第三十三話 それぞれの覚悟(3)
『こいつが本当にバーサーカーなのか?』
クラスメイト二人に押さえつけられ半泣きの鈴城を見て、中国語で黒服の男たちは顔を見合わせた。先ほどから校内からは、幻影の妖怪たちに追い掛け回される生徒たちの悲鳴が響き渡っている。
しかし幻影は幻影でしかなく、ぽつぽつと実害がない事に気づく者が現れはじめた。生徒の一人が暴れまわる妖怪に触れても何でもない事を知れば、その感情はパニックと同様にあっという間に伝播する。しかも
『長引かせると面倒そうですね』
様子を見ていた男がそう呟けば、指揮を執っていた男が銃口を小柄な少年に向けた。重量感ある獲物は、素人目にもおもちゃには見えなかった。
「ほ、本物……?」
「まじか」
不穏な黒い鉄の塊を見て鈴城の両肩を抑えていた少年二人が、慌ててその手を離し、転がるように逃げ出した。黒服の男は逃げ出すクラスメイトには目もくれず、地べたに座り込む少年を見て薄く笑う。
鈴城は何度も頭の中で「こんなはずじゃなかった」という言葉を繰り返していた。
授業中も通学時間もトラブルに関する妄想をしており、平凡な日常を送っている最中に突如テロリストが校内に侵入してくるシチュエーションは特に鉄板で、ゲームで培った華麗なプレイスタイルそのままにテロリストを自分が撃退し、一目を置かれるヒーローになる。
なのにその妄想の場面が現実になったとき、イメージではするする動けたはずの体はガチガチに強張って、ただいたずらに震えるばかりだ。
銃口から目が逸らせず瞬きすら難しい有様で、命乞いの言葉すら出てこなかった。
『本物かどうか、撃ってみればわかるか』
「ヒィッ」
鈴城の小さな悲鳴は、昼用の花火のような破裂音が響きわたったせいもあり、誰の耳にも届かないまま終わるはずだった。しかし至近距離から放たれたはずの銃弾は、鈴城の頬をかすめるように逸れた。
銃を構えていた男は右腕を抑え、その足元には茶のペットボトル。投げた犯人を捜すべく、ギッと校舎をにらみつければ逃げ出す制服姿の後ろ姿。
『追え』
子供に面子をつぶされたような気がして、銃を持った男は部下に指示する。周囲にいた五人は駆け出して逃げた少年を追い、中庭には銃を持った男と鈴城だけが残った。鈴城は泣きじゃくりながら地面に這いつくばって逃げ出そうとしているが、腰が抜けたようで、つるつるの床で前に進めない亀のようになっている。漏らしたらしく、土もズボンも色を濃くしていた。
このような醜態を晒すのはバーサーカーではありえない。ゲームの中だけで強気だったというなら納得もするが、峠の戦闘では沈着冷静で、銃撃を華麗にかわしつつ、流れるように反撃する鮮やかさだったという。
本物だろうが偽物だろうが、生きていようが死んでいようがどうでもいい。
男は無様な鈴城を、ただの軽い憂さ晴らしのために射殺しようとした。
引き金を引こうとした所でブラックアウトし、黒服の男は地面に倒れこむ。男は自分に何が起こったのかも理解できないまま気絶させられたのだ。
「お、
鈴城が思わぬ救世主の登場に、涙声を絞り出し顔をクシャクシャに歪ませる。
小柄を活かした素早い動作で敵の死角から急所を突くアサシンプレイは、
実際の場面でもゲームと同じように動く
「立てる?」
「無理だよぅ」
「早くつかまって」
肩を貸し、引きずるように校舎の中に連れ込もうとするが、鈴城の膝が笑いまくっているうえに、抱えるのが小柄な相手であっても
校舎にクラスメイトを押し込んだ所で再び銃声が轟く。目の前の窓枠に着弾し、わずかに斜めに跳ねた銃弾が
相手が実在の人間であることを一瞬忘れ、
黒服の右手はSFめいた効果音を放つ光の槍に貫かれ、悲鳴と共に鮮血が散った。その激烈な赤い飛沫に、ハッと少年は我に返る。
「ぼ、僕……」
己の力が急激に怖くなり、同時に右手の中にあった銃は姿を消した。
『あいつがバーサーカーだ』
一人の叫びに次々に黒服が集まり始める。きょろきょろと周囲を確認すれば、あちこちに散っていた男たちがこちらに殺到しているようではないか。
校内に逃げ込めば勝手知ったる場所、遮蔽物のある場所も熟知している。でも校内にはたくさんの生徒がいる、そんな中で発砲されたりしたら。軌道の読めない跳弾で間違いなく負傷者が出るだろう。
その気になれば敵を全員気絶させることができるはずだった。だが先ほどの一瞬、ゲームと現実の境目があやふやになった感覚が、恐怖を心の奥底から沸き立たせる。我を忘れ、人を殺してしまうのでは? という恐怖だ。失われた命は戻らないというあの喪失感を、自分の手で誰かに味合わせる事を恐れてしまった。敵はきっとそんなことを自分達に対しては微塵も気にしていないだろうに。
様々な考えが脳裏を暴れたが、思考の結果として茂みから静かに両手を上げて立ち上がるしかなく。
顔をめぐらせれば、中庭に集まった黒服の男たちは二十人ほどいて、すべてが銃を携えておりこちらに向けている。それでもなぜか怖いとは思えなかった。自分は何か感覚が麻痺しているのだろうかと、ぼんやりとひとつひとつの銃口を検めるように眺めてしまう。
鈴城に向けられていたものとは異なる、こちらを一切侮っていない純粋な殺意が向けられていた。
自分の名を叫ぶ、
* * *
――ああそうさ、もう限界なんだよ!
心の中で毒つくが、息が切れて言葉としては一言も出なかった。
大量の幻影を作るのはそれだけ精神力を消耗する。しかも子供たちに怪我をさせないよう加減をするのは、精密なコントロールを要した。監視の黒服共にわからぬ程度にわざと隙を作って、これはただの幻影であるという事に気づかせる事ができたように思う。
だがさすがに限界が来た。これ以上は無理だ、頭も割れるように痛い。先ほどから聞こえる銃声も気になった。
『なんだ?』
空気が変わったというか、何か事態が動いたようで、周囲に散っていた黒服たちが校舎に向かって走って行く。
頬の傷をつたって流れを変える汗を左手でぬぐいながら、陰陽師は考えた。日中堂々と学校という公共の場でこのような騒ぎを起こし、こいつらは逃げ出す方法の算段があるのだろうかと。
人の出入りは結界で防いでいるだろうが、音はおそらく外に漏れている。
――こいつらはどうやって、この事態を収めるつもりなんだ? 何か方法があるというのか。
しかし手慣れたこの兵隊たちの動きを見るに、このような事は日常茶飯事的に行われているように思えた。
だいたいこのように自分に幻影を作らせるなどの方法を取るのにも、何か明確な理由があるはず。
とにかく拓磨たちが無事であるように願いつつ、最後の力を振り絞り、中庭に気を取られて隙のできた黒服の背後を取って気絶させ、銃を奪う事に成功した。
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