ダイエットダンジョン
饗庭淵
痩せろ。話はそれからだ。
彼に残された装備はパンツ一枚。体重計に示された数字は120kgである。
「あー、これはギリですね」
無情な判定が下される。
「ギリ……ということは、これですか?」
「はい、それです」
「装備も
「はい、装備も
「戦利品を見つけても拾えない?」
「戦利品を見つけても拾えません」
「
「ありません。いえ本当はありますけど、判定基準に組み込んだら意味ないでしょ」
「そこをなんとか」
「なりません」
「では、こんな全裸で
その名のとおり、すべての重きものを拒む
第一層は120kg、第二層は115kg、第三層は110kgと階層を下るごとに5kgずつ重量制限がキツくなり、攻略を進めるほどに体重を絞る必要があることからそう呼ばれている。
「おい、デブのおっさん! パンツ一枚ってマジかよ。体重制限ギリギリで挑もうってのか? けけ、そんなやつ初めて見たぜ」
モヒカンヘッドの柄の悪い男が話しかけてきた。目算で体重は80kgほど。一般的には彼自身も
「けけ、いいこと教えてやる。俺がここに来たときの体重は90kgだった。それが一ヶ月で、ダイエットダンジョンに挑んで10kgも痩せたんだよ! ダンジョン内ではカロリーの消費効率が妙に高いのさ。カロリーを直接奪ってくるような珍種の魔物もいる。まさにダイエットにはうってつけなのさ」
男は哀愁を帯びた笑みを浮かべて肩をポンと叩いてきた。
「……頑張れよ。体重制限ギリギリじゃあ装備も所持品も戦利品も無理だが、痩せはじめは早いもんだ。痩せれば痩せるほど装備も所持品も持てるし戦利品だって回収できるようになる。そしたら攻略もグッと楽になって、ますますダイエット効率も上がるって寸法だ」
と、アドバイスを言い残して去っていった。おかげで、彼のなかにあった迷いは吹っ切れた。たとえ装備も所持品もなくとも、彼は歴戦の冒険屋だ。その自負がある。たとえ素手でも全裸でも、やるしかない。
デブリス・フットテイル――第二の冒険がはじまる。
***
「ズェッ、ズェ……ッ! こ、こんなに動けなくなっていたとは……!」
相手にした魔物は雑魚も雑魚だった。魔物図鑑には主な生息地から調理法まで記されている。ペットとして飼われることもあるし、子供がいたずら半分にちょっかいをかけることもある。ただ数が多い。それだけだ。
息切れの原因は敵の強さではない。運動能力が極端に落ちてしまっていること、何十kgもの重りが身体に纏わりついているせいである。とにかく膝がきつい。
「くそ、なにが死ぬまで冒険屋だ……!」
デブリス(名前変更可)は死ぬまで冒険屋でいるつもりだった。
金や名誉のためではなく、ただ冒険がしたかった。そう思っていた。
邪竜討伐の成功からすべてが変わった。
一生遊んで暮らせるほどの多額の報奨金。周囲の絶賛。群がる美女。堕落はあっという間だった。
食っちゃ寝の毎日。みるみる体重は増え、無限かと思われた報奨金もいつの間にか尽きかけていた。そしてついには、長年付き添っていた恋人にまで見限られる。
(金はまだある。まだあるが……)
焦りもある。金は無尽蔵ではない。彼の前には宝箱が鎮座していた。
世界中に点在する
また、
そして、古代においてわざわざ宝箱に保管していた遺物ということは、当然貴重なものである可能性が高い。
(宝箱を目の前にすると血が疼く。くく、俺もまだ冒険屋ってことだ)
努めてこのダンジョンにおける注意事項を忘れようとしたが、無理だった。パンツ一枚しかない自身の姿を目にするたびに、ダンジョンの
(大丈夫だろちょっとくらい……
本当にちょっと(0.4kg)しか痩せていないが、幾重にも言い訳を張り巡らせデブリスは宝箱に手をかけた。
「こ、これは……!!」
なにかはわからないが、間違いなく貴重なものだ。名づけるなら「星空の髑髏」――夜空に星が煌めくような、美しい装飾の施された人工髑髏。高い値がつくに違いない。
「運がいい。入ってすぐにこんな……ずいぶん重いな」
と、手に取った瞬間。
床が抜けた。
119.6+10.0=129.6kg。余裕で
という夢を見た。
「……ハッ!」
寝汗びっしょり。夢ではあったが、大いに教訓を得た。体重ギリギリで宝に手を出してはいけない。まずはなにより痩せなければ。そのことを思い知らされた。夢ではあったが。
(……腹が減ったな)
下階からは香ばしいにおいが漂ってきている。宿屋の一階にある食堂からだ。においに誘われるように階段を降りる。
(ダイエットダンジョンの拠点街でこんな美味そうなカレー出してんじゃねえよ!)
デブリスはキレた。
食堂では大勢の冒険屋が大盛りのカレーを頬張っている。全員が一様に
「よお、おっさん。また会ったな」
声をかけてきたのは計測所で出会ったモヒカンの男だ。
「あんたもここで食ってくのか? ここのカレーは絶品だぜ」
見れば、男が口にしているのは大盛りのカツカレーだ。カツは2枚、多種多様のスパイスが香り、波打ち際の白い米が輝いている。
「いや、太るだろ。ここになにしにきてんだよ」
「けけ。そうだな。ここのカレーは美味すぎる。つい食い過ぎちまう。つまりは、こいつが原因なのさ」
「原因?」
「ダイエットダンジョンが発見以来20年、いまだに攻略されてない理由さ」
拠点街の宿屋で出されるカレーが美味すぎるから。
しかし一定の時期を過ぎると、「ここまで痩せたんだからちょっとくらいいいだろう」と気を緩めた
「食えば太る! たしかにそれは真実だ。だがな……太ったぶんは、また痩せればいいんだよ。そのためのダイエットダンジョンだ。違うか?」
「あんた、この前会ったときは一ヶ月で10kg痩せたといってたよな」
「ああ」
「本当にこんな生活で10kgも痩せたのか?」
「…………」
男は黙り込む。痛いところを突かれたらしい。
「一ヶ月で10kg痩せた。だが、それ以降はどうだ? あんたはここに何ヶ月いる? 80kgまで痩せただけで満足なのか?」
「う、うるせえ! 俺は、俺は……」
「お客さん、そんなところに突っ立ってないでいかがですか? 当店自慢のジャイアントカレー!」
店主は若い女性だ。その朗らかな笑みの裏に、底なしの悪意を見た。
(この女……
食ったぶんはすぐ痩せられるダイエットダンジョンがあるために、デブは比較的罪悪感なしに暴食できる。この宿屋のみならず、拠点街には多くの料理店やスイーツ店が立ち並ぶ。
だが、そのために痩せない。デブは永久にデブのまま、ダンジョンに囚われ続けるのだ。
(まさに
ああはなるまい――心にそう誓い、デブリスは今日もダンジョンに挑む。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます