんだよな」
手渡された表を見て、村越が虚ろ目で話し出す。
「ううん、ちょっと待てよ。よく見たら変化がねえな。なにか、物足りねえ。そうか、華がねえんだ。それじゃ、楽しみも半減するぞ。それなら彼女を連れて行くか。お前らみてえな小汚ねえ野郎どもだけじゃ、綺麗さが欠けている。やっぱり、俺みたいな美男子には、可憐な花を添えることが必要だ」
「おお、また始まったぞ。佐久間、見てみろ。村越の腑抜けた眼をよ。夢と現実がごちゃ混ぜになっているぜ」
店内が煙草の煙や談笑で充るのも気にせず、それを上回る話し声になっていた。
「村越、お前、飲み過ぎじゃねえか。それによ、お前だって俺らと、ちっとも変わらねえし、入山する格好でば、むしろ村越の方が汚ねえんじゃねえか。それによ、「彼女なんかいねえ。山が恋人だ」とか、言ってたんじゃねえか。舌の根も乾かないうちにこれだ。阿呆なこと抜かしやがる!」
阿部が、見下げいい放った。
「なに言ってやがる。そんなこと言った覚えがねえ。今ここにいねえから、そう言ったまでだ。ひと声かければ何人でも寄ってくるわい。それに俺の服装は、お前らとは段違いに格好いい。何て言ったって中身がいいから、だから女にもてるんだよ!」
目を剥き反発した。すると、阿部が聞き流す。
「そうかい、そうかい、それはよかったな。それじゃ、今度の雲取山の時は、是非彼女とやらを連れてきてもらいてえな。じっくりと拝ませて頂くからよ」
「ああ、分かった。そこまで言うなら、連れてきてやら。羨ましくなっても知らねえからな。吠えずらかくなよ」
「いいね、上から下まで舐めるように拝ませてもらうよ」
阿部が舌なめずりすると、村越が見下す。
「なんだ、その目つき。その嫌らしい眼。ううん、待てよ。阿部の嫌らしい目で、可愛い子ちゃんを見られるわけか。冗談じゃねえ。そんなことされたら、たまったもんじゃねえ。こんな汚ねえ野郎らが山仲間だと知れたら、幻滅して俺まで嫌われる羽目になるじゃねえか。連れて来るなんてとんでもねえ。危なく阿部の陰謀に引っかかるところだったぞ」
驚き続ける。
「止めた。今度の雲取山。連れてくるのは止めた。ああ、危ねえ。危うく助べえ目で、犯されるところだった。そんなことになったら、どれだけ彼女が傷つくか。とんだ目に合うところだぜ」
独りよがりで拒否した。
「それは残念だな。せっかく、村越の可愛い子ちゃんの尻を、じっくり拝ませてもらうところだったのによ」
物欲しそうな助平目になった。
「なんてこと言うんだ。この助べえ野郎。とんでもねえ謀略だ。おっとそうだ、阿部。お前だって彼女ぐらいるんだろ、連れてこいよ。そうすりゃ安心して、可愛いいハニーちゃんを連れて来られるからよ」
村越が嘯き平然とのたまうと、佐久間が呆れ顔になる。
「なに言ってんだ。なにがハニーちゃんだ。ばかばかしい。二人ともくだらねえ話してんじゃねえや。聞く方も、いい加減嫌になるぜ!」
貧乏揺すりし、吸いかけの煙草を揉み消した。
「ほれ見ろ、こいつだってお前の言ってることなど信用せん。なあ、佐久間?」
阿部が同意を求めるが、拒絶する。
「そういうことじゃねえ。お前らは一緒にいると、何時も痴話喧嘩だ。そのことを言ってんだよ!」
すると、村越が得意顔になる。
「ほれ、見ろ。佐久間が肩を持つわけねえだろ。お前の魂胆を聞いたらよ。それにしても、俺なんか辛い立場だぜ。もてねえお前らといると、こう言う話がまともに出来ねえんだから。ああ、もてる男は辛いぜ。せっかく、彼女を連れて楽しませてやろうと思ったのによ」
まったく意に返さないのか嘯いた。
「おい、おい。村越、分かった。もうこれ以上の話は次回聞いてやるから、それまでにしてくれや!」
「そうかい、それなら今日のところはこれまでにしておくか・・・」
阿部の先送りに、物足りなそうに言った。
「さあ、今日の反省会はこれでお開きにしようぜ」
佐久間が打ち切った。阿部が腕時計を覗く。
「あれ、もうこんな時間か。あっという間に十時を過ぎているぞ!しかし、お前らといると時間の経つのが、ちょー早いな。ああ、何とも今日はいい気持ちだ。それじゃ佐久間、次回の山行スケジュール立てたら連絡くれよ」
「ああ、分かった。村越、それじゃ次回集まるまで、彼女と仲良くやってくれ」
「あい分かった。それじゃ、決まったら連絡くれな」
すると突然、佐久間が意外なことを言う。
「しかしお前らといると、せっかくの気分も台無しになるぜ。まったくしょうがねえな。くそっ、このままじゃすっきりぜんから。この際、これから彼女と会って膝枕でもしてもらい、気分直しといくか」
「佐久間。お前、なに寝ぼけてんだ。彼女なんかいねえくせに見栄張るな。まったく、熱でもあるんじゃねえか。ううん、ああ、そうか、分かったぞ。俺に当てつけられて、これから金払って膝枕してくれるところへ行く気なんか」
「馬鹿言うな。冗談だよ、冗談」
「そんなことだと思ったぜ。阿呆くさ!」
皆が大笑いしながら、ほろ酔い気分で居酒屋を後にした。
「しかし楽しいな。馬鹿なお前らといると時間の経つのが早い。なあ、阿部」
村越が酔いに任せほざいた。
「なにを言う。それは俺の台詞だ。それにな、お前の話に付き合っていると、俺まで変な気分になるし疲れるんだよな」
佐久間が疲れ顔で言い返した。
「気分がいいな。今夜は最高!」
歩きながら村越が声を張り上げた。弾むように阿部が叫ぶ。
「おお、俺もいい気分だぜ!」
「まあ、いずれにしても。馬鹿な無類の山好き仲間が集まれば、話が尽きない。それに俺ら互いに貶しているが、気が合ってなけりゃ仲間割れだぞ。それがこうして馬鹿言い合ってんだから、始末に負えねえや」
ため愚痴を吐く佐久間に、二人が納得し頷く。千鳥足の靴音が楽しげに響いていた。
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