痩せる。誘惑には絶対負けない。

(う、美味すぎる……これはもう犯罪だろ……)


 デブリスはその日、「ついに100kgを割った記念」で宿屋の絶品カレーを頬張っていた。毎日のようににおいを嗅がされて気になっていたのだから仕方ない。

 宿屋には「ジャイアントカレー」以下のメニューは存在しない。拠点街の飲食店はすべてそうだ。談合でもしているかのように、高カロリーメニューばかりが並んでいる。ダンジョンはダイエットにうってつけでも、その周辺の拠点街は人間の悪意に満ち溢れていた。

 ちなみに、低カロリーで高タンパクの食事をするには魔物を掻っ捌いてダンジョン飯にするしかない。当然美味くはない。というかまずい。そんな生活を続けていれば肉体が美味カロリーを欲する。ゆえに仕方がない。

 それに美味い料理には一時強化バフ効果もある。カレーは「攻撃力アップ」。さらに美味い料理には当然ながら「継続回復リジェネ」効果もつく。つまり探索効率がグッと上がるのだ。実質これは痩せているのと同じとはいえないだろうか。


 そんなこんなと、美味い飯を食ったぶん腹ごなしだ。デブリスは今日もダンジョンへ向かう。現体重は99.8kgなのでギリギリ第四層に足を踏み入れられなくもないが、それはパンツ一枚の全裸であればの話だ。所持品の持ち込みもあるし装備重量もあるし戦利品も回収したい。そこまで考えると第三層をうろつくことになる。


(これは……皿? そしてスプーン? 古代の食器類か。うーん)


 遺物というだけで物好きはいるので値はつく。とはいえ、どれも凡庸な品に見えた。

 次第に第三層では物足りなく感じてきた。魔物は弱く、手に入る遺物も大した代物ではない。極まれに見つかる稀少遺物レアアイテムを期待するくらいなら、より下層を目指す方がいい。

 迷宮ダンジョンというのは、どこも層を下るほど手応えが増していく。早く第四層へ、第五層へ、さらに深層へと潜りたい。デブリスの冒険屋としての血が騒ぐ。


(にしても、めちゃくちゃ楽だな継続回復リジェネ効果……)


 これなら薬草の持ち込みも要らなかったのではないかという気もしてくる。となると、やはり減量ダイエットしているのと実質同じことだ。そのうえ、薬草というのはやたら高い。費用対効果でみれば料理の方が遥かにお得だ。これからは毎日食べてもよいのではないか。


(いやいやいや……あのカレーだけで1.4kgだぞ?! カロリーにして2478kcal……)


 冷静に考えると食いすぎた。いかにダイエットダンジョンとはいえ、それほどのカロリーを消費するのは簡単ではない。ましてや、そこから痩せるとなればなおさらだ。

 一番おそろしいのは迷宮ダンジョンや魔物ではなく、やはり人間なのである。


(俺の身長だと適正体重は70kg……! そうだ、俺はまだまだ痩せちゃいない!)


 デブリスは心を新たにする。今度こそ。


 ***


継続回復リジェネ便利すぎだろ!)


 またしても食ってしまった。今日はクレープを……5枚。バナナチョコ、焼きリンゴ、イチゴミルフィーユ、マンゴーレアチーズ、アイスショコラ。一度に5枚以上頼むとお得な期間限定サービスだったのだから仕方ない。実は毎日やっているという噂もある。おそるべきはディーパーダッダンである。


(美味かったな……)


 罪悪感はある。だが、高い満足感は得られた。そのうえ継続回復リジェネだ。これが便利すぎる。迷宮ダンジョン探索とは常に「体力HP」というシビアなリソースの管理が要求される。その負担が大幅に減る。薬草も節約できるし、探索効率が上がり、よりすみずみまで迷宮ダンジョンを回れる。結果として、稀少な遺物や珍種の魔物に出会える可能性も高くなってくる。


(ぬ。これは杯か? よさそうな遺物だな。目測でだいたい0.3kgか。回収しておきたいが……すでにもうだいぶギリギリだからな。厳しいか……?)


 現体重98.2kgに加え、いくつかの遺物を回収したので全重量は101.8kg。第四層の重量制限は超えていることになる。安全係数マージンがあるのはたしかのようだ。とはいえ、床は軋みを上げ今にも抜けそうになっている。油断はできない。

 クレープを食べていたから見つけることができたといえるが、クレープを食べていなければ余裕だったかもしれない。ジレンマである。


(……やべえな。腹が減ってきた)


 迷宮ダンジョン内では基礎代謝に加えダンジョン代謝がある。ダイエットに最適な環境であると同時に、腹が減りやすくなることも意味する。継続回復リジェネで長時間の探索が可能になったとしても、腹は減る。腹が減りすぎれば動きは鈍る。結局は食わねばならない。脂肪という蓄えがあるのになぜ、とも思う。人体の不思議だ。

 この点を考えると、継続回復リジェネがお得かどうかは微妙なところである。


(いやお得なわけあるか! あれは悪魔の罠だ。冒険屋デブを街に留めるための罠だ)


 もう何度目か、改めて心を新たにする。痩せるにはダンジョン飯しかない。食事制限なしに痩せられるはずがないのだ。


(なにを食う。スライムは低カロリーだが腹は膨れないし、まずい。オークは腹こそ膨れるかややカロリー高めで、まずい)


 腹が減りすぎて意識が朦朧としてきた。さっさと帰ればいいのだが、一度帰ってしまえば先の遺物を取り逃がすことになる。迷宮ダンジョンは入るたびに侵拌作用によって姿形を変えるからである。

 冒険屋の矜持というか意地というか欲望というか、あるいは埋没費用を惜しむ気持ちというか、なんかそういうのを支えにしてデブリスは歩き続ける。


(ぬ! あの魔物は!)


 ユデガニの群れである。すでに茹でてあるからそのまま美味しく食べられる。魔物のなかではかなり上等な部類だ。


「ぷりっぷりの身をよこせぇ!!」


 食いすぎた。群れに出会うことは滅多にないという事実が射幸心を煽った。なんなら拠点街のご馳走よりも美味しく感じられた気がする。


(くそ、また遺物回収が遠のいたな……)


 あと少し痩せればいい。あと少し。これでまた動けるようになった。動けるなら痩せられる。ダイエットダンジョンならそれが叶う。叶うはずなのだ。


(そうだ、と戦えればトントンのはずだ……!)


 ウメェデューサ。カロリーを奪ってくるという珍種の魔物である。しかも脂肪分から直接奪うという。一発逆転を狙う冒険屋デブの間で噂になっていた。藁にも縋る思いでデブリスはその魔物を探した。


(っても、どこにいやがる。噂によれば壁にマーキングをする習性が……ん?)


 あった。壁にそれっぽい傷がついている。


「ん!?」


 曲がり角に隠れるような影が見えた。追いかける。襲いかかる。


「待てやコラァ!!」


 壁際まで追い詰める。人間の上半身を持つ蛇の魔物だ。その姿は小さく震えていた。これまで多くの冒険屋デブに追いかけられてきたのか、すっかり怯えていたのである。


「そうか……ただ静かに暮らしたかっただけなのに、身勝手な人間デブの都合に振り回されて……」


 と、少しばかり同情はするが。


「まあ俺も身勝手な人間デブだよ! せっかく見つけたのに逃してたまるか!」


 ダイエットとは犠牲を伴うものなのである。


「へへ、付き合ってもらうぞ。俺の戦闘ダイエットにな……!」


 ウメェデューサは人間のカロリーを吸収する特殊な攻撃を仕掛けてくる。つまり、戦闘を長引かせるほどダイエットとして成立するのだ。とはいえ、ただ攻撃に耐えればいいわけではない。「怯え」が解除されれば通常攻撃も仕掛けてくる。生かさず殺さず、適度に殴り続けることが肝要だ。

 また、逃走するおそれもあるので逃走阻害系の魔術スキル道具アイテムがあるとなおよい。


「ちっ! こんなものか。まあいい」


 少なくとも、これで例の遺物は回収できる。

 デブリスの冒険ダイエットは、まだこれからだ。

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