まどろむ中、村越が急に話題を変える。

「なあ、そう言えば奴ら如何したかな?」

「ええ、奴らって・・・」

佐久間が疑問を示すと、具体的に話し出す。

「ほら、縦走して鉱泉小屋に戻り、夕飯食った後だるまストーブで温まっていた時、話し掛けて来た奴らだよ」

「おお、初めて冬の八ヶ岳へ来たと言っていた奴らのことか。たしか阿弥陀に登るといっていたよな。村越に話し掛けて来たんだっけな。お前、結構得意気に指導してやっていたじゃねえか。中岳のコルからの強風に気おつけろって。そうだった。ついでに村越が滑落停止のご指導だ。マジな顔で聞いていたっけな。無事登頂できたかな?」

佐久間が思いを巡らせた。

「大丈夫だったんじゃねえか」

村越が応じ続ける。

「奴らのことだ。俺らが言ったことは忠実に守っていると思うよ。なんせ八ヶ岳連山を縦走してきたばかりの時の話だったからよ」

ふうっと吐く息に、満足感すら浮かんでいた。佐久間とて同様だった。目を落とし思い思いに酒を飲み、八ヶ岳での動向に酔いしれる。これで三人の話が終わったわけではない。直ぐに次の話題へと移る。

「それで、これからの山行予定だけど。春から夏場の計画でも立てるか?」

「おお、いいねえ。春なら、そうだな。夜行日帰りで行けるところ結構あるぜ。夏の本格的な入山のための練習にもなるし。それと、今年の夏は立山連峰辺りに入ろうじゃないか。なあ、村越?」

佐久間が投げた。

「そいつはいいね。美女平から室堂に入り、雄山に入山する。まあ定番だが、室堂にベースキャンプを張り、立山から剣岳へと挑戦するっていうのは?」

「いや、村越。いいところに目をつけるな。俺も、今年は是非行ってみたいと思ってるんだ」

阿部が賛同し、三人の眼差しは直ぐにそちらに飛んでいた。懐かしんでいた瞳が、がらっと変わり、すでに行くことが既成の事実の如く、皆が振舞う。

早速佐久間が推測する。

「夏場だから、天幕持って行けるぞ。こりゃ重くなりそうだ。キスリングザックも大きくなるし。そうだな、総重量三十キロぐらいになるかもな・・・」

すると、つられて阿部が目論む。

「ああ、それくらいになるんじゃねえか?」

佐久間と同じく見積もった。さらに、盛り上がる。

「それじゃ、今から体力作りに励んでおかんといけねえな。特に足腰は鍛えんととならんぞ」

阿部が真顔で喋り出した。すると二人を茶化すように、村越が惚ける。

「おっと、それなら俺に任せておけ。足はともかく腰使いの方は、常に鍛錬というか、本番で使っているからよ」

「村越、なにを馬鹿なこといっている。お前の使う腰は上下運動だけだろ。それじゃ山登りには適さねえぜ!」

おどける村越に、阿部が反論した。するとさらに調子こく。

「いいや、上下運動だけではないぞ。たまには回転運動も重要だし、時によっては多投している」

「馬鹿なこと言ってんじゃねえや!」

剥きになり言い返した。

「まあまあ、二人とも。直ぐこれだ。まったくしょうがねえ野郎らだ」

呆れ顔で佐久間が窘めた。すると村越が本題に戻す。

「そうだよな。立山・剣岳といったら鋭鋒だぜ。是非行ってみたいところだ。それに室堂にベースキャンプ張るんだろ。そこまで荷物を運び上げならん。こりゃ、大仕事になる。何だか、今からわくわくしてきたな」

目を輝かせた。

ビールを飲み、各自が思い巡らせ煙草をくゆらす。酒が進み程よく酔いが回っていた。次の山行話が始まると、今の今まで感動していた八ヶ岳での縦走話は影を潜め、三人の気持ちは、夏山に飛んでいた。

「おい、佐久間。酒の方はいいのか?」

村越が尋ねた。

「ううん、あまりビールばかりじゃ腹が膨らむ。ウイスキーの水割りにするか」

「阿部は如何だ?」村越が続けて聞く。

「そうだな、俺はビールでいいや」

「そうか、それじゃ、俺は焼酎のお湯割りにするか」

メニューを見つつ店員を探し呼ぶ。

「酒のお替りをくれ!」

村越が怒鳴った。直に各自が頼んだ飲み物が届けられた。

「おお、来たぞ。それじゃ改めて、これから行く夏山。そうだな、北アルプスの立山から剣岳への縦走登山の挑戦に乾杯しよう!」

村越が音頭を取った。

「乾杯!」

大声で気勢を上げた。そして、話がまた始まった。阿部が口火を切る。

「そうだ、それとよ。夏山といえば沢登りだぜ」

「おお、そうだ。断然、沢登りがいいな。涼しくてよ」と村越。

酒が回っているせいか、話題が次々に変わる。

「そう言えば、丹沢へはよく行ったな」

阿部が口火を切ると、佐久間が応じる。

「ううん、馬鹿尾根から塔の岳まで、あのくそ暑い中、三人で汗を掻きかき登っていたもんな」

「そうだった。汗だくだくだったぜ。よくもまあ、あれだけ汗が出るもんだと感心する程かいていたよな」と、村越が回想し能書きを垂れる。

「でも、その苦労をしなきゃ、体力強化にはならんぞ」

「たしかに、それは言える。まあ、丹沢の馬鹿尾根は、本格的な夏山入山するための訓練と位置づけていたからな」

阿部が尤もと頷くと、佐久間迄もが調子づく。

「そりゃそうだ。立山・剣岳の縦走だって、重い荷物をベースキャンプまで担ぎ上げにゃならん。そうなると本格的な訓練をしておかねえと、体力が持たねえからな。それには、近場の丹沢へ行くのが一番だ。ただ、そればかりだと嫌になる。だから、つい手を抜きたくもなる。なあ、前にもあったじゃねえか。それも、夜行日帰りで攻めることが多かった。ほとんど寝ずに、一日がかりで馬鹿尾根にアタックするんだもの。そりゃ、そんな無茶すれば疲れるぜ。だけどよ、夏場の丹沢といえば沢登りだよな」

今度は沢の話に移る。

「おお、あれはじつにいい」

村越が尤もらしく頷いた。すると、阿部が能書きを垂れる。

「いいけど侮るととんだ目に合うぞ。なんせ沢を遡行して行くんだ。濡れ石で足を滑らせてみろ、落ちて怪我するからよ。その点俺なんか、経験豊富でエキスパートといっていい。従って俺の言うことを聞いていれば間違いない」

「そうだよ注意せんと、起こり得ることだからな。それ故、お前の能書きも聞いておかねえとな」

佐久間が茶化した。すると村越がアピールする。

「けどよ。夏のシーズンは、近場で丹沢の勘七なんかの遡行も応えられねえよな。なんて言ったって、あのくそ暑い夏の陽射しが入らねえところを登るんだ。それに、沢の水の冷たいこと。これはまさしく、天然のクーラーに入っているようで、佐久間の言う通り、別天地というもんだ」

「そうだ。あんな極楽、一度経験したら病み付きになるぜ。それこそ真夏であろうと、汗なんかかかねえ。そうだろ?」

阿部が同調すると、佐久間が返す。

「ああ、そうだが。でも、たまには別の汗をかくこともあるぜ。滝のところをよじ登って行き、途中で濡れた浮石でも掴んでみろ。そりゃヒヤッとし、冷や汗が吹き出て全身の毛穴がちじまるぜ。運が悪ければ三点確保出来ず、滝壺に落ちるわけだからな」

「そうだ、それがあるよ。まあ、今まで落ちて怪我をしたことなかったから、よしとしなければ。でもそんな時、ものの見事に冷や汗を全身にかくもんな」

阿部が応えた。

「それによ。あっちの方がちじみあがっちゃうぜ」

佐久間が軽口を叩いた。すると、村越が真顔でほざく。

「当たり前だ。もし滝壺に落ちていたら、今頃こうして、「夏の沢登りは天然のクーラーだ」なんて、言ってられねえ。それにせがれだって、ズボンの隅っこの方にちじこまってら」

「まったくだ」

阿部が納得する。

「それにしても、勘七の沢へはよく行ったもんだ」

佐久間が思い出す。

「ああ、それに源次郎や水無へも入ったな」

阿部が顧みた。

「そうそう、あれはだな。夏のくそ暑い時だったぞ」

さらに思い起す。

「たしか、七月の中頃だった。手元に記録ノートがないから、正確には思い出せねえが、その頃だったと思う」

「そうだよ、七月の二十日から二十三日までの三日間だった。それも夜行で行ったからな。俺はっきり覚えている」

村越がきっぱりと告げ、毒舌気味に二人を虚仮にする。

「それにくらべ、お前らはだらしねえ。と言うより、物忘れがひどいんじゃねえか。そうか、もう痴呆症になってんのか?」

「なに言いやがる。お前に言われたくねえな。俺だってじっくり考えれば、思い出せるんだ。ただ、話しの流れで深く考えずに言ったまでだ!」

阿部が口を尖らせた。

「ああ、俺だってそうだぜ。決して痴呆でもなんでもねえ。俺のような山男は、そんなみみっちい山行など、頭の奥に仕舞い込んでいるんだ。だから、ちょいと考えれば直ぐに出てくるわい!」

佐久間も反論した。

「ああ、そうか。それならいいがよ」

村越が嘯いた。阿部が、

「たしかに、あん時きゃ。夏山縦走のため、体力強化の名目で入ったんだ」

記憶を追いかけた。それに続き、佐久間が思い起こす。

「そうだ、そうだ。あのくそ暑い日だった。夜行で行って、暗い夜道を懐中電灯頼りに歩いたよな。その日のうちに西山林道を通り、県民の森入口を過ぎ二俣まで行って、そうそう、四十八瀬川の登り切ったところだ。四、五十分ぐらいかかったかな。そこの二俣で天幕張った。あの真っ暗な中でよ」

すると、村越までもが続ける。

「そうだったな。あん時きゃ真っ暗な山道を、重いキスリング背負って歩いて行った。あの二俣までよ。結構重かったんで、肩に食い込んで目がくらくらしたぜ。それに、くそ暑かったから汗だくだった」

さらに阿部が続ける。

「そこにベースキャンプ張って、翌早朝に勘七に入ったんだ。あの沢も素人じゃ結構難しいところだぜ。渓相も変化に富んでいて、攻め甲斐のあるところだからな」

村越が乗る。

「それに、結構滝が多いしな。たしか目ぼしいやつで五ヶ所ぐらいあったような気がする。三つ目、四つ目辺りが大きな滝で、特に五つ目が最大落差十二メートルだったかな。小さい滝なら、そのまま濡れながら登るが、F五だけは巻いて攻めたんだ」

詳しく説いた。

「ううん、あのF五だけは、大きく巻いて迂回したな。直登は岩登りの技術が必要だったから、あそこは俺らには無理だ。だいいちそんな訓練してねえし、目的が違うからな。あくまで本格的な沢登攀を目指したわけじゃない。夏山縦走や冬山登山のための体力強化が目的だからよ。それに、ちょいとばかり避暑にな」

阿部が洒落た。そこで村越が口を挟む。

「そりゃそうだ。俺らはあくまで沢に入るのは避暑の心算で入っているんだ。あの涼しさ、思い出すだけで気持ちよかった。まあ、今は冬だから、あまり実感が湧かねえが、これが夏だったら、こうして話しているそばから行きたくなるぜ」

興奮気味に目を細めた。

「たしかにそうだ。お前の言うとおりだ。けど、そうだからと言って。物見遊山の気持ちではなかった。そんな中途半端な考えじゃ入れねえ。だいいち、そんなんで行ったんじゃ危なくてよ」

佐久間が心構えを説き、さらに、真顔で講釈する。

「勘七は中級クラスの沢登りだ。それなりに、登攀技術を持っていなけりゃ、難しいところだ。だから、真剣だったんじゃねえか?」

「そりゃそうだ。だって、F三、F四の滝の落差だって、七メートルぐらいあるんだぜ。おまけにあの渓流のすごさ、沢幅二、三メートルに両岸が迫った廊下となっていて、そこをごう音を上げ水流が狂奪し、磨かれた沢床を水飛沫を上げて流れているんだ。濡れた床石を踏んで、うっかり滑ったら急流に嵌っちまうぜ」

阿部が詳しく説いた。

「そうだよ。そんなことになれば、服がびしょびしょになっちまう。それに、それだけじゃすまん。足をすくわれ溺れることだってある。しかし、俺って泳げねえからな・・・」

しかめ面で村越が嘆いた。

「まあ、服が濡れるれくらいならいいが、足でも挫いてみろ。それによ、小さな滝だからといって、侮ってもいけない。たしか、F二、F三は直登するからな。途中で浮石でも掴んだら、ただじゃすまん。落ちて大怪我するぞ」

阿部が応じ、ぶり返し尋ねる。

「それに、お前って。余計なことかも知れんが、金づちなんか?」

「放っておいてくれ、例えだ、例え!」

慌てて村越が言い逃れた。

「ほう、それならいいが・・・」

さらに話を掘り下げる。

「そう言えば、何時だったっけ。天幕持って行ったな」

「そうそう、あれは一昨年前の夏だ。たしか二俣に天幕張って、馬鹿尾根への直登訓練を兼ね、勘七、それに水無の遡行を続けてやったっけ」

佐久間が振り返った。

「おお、そうだった。あん時はよかったな。でも、疲れたぜ・・・」

阿部が疲弊したのを思い出した。

すると、村越が理屈づける。

「そうかもしれねえが、俺らにはちゃんとした目的があったからよ。なんの目的もなく、ただ沢に入ったり、大倉尾根をあのくそ暑い七月半ばにやるかよ」

「そうだ。無目的でやってんじゃねえ。これも本格的な夏山縦走や冬山に入るための訓練と位置づけてんだ!」

口を尖らせ阿部が強調した。すると、村越が胸を張り講釈する。

「そして夏山。そうだ、北アルプスの立山や剣岳、それに穂高辺り、さらには南アルプスの赤石岳や北岳なんかを攻めるため意義あることだ。素人には滑稽かも知れんが、俺らにとっては重要なことなんだ!」

「その通り!」

同時に阿部が声が飛んだ。すると、また佐久間が懐かしむ。

「それにしても、丹沢へはよく入ったな・・・」

「ああ、それこそ数え切れねえほどたもんな」

阿部が応じた。

「よくもまあ、大倉尾根か、いや、俺らには馬鹿尾根って言った方がぴんとくるが、飽きずに何度も登ったり下ったりしたしな」

村越が懐かしんだ。

「ああ、そうだ。今だって、これからだって訓練するにはちょうど手頃だし、体力強化にはもってこいだ」

佐久間も同調した。

「ううん、あたっている。新宿から一時間半もあれば、渋沢に着いちまうし近いもんな。日帰りじゃ活動時間が短いから、夜行日帰りで行くのが、一番いい方法じゃねえかなあ」

阿部が感想を漏らすと、村越が同調する。

「そうだ、今までの丹沢山行では、やっぱり夜行日帰りが多いぞ」

「そうだろうな。馬鹿尾根を登るのも勘七や源次郎へ入るのも、新宿から小田急線で渋沢に来て、大倉までバスで入れば、そこが基点となり入ることができるからな。天幕を持たねえ時は、「大倉山の家」か「どんぐり山荘」辺りに泊まり、早朝登ればいい」

「それにしても、丹沢というところは俺らにとって、かけがえのないところだぜ。なあ、そう思わねえか?」

阿部が親しみを込めた。

「おお、切っても切り離せねえ!」

村越が同調する。すると、すかさず佐久間が付け加える。

「そりゃそうだ。俺らにとっての丹沢は、昔からの付き合いだし、これからも長い付き合いが待っているんだ。だって、冬山だけじゃなく、夏山それに春、秋とオールシーズン山歩きをするんだぜ。そのための体力作りには、この丹沢が格好の鍛錬場所だ。そうだろ。なあ、お前ら」

「ああ」

わいわいがやがやする居酒屋で酒を飲み、久しく語り合う。時間の経つのも忘れ、澱みない談笑が続いた。

「ああ、今日の酒は美味えな。お前らと山の話をしながら飲む酒は、何とも格別だ。胸踊り、血肉が騒ぐと言うが、まさにそんな状態を言うんじゃねえか。この俺が、今、そういう気分だからよ。あいや、待てよ。これはひょっとすると、彼女と一緒にいる時の気持ちと同じかな。胸が高鳴り、見るものすべてが薔薇色に映る・・・」

村越が火照る顔を手で擦り、上気した調子で嘯いた。

「あれれ、こいつ酒の飲みすぎで頭に血が上り、おかしくなっちまったんじゃねえか。熱でも出ているかも知れんぞ。いや、間違いなく熱で脳細胞が侵されている。救急車呼んだ方がいいかも知れん」

阿部がおどけた。

「なにを馬鹿なことを言っている。お前はそれだから夢がねえというんだ。そうか分かったぞ。阿部には彼女がいないから、女とのラブロマンの味を知らないんだ。それじゃ俺の気持ちが理解できねえよな。寂しくねえか?」

「なに言いやがる。お前には言われたくねえや。俺だって女の一人や二人、何時だって抱けるわ。お前こそ夢と現実の境がなくなっているくせによ!」

阿部が剥きになり応戦した。

「また、始まった。二人ともそこらでよしとけよ」

佐久間が抑えた。

「ところで、話は変わるが。今、何時になるんだ?」

突然、村越が尋ねた。

「えっ、なんだよ急に!」

「何時になるって、ううん、ええと・・・」

阿部が腕時計を見る。

「あれ、もうこんな時間か?」

「だから、何時だって聞いてんだ!」

「ええと、午後十時五十分だが」

「ええっ、もうそんな時間か、そんなになるのか?」

「ああ」

「しかし、村越は金がねえと見えるな。腕時計も持てねえんだから、気の毒としか言いようがねえぜ」

「うんにゃ、阿部。それは違うな。金がなくて持たないんじゃなくて、持つ必要がないから持たないんだ。時間なんかに縛られているようじゃ、エンジョイした生活を送っているとは言い難い。納得できる過ごし方というのは、己自身で時間を作っていくもんだ。分かるか、阿部。まあ、お前の頭の程度じゃ理解出来ねえだろうがな」

「なに、訳の分からねえ能書き垂れてんだ。酔っ払って思考回路が狂ってんじゃねえのか。変な理屈つけて、結局持っていねえのは、買う金が飲み代に廻ってしまうからだろ」

「てやんで、そんなの放っておいてくれ。時間が知りたけりゃ、お前に聞くからいいだろ!」

酔いに任せた二人の意味のないバトルが続いた。

「それじゃ、ぼちぼちこお開きとするか?」

佐久間が告げた。

「そうだな、何時の間にか、こんな時間になっているとはな、あっという間だもんよ。それにしても、よく飲み喋ったもんだ」

阿部が満足げに言うと、村越が返す。

「しかし、俺らは山の話になると時間を忘れるな。夢中になって話の中に入っちぃまうんだ。それも三人とも見境なしにな。これって、俺が言うのも変だが山きちがいっていうんじゃねえか」

「ああ、そうだな。それ言われても仕方ねえ。だって、好きなことだから、何時間喋っていても飽きねえし、話題が尽きないからな。けどよ、今日のところはこれくらいにしておこうぜ。終電がなくなっちゃ家に帰れねえし」

佐久間が締めくくった。

「そうだな、それじゃまた近いうちに会おうぜ。これからの山行のこともあるからよ」と阿部が告げると、佐久間が応じる。

「ああ、そうしよう。しかし、よく喋った」

「おお、今日はよく飲んだ。お前らといると飽きねえもん。だから時間を忘れちまうぜ。しかし、ちょっと酔っ払ったようだ」

村越が足をふらつかせた。

「村越、帰れるか?」

佐久間が声をかけると、手を振り応える。

「ああ、大丈夫だ。これしきのことでくたばるか。たとえここでビバークしたって、冬山じゃあるまいし、凍え死にして遭難ということもあるまい」

「そうだな、けど、風邪を引くといけないから気をつけて帰れ」

佐久間の気遣いに感謝する。

「分かったよ。それじゃ、さいなら」

三人は満足気な顔で、池袋を後にし帰路に着いた。



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