第三十二話 それぞれの覚悟(2)
四時間目終了のチャイムと共に、教壇で教師が「じゃあ今日はここまで」とテキストをトントンと揃えなおし教室を出ていくか出て行かないかのタイミングで、それぞれの生徒が席を立ち、学食に行こうと声を掛け合う者、その場で弁当を取り出す者で一気に賑わう。
学食の廊下に向かい、無難なホットの緑茶を三本購入して風呂敷の中に入れる。打掛が熱がるかと思ったが、まったく平気そうだ。むしろ冷めないように気を使ってか、いそいそと袂であろう部分にペットボトルを引き込んだ。
いつもの中庭に行こうとすれば、前方から
「中庭、今日はもういっぱいみたい」
「出遅れたな~」
「え、じゃあどこで食べよう。学食の席空いてるかな……」
学年の違う
「風もないし暖かいから、屋上はどうかしらという話をしてたの」
「屋上だと制服が汚れちゃうよ?」
そこはぬかりなく、といった感じで風呂敷の隙間からスッとレジャーシートをチラ見せる
屋上は高いフェンスもあって出入りは自由だが、コンクリートが剥きだしなので昼食の場としては不人気。でも空いてるだろうからと階段を三人で登り始めた時、数歩で
「先輩?」
「何か変な気配がしないか」
「ちょっと薄暗くなったけど、雲が太陽にかかったんじゃない? 日差しがなくなると屋上は寒いかしら……」
日差しの心配をする
* * *
その頃、黒いスーツの男たちが校舎の四方を固め、怪しげな呪文を唱えていた。呪文の言葉自体には意味はなく、その音程、リズムは
「結界か……」
肌感覚で、神粒の薄い膜を見つけ出し、触れて内容を読み取った。
この結界を通過しようとすれば、無意識に体の向きを反転させられる。結界の外からは入れず、中からは出られない。
「サテ、アナタノシゴトノ時間ダ」
「仕事? 俺に何をやらせる気だ」
「何デモイイ、幻影ヲ出シ校内ニ放テ。パニックヲ起コスノダ」
「学校だぞ!? 子供たちを危険にさらすと言うのか」
刹那、鼓膜が裂けるかと思う轟音が
「コレヲ使ワセタイノカ。我々ノ目的ハ、バーサーカーヲ見ツケ、生死問ワズ回収スル事」
「生死問わず、だと」
「死体ガアレバ、ソノ体の
さすがは手段も倫理も無視して情報をかき集め続けた中国マフィア、まさかここまでとは。同時に自分自身への脅しであることにも気づく。自分を死体にして陰陽師の知識を手に入れてもいいんだぞ、と言われたも同然だ。
実弾を乱射されてパニックを誘発されては大惨事間違いない。ここは大人しくしたがい、幻影でパニックを起こすしかない。しかし。
「紙兵がない。陰陽師は幻影に触媒を必要とする」
男はニヤっと笑うと後ろの男に指示させ、車のトランクからアタッシュケースを持ってこさせた。開けばぎっしりと詰め込まれた触媒用の紙兵。陰陽師が念を込めて作成したものである。
以前、宗教団体にそそのかされた防衛大臣が手をまわし、
精一杯嫌味な顔をして、受け取るしかなかった。
「ココニハ、鏡姫ナル美少女モイルラシイナ。」
指に最初にはさんだ紙兵を取り落とし、慌てて拾う。
「
大高はどうやら
彼女を捕らえさせるわけにも、バーサーカーを死体にされるわけにも行かない。自分がここで死ぬわけにもいかず八方塞がりの中、
とにかく今の自分の出来る事を振り絞るしかない。言われた通りに多数の幻影を操りつつ、生徒達に怪我をさせないことを意識し、できれば
これらの難題は、
* * *
「今の音、何?」
乾いた轟音は、
「銃声だ……」
「スターターピストルとは違うな、まさか本物?」
「なんだあいつら」
あからさまに怪しい黒服の集団が、校舎になだれ込んで来るのが見えた。いつか峠で女性を襲おうとしていたやつらに似ている気がする。
「いったんどこかに隠れよう」
顔を見合わせると三階まで駆け上がり、三人で資料室の中に逃げ込んだ。小さいが窓があって中庭の様子をうかがえるし、内側から鍵もかけられる。物も多くて隠れる場所も事欠かない。
「何が起こっているのか知る方法はないか」
窓から外をうかがえば、中庭で昼食の時間を過ごしていた生徒や外に飛び出した生徒が次々と男たちにつかまっている。女子は顔を確認されているようだ。そのまま体育館方面に引きずって行かれ見えなくなった。
「……誰かを探しているように見えるな」
「こんな学校に何を」
「ちょっ、何あれ」
「え」
三人でひしめき合うように窓に群がり一階を見れば、中庭に大量の異形の集団が流れ込み、窓から次々に教室に入って行く。
「百鬼夜行?」
「今の鬼、見覚えがある気がします。
「陰陽師がこんな事をしでかしてるのか!?」
「
「何がどうなっているんだ、目的はなんだ」
異形の群れが校内を暴れまわっているのか、あちこちで悲鳴があがる。追い立てられるように外に飛び出す生徒が増えて来る。
そこに突如ピーカーからの大音量に、三人はびくりと体を跳ねさせ窓から離れた。
『我々ハ、バーサーカート鏡姫ナル者ヲ探シテイル。素直ニ出テクルカ差シ出セバ、他ノ人間ハ無傷デ解放スル』
「え、私!?」
鏡姫はおそらく
鈴城が学校名をべらべらしゃべったという話も聞いた。やつらがこの学校を襲撃してきたのはやはり、”バーサーカー”を探してという事になるが……。
外から聞こえる声に、激しい怒号と聞きなれた声が混じった。三人が再び窓に張り付いて見下ろせば、数人の男子生徒に両脇をつかまれ鈴城が引きずり出されているところだった。窓を少し開けると、より声が鮮明に聞こえる。
「バーサーカーっておまえだろ!」
「俺たちまで巻き込みやがって」
「違う、俺は知らない、なんだよこれ、なんなんだよ~!」
中央で泣きべそをかきながら、なおも逃げ出そうともがく小柄な鈴城と、鈴城を引きずってきた男子生徒を含めて黒服の男たちが囲む。
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