第三十二話 それぞれの覚悟(2)


 四時間目終了のチャイムと共に、教壇で教師が「じゃあ今日はここまで」とテキストをトントンと揃えなおし教室を出ていくか出て行かないかのタイミングで、それぞれの生徒が席を立ち、学食に行こうと声を掛け合う者、その場で弁当を取り出す者で一気に賑わう。


 加賀見かがみは当然のように大きな風呂敷包みを抱え、こちらに軽く目配せをして先に出て行った。拓磨たくまも手ぶらで行くのも憚られるので、自販機で茶のペットボトルを買おうと思い立つ。ただ古賀こがの分も含めホットのペットボトルを3本を抱えて行く事になるが持ちにくいのは明らかだったので、手持ちの荷物を見回して、打掛の入った風呂敷をエコバッグ代わりに持って行く事にした。


 学食の廊下に向かい、無難なホットの緑茶を三本購入して風呂敷の中に入れる。打掛が熱がるかと思ったが、まったく平気そうだ。むしろ冷めないように気を使ってか、いそいそと袂であろう部分にペットボトルを引き込んだ。


 いつもの中庭に行こうとすれば、前方から古賀こが加賀見かがみの二人がこちらに向かって歩いて来るのが見えた。


「中庭、今日はもういっぱいみたい」

「出遅れたな~」

「え、じゃあどこで食べよう。学食の席空いてるかな……」


 学年の違う古賀こがもいるから自分たちの教室も使えず、三人で弁当を広げる場所が思いつかない。


「風もないし暖かいから、屋上はどうかしらという話をしてたの」

「屋上だと制服が汚れちゃうよ?」


 そこはぬかりなく、といった感じで風呂敷の隙間からスッとレジャーシートをチラ見せる加賀見かがみ。こちらへの示し方が闇の取引めいてる。

 屋上は高いフェンスもあって出入りは自由だが、コンクリートが剥きだしなので昼食の場としては不人気。でも空いてるだろうからと階段を三人で登り始めた時、数歩で古賀こがが立ち止まった。

 

「先輩?」

「何か変な気配がしないか」

「ちょっと薄暗くなったけど、雲が太陽にかかったんじゃない? 日差しがなくなると屋上は寒いかしら……」


 日差しの心配をする加賀見かがみをよそに、古賀こがが眉をしかめた。


* * *


 その頃、黒いスーツの男たちが校舎の四方を固め、怪しげな呪文を唱えていた。呪文の言葉自体には意味はなく、その音程、リズムは神粒しんりゅうを意志通りに動かしていく。目に見えない薄い膜が、学校を囲うように一瞬で展開された。


「結界か……」


 肌感覚で、神粒の薄い膜を見つけ出し、触れて内容を読み取った。

 剣持けんもちの眉間にしわが寄る。風水師の結界は初めて見たが、わずかな労力で目的を果たす効果を神粒しんりゅうを操って実行するとは、さすがと言うしかなかった。

 この結界を通過しようとすれば、無意識に体の向きを反転させられる。結界の外からは入れず、中からは出られない。神粒しんりゅうの存在を知っていて強い意志を持てば出られるだろうが、大抵こういうものに遭遇した場合、人はパニックになってそれどころではなくなり、むしろ「出られない」という意識がより結界を強固にしてしまう。迷いの森と名がつくような場所は、こういう神粒しんりゅうが自然発生していることが多い。


「サテ、アナタノシゴトノ時間ダ」

「仕事? 俺に何をやらせる気だ」

「何デモイイ、幻影ヲ出シ校内ニ放テ。パニックヲ起コスノダ」

「学校だぞ!? 子供たちを危険にさらすと言うのか」


 刹那、鼓膜が裂けるかと思う轟音が剣持けんもちの耳を貫く。続けて香るのは硝煙。命令してきた男の手には実弾の銃が握られ、空に向かって一発撃ったようだった。


「コレヲ使ワセタイノカ。我々ノ目的ハ、バーサーカーヲ見ツケ、生死問ワズ回収スル事」

「生死問わず、だと」

「死体ガアレバ、ソノ体の神粒しんりゅうノ指示履歴を読ミ出セル。記憶ヤ考エハ全テ、神粒しんりゅうニ記録サレテイル。生キテイル必要ハナイ。アノ能力サエ調ベラレレバ、他ニ用ハナイ。構造ガワカレバ再現ハ容易イダカラナ」


 さすがは手段も倫理も無視して情報をかき集め続けた中国マフィア、まさかここまでとは。同時に自分自身への脅しであることにも気づく。自分を死体にして陰陽師の知識を手に入れてもいいんだぞ、と言われたも同然だ。

 実弾を乱射されてパニックを誘発されては大惨事間違いない。ここは大人しくしたがい、幻影でパニックを起こすしかない。しかし。


「紙兵がない。陰陽師は幻影に触媒を必要とする」


 男はニヤっと笑うと後ろの男に指示させ、車のトランクからアタッシュケースを持ってこさせた。開けばぎっしりと詰め込まれた触媒用の紙兵。陰陽師が念を込めて作成したものである。

 以前、宗教団体にそそのかされた防衛大臣が手をまわし、中務省なかつかさしょう全体が閑職においやられていたとき、デスクワークの他指示された作業がこの紙兵作りだった。内職のようにちまちまと紙を切り、工作し続けた日々は陰陽寮の人間にとっては思い出したくない日々だ。これも大高室長がこいつらに提供したのだろう。


 精一杯嫌味な顔をして、受け取るしかなかった。


「ココニハ、鏡姫ナル美少女モイルラシイナ。」


 指に最初にはさんだ紙兵を取り落とし、慌てて拾う。


神粒しんりゅうニ関ワリアルダケデナク、トテモ美シイ。写真ヲ見タ総統ガ大層気ニ入ッタヨウデ、彼女ハ無傷ヲゴ所望ダ」


 大高はどうやら加賀見かがみの情報も喋っていたらしい。彼女は神粒しんりゅうで構成された付喪神ではなくただの人間だと言っても、ビジュアルを気に入られているとなればそれも難しい。


 彼女を捕らえさせるわけにも、バーサーカーを死体にされるわけにも行かない。自分がここで死ぬわけにもいかず八方塞がりの中、剣持けんもちは最初の鬼の幻影を作り出した。これを見れば、古賀こが拓磨たくまは自分が来ている事に気づくはず。敵に寝返ったように思われたくもないが、とりあえず何も方法が思いつかない。

 とにかく今の自分の出来る事を振り絞るしかない。言われた通りに多数の幻影を操りつつ、生徒達に怪我をさせないことを意識し、できれば拓磨たくま達と連絡を取る事……!

 これらの難題は、剣持けんもちの額に大粒の汗をにじませはじめた。


* * *


「今の音、何?」


 乾いた轟音は、加賀見かがみにはピンとこなかったが、実際に銃撃を受けた経験がある拓磨たくまにはわかってしまう。


「銃声だ……」

「スターターピストルとは違うな、まさか本物?」


 古賀こががそろりと窓から外をうかがう。


「なんだあいつら」


 あからさまに怪しい黒服の集団が、校舎になだれ込んで来るのが見えた。いつか峠で女性を襲おうとしていたやつらに似ている気がする。


「いったんどこかに隠れよう」


 古賀こがが窓から離れると一階の方から悲鳴や怒号が聞こえはじめ、何か不測の事態が起こっているのは明らかだった。

 顔を見合わせると三階まで駆け上がり、三人で資料室の中に逃げ込んだ。小さいが窓があって中庭の様子をうかがえるし、内側から鍵もかけられる。物も多くて隠れる場所も事欠かない。


「何が起こっているのか知る方法はないか」


 窓から外をうかがえば、中庭で昼食の時間を過ごしていた生徒や外に飛び出した生徒が次々と男たちにつかまっている。女子は顔を確認されているようだ。そのまま体育館方面に引きずって行かれ見えなくなった。


「……誰かを探しているように見えるな」

「こんな学校に何を」

「ちょっ、何あれ」

「え」


 三人でひしめき合うように窓に群がり一階を見れば、中庭に大量の異形の集団が流れ込み、窓から次々に教室に入って行く。


「百鬼夜行?」

「今の鬼、見覚えがある気がします。剣持けんもちさんの式神があんな感じじゃなかったかな」

「陰陽師がこんな事をしでかしてるのか!?」

剣持けんもちさん達なら、私たちがこの学校の生徒って知ってるんだから、探す必要なんてないじゃない」

「何がどうなっているんだ、目的はなんだ」


 異形の群れが校内を暴れまわっているのか、あちこちで悲鳴があがる。追い立てられるように外に飛び出す生徒が増えて来る。 

 そこに突如ピーカーからの大音量に、三人はびくりと体を跳ねさせ窓から離れた。


『我々ハ、バーサーカート鏡姫ナル者ヲ探シテイル。素直ニ出テクルカ差シ出セバ、他ノ人間ハ無傷デ解放スル』


 加賀見かがみ拓磨たくまは顔を見合わせる。


「え、私!?」


 鏡姫はおそらく加賀見かがみの事で間違いないだろう。しかしバーサーカーといえば、最近聞いた単語としては【VORTEX ONLINEヴォルテックオンライン】の実況動画で紹介されていた無双をする猫耳少女アバター。実際は自分の操作キャラだったが、あれは現在では鈴城のキャラという事になっている。

 鈴城が学校名をべらべらしゃべったという話も聞いた。やつらがこの学校を襲撃してきたのはやはり、”バーサーカー”を探してという事になるが……。


 外から聞こえる声に、激しい怒号と聞きなれた声が混じった。三人が再び窓に張り付いて見下ろせば、数人の男子生徒に両脇をつかまれ鈴城が引きずり出されているところだった。窓を少し開けると、より声が鮮明に聞こえる。


「バーサーカーっておまえだろ!」

「俺たちまで巻き込みやがって」

「違う、俺は知らない、なんだよこれ、なんなんだよ~!」


 中央で泣きべそをかきながら、なおも逃げ出そうともがく小柄な鈴城と、鈴城を引きずってきた男子生徒を含めて黒服の男たちが囲む。


 拓磨たくまはやつらが捜している”バーサーカー”が自分の事だと直感し、鈴城こそ巻き添えだと気づくと、風呂敷を手にそのまま資料室を飛び出した。


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