第三十四話 それぞれの覚悟(4)
桜が散っている。
そう錯覚するほどに、目前にはピンク色の破片が舞い踊っていた。
容赦ない銃撃を浴びて繊細な織物はなすすべなく散り散りの欠片と化し、花びらのように風に静かに舞うばかり。
銃撃の残響をBGMに、袖から伸びた腕はゆっくりと力なく地面へと崩れ落ちる布に引きずられ、地面に吸い込まれて行く。最後に親指を立て、己の成果を示しながら袖口に降りて消えた。
銃を撃った黒服たちも、突然の打掛の登場に虚を突かれて呆然としたが、少女の悲鳴で我に返った。
「馬鹿! 騒ぐな、お前まで見つかってどうする」
じたばたと暴れて泣き叫ぶ
「
同じく呆然としていた少年は、飛び出して来た少女を見てぎょっとした表情をした。
「
咄嗟に慣れた苗字で呼んでしまった。
黒服たちは顔を見合わせる。
「カガミ?」
彼らはそれが苗字であるとは認識しなかった。しかしすぐに”
『その娘を捕らえろ! 傷はつけるな』
構わず少女は走り続け、茂みの傍らに立つ少年に抱き着いた。
「
「
数秒遅れて
相手は大人数。古賀としても以前、宗教団体の信者たちと多数を相手にした経験はあるとはいえ、今回はプロの香りのする武器を携えた男たち。この状況を打開する術は持たなかった。
三人が諦めて両手を上げると、気絶から立ち直った指示役らしき男が顎で指示する。周辺の男らは心得たとばかりに少年たちに腕を取り、後ろ手で縛り上げた。
『その妙な布も一応回収しろ、土産は多いほどいい』
地面に散った打掛の大本の布が、乱雑に拾い上げられる。ぼろきれと化した姿を見て、彼女がいなければ
こうなってしまえば大人しく、好機を待つしかない。
しかしこのような大騒ぎを起こして、こいつらは無事に逃げられると思っているのだろうかと、
三人はグラウンドに乗りつけられていた小型バスの後部座席に押し込まれ、一番後ろの座席にまとめて詰め込まれた。どうせ言葉はわからないだろうと、相手は一切喋らない。こちらからの質問など一切答える気もなさそうだった。
自分達がシートに座った事を確認し、さらに屈強そうな男が二人乗り込んで来て、ドアの前を完全にふさがれてしまった。
「
「ごめん、ちょっと具合が悪いかも……」
不思議と落ち着いたままでいられた
車のドアを閉める音が複数聞こえ、他の数台にも男たちは乗り込んでいるようで、そろそろ出発かと思ったところ、乗せられた車の助手席のドアを開けて一人の黒服が座席に置かれていた小さなジェラルミンのケースを開けて何かを取り出した。
――あれは、鈴?
ゆっくりと男の腕が上がり、鈴が鳴らされる。
リィィイイイイイイン……
どこかで聞いた記憶のある、透明な音が響き渡る。
同時に頭を揺さぶられるような衝撃を受けた。実際に揺れているわけじゃないが、脳だけに微振動があるというか。
音が鳴り響くたび、不快な感覚。
「な……っ、なんだこれ」
「耳、ふさぎたい」
鈴の音が原因なのは明らかだった。無理やり分子が揺すられ、痛みがあるわけではないがとにかく不快感が襲う。
何をやっているのか目をこらしてみれば、何故か鈴を振っている男が困惑してるように見えた。何度も振り方を変え、速度を変える。隣にいた男が貸してみろといわんばかりに引ったくり、試しているようだが、何か意図しない事になっている……?
『おかしい、効果が出ないぞ』
『なぜだ、前回ロシアで使った時は』
* * *
銃を手に、結界を張っていた風水師を気絶させていた
「なんだ、この音は」
峠で聞いた鈴の音に似て、体中の
――落ち着け、さざめくな、留まれ、静まれ……。
目を閉じ、心の中で己の中の
風水師の一人を倒した事で結界が崩壊をはじめたのか、鈴の音に混じり間近にサイレンも聞こえて来た。かなり遠くで鳴っているような気がしていたが、結界には多少の遮音の効果があったらしい。
「
振り返れば陰陽師の部下二人がフェンスを乗り越えて駆け寄って来る。無事に結界が解けたようだ。周囲に多数の赤色灯も見えた。
「そこでのびてる黒服を警察に突き出せ」
「え!? あ、はい!」
部下に任せ、グランドに向けて走る。複数の車の外、二人の男が外に出ていてかなり慌てているようだが、一部の車が走り出し、すでにやつ等が目的を達した事を知る事になった。
車の外にいた男がこちらを指さして叫ぶのが見え、銃をこちらに向けてくる。遮蔽物はないが突っ込むしかない。
差し違える覚悟を決めた時だった、男たちの上に黒い塊が落ちて来たのは。
『な、なんだ』
『くそ、こいつ!』
バサバサと羽音を立て、一人の男の頭に取りつく巨大な鴉。二人が気を取られた隙をつき、
「どけ、鴉!」
仲間を見捨てる事に決めたのか残る車がすべて走り出したので、即タイヤを狙って撃つが、さすがに動く対象では逸れてしまった。
再度、銃を構えた
一瞬陽炎のように揺らいだようになったと思えば、まるで空気に溶け込むように小型バスを含む三台が視界から消えた。
「
突き詰めれば細やかな粒子。意識した形をとるのだからそのような使い方もできなくもない、思いつくかどうかだけの問題だ。
車自体が消えたり瞬間移動するわけじゃない、そんな長時間も維持できないだろう。遠ざかるパトカーのサイレンも聞こえる、きっとうまく追ってくれるはず。
今はそう信じるしかない。
倒れた二人の男の元により、鈴を拾い上げる。
内側には
「なるほど、これで
空を見上げれば先ほどの黒い鳥が、一周大きく弧を描くように舞い、車が走り去った方向に向けて飛び去って行った。
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