第二十五話 音
世の中に手持ち鈴などいくつもあって、似たものでいえば普通に仏前の鈴も同じような音を立てるだろう。だがそれらに
なら、この鈴は。
――リィィイイイ・・・・ン
試しに振ってみると、澄み切った透明な音が耳に細い針となって刺さるようだ。
「周波数か」
この鈴の音が揺らす空気の振動の波が、ちょうど
しかし今の科学力なら、形状も材質も寸分変わらずコピーして大量生産ができる可能性がある。音質や周波数を研究すれば、デジタルで音を合成して出力することも可能になるかも。
そうなればこの鈴の力を知っている者だけが、
しかしこの奇跡の品を、敵の手に渡る前に破壊する勇気も持てなかった。人類の宝と言っても差し支えない存在で、いつか必要になる事もあるかもしれない……。
鈴を手にしたままの逡巡はほんの一時であったが、不意の気配に鈴を持ったまま振り返った。
「……っ!」
「コチラニ、ワタシテクダサイ」
たどたどしい日本語で、暗がりの中に浮かび上がるような不気味な四人の男のうちの一人が口を開いた。扉が開いた音も、先ほどまでは気配も感じなかった。わざと隙を見せて
腐ってもここは政府の機関のひとつ。それなりのセキュリティがあるのにも関わらず、無能な上司が一人いるだけでこの体たらく。
切れ味の悪いノコギリで、輪切りにしてやりたい。
男たちはそれ以上言葉を発する事はなく、静かに圧をかけてくる。
わざと落として歪ませてしまうか、素直に渡すか。緊張から首元をつつっと汗が流れる感触がする。
ふと
頬に傷を持つ男は大きくため息を吐き出すと、改めて右手を伸ばす男をにらむように目線を合わせ、鈴を手に一歩踏み出す。
その時わざと、偶然を装って足元に散らばったガラクタの一つを蹴飛ばした。感触的には寄木細工の箱だったろうか。男たちの視線が一瞬その箱に注がれたタイミングに、セキュリティカードの裏を親指の爪でこすりセロテープをはぎ取ると、鈴を左手から右手に持ち替えるついでに、持ち手を親切に相手に向けるよう、鈴部分を持つ。この時に親指の爪についたままのテープを内側の奥に貼り付けた。
「どうぞ」
「……」
受け取った男は、鈴のゆがみや傷を改めるようにあらゆる角度から見て確かめる。気づかれるだろうかと不安もあったが、平静を装う。
最後の確認とばかりに軽く振れば、鈴らしい澄んだ音が鳴り響く。男たちは無言で頷きあう。
さっさとお引き取り願いたかったが、再び男は手を差し出した。
「イッショニ、キテモラオウ。首領ハ陰陽師モ、オノゾミダ」
* * *
「うまかったか?」
「うん」
満足そうにうなずく少年の手元から箸と丼を回収すると、自分の分と合わせていつものように盆に乗せて勝手口の前に置いた。
「意外と自分は、誰かの面倒を見るのが好きなのかもしれないな」
ヤタが
龍脈を失ったが、体はすこぶる健康だ。今なら他人とどれだけ触れ合っていても、相手の
――あの時、明らかにたっくんではない何者かに変わった。
今は細胞ひとつひとつが
もし癒しの力として
「まさか、たっくんの体の細胞の振る舞いを丸ごとコピーしたのか?」
不意のひらめきが口から洩れた。
――そうか、それなら合点がいく。
ひとつひとつの細胞の知識がなくても、今問題なく稼働している細胞の情報をそのまま複写すれば問題はなくなる。ミラーリングといった方がふさわしいのかもしれない。
「ねえ、誰か来たみたい」
思索にふけっていた自分を、
「……誰だ?」
誰が来たのかはいつも家の付喪神が教えてくれる。見知らぬ怪しい複数の男たち。
押し入れを開けると打掛で少年をくるみこみ、奥に行かせる。
「隠れてろ、何があっても絶対に出て来てはいけない。俺がいいと言うまでここに。もし誰もいなくなったら、鴉の姿に戻ってたっくんの下へ行け。あの黒い鴉のいる所だ、気配で探すんだ」
「う、うん」
押し入れを閉めると、何食わぬ顔で炬燵のいつもの座に腰を下ろすと、同時に障子戸が荒っぽく開け放たれた。四人の屈強で剽悍な男たちが一瞬で無精ひげの男を囲む。
「……何か用かな?」
「ワレワレト一緒ニ来テモラオウ」
「招かざる客の招待に応える義理はないのだが」
「ソレデモ、来テモラウ」
男たちの一人の目線が、先ほどまで
『他にも誰かいるのでは? コップが二つ、飲みかけです』
リーダー格の男に向けて一人が中国語でささやく。
わざと荒々しく立ち上がり、周囲の気配を探ろうとしている男たちを牽制し、
それでも一人の男は隣の部屋の障子戸を開け、敷かれた布団を跳ね上げる。隣の部屋の押し入れが開けられた音もしたが、何食わぬ顔をした。
しかしもう一人の男がこの部屋の押し入れに視線を向けた。
「やれやれ、礼節の一つも持てないのだな。おまえたちのトップは下っ端の教育には手を抜いているな」
嘲りの表情でそう言い放てば、明らかに怒気が男たちの間で満ちる。
押し入れの中の
物音に恐怖し、おびえて震えた時間は長くも感じたが、気づけば部屋は静まり返っていた。
恐々と押し入れの隙間から部屋を見れば、ひっくり返った炬燵、破れたふすま、外れた障子戸。散々たる有様だった。招かざる客の意識が少年に向かないよう、
「助けなきゃ」
力のない自分ができる事は、男に言われた通りにすること。
窓を開けると体を作っていた
打掛はそれを見届けるとカラカラと窓を閉め、後は頼んだといわんばかりに軽く手を振ると、いつものように何事もなかったかのように元の打掛に戻っていった。
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