第二十六話 それぞれの行方
料理は科学だから、純粋に量を減らして同じ結果になるとは限らない、という生真面目さにしても、一種類にしておけばいいものを、同時進行で作った方が効率がいいからと何種類も……。こんな風に手作りの品を受け取れるぐらい親しくならなければ、ずっと知る事はなかった
考え方だけでなく、先日の
幸いうちには今、食いしん坊がいるから、たくさんのお菓子も消費期限内には食べきれるはず。そう思いながらリビングの扉を開けたら、鴉が二羽に増えてた。卓上に黒い鳥、椅子の背もたれに白い鳥。父は空いた椅子に座って資料をめくっていた。
「えっ!? なんで!?」
「おかえりタク」
「父さん、どうしてこの子がうちに」
「マンションの植え込みでうずくまっていたらしくて……」
「デジャヴュがある……」
白い鳥はなんともバツが悪そうに目を伏せているが、明らかに
父が風呂に行った隙を狙い、自室にヤタと
「ああ、どうしよう。人型にならないと喋れないもんね」
「ソウナノ」
ポスンとベッドの上に着物姿の少年の姿が現れる。
「どうしてここに来たの、
「連れて行かれちゃったの、怪しい人がたくさん来て。シロトがたっくんのところに行けって言ったから」
「怪しい人って、どんな人だった」
「姿は押し入れの中にいたから見てなくて。でも言葉は片言だったから、日本人じゃないみたい。どこかで聞き覚えがある単語が出ていた気がする……」
「どこに連れて行かれたかわかる?」
ふるふると首を左右に振ると、サラサラの黒髪が揺れる。今にも泣き出しそうだ。
連れて行かれたというのが気になるが、行先がわからない事には。しかし自分はしがない高校生で、調べる手段も知識もない。
「あ、そうだ
先日、心配性な彼が夜間に帰宅をするときに連絡先を教えてくれていた。鞄から携帯を取り出すとその連絡先に向けてメッセージを打ち込む。
しかしどれだけ待っても既読はつかない。
「あれ、おかしいな……」
緊急時のためにと教えてくれた連絡先だ、おそらくいつでもチェックできるものを教えてくれていたはず。もやもやとした不安が胸中に沸いて出る。こういう時に式神を自分も使えたら……
そわそわと携帯を見つめる
『ねえ、これ食べてもいいの』
「え、あ、いいよ。でも食パンはどうしたの」
『もうない、食べちゃった』
すごい食欲に感心しつつ、人型になった
「そうだ、
続けてメッセージを
――私からも連絡を入れてみる。護衛の人にも聞いてみるね。
同時に送られて来た「任せて!」と胸をたたくゴリラのスタンプがなんとも頼もしいが、なぜそのチョイス……。
ほっとしたのと同時に、
立て込んでいただけかと安堵したのもつかの間、一瞬で着信拒否の表示に。
「え……」
その画面を見つめて、不安は爆発的に大きくなった。
「……兄さん……?」
その声に振り向けば、いつの間にか風呂から出た父の姿。部屋の扉を閉め忘れていた事に気づき、一気に血の気が引く。
自分の前にはベッドの上でお菓子を食い散らかす鴉が一羽と、ぺたんと座り込んでいる着物姿の美少年。現在の
* * *
腕の筋肉が固まって、そろそろまずいかもしれないと思うころ、やっと車が停まったと思えば、荒々しく引きずり出された。
外の空気はキンと冬らしく冷えていて、周囲は木々の揺れる音、平和な小鳥の囀り。周囲には自分たち以外の人気が感じられず、助けを求めるのも難しそうだ。
「目的地についたなら、この厳重な拘束は解いてもらえないか」
ダメ元だったが、やはり無理な願いだったようで、そのまま縛られたままの腕を取られて歩かされる。もう耳だけで判断するしかない。
音と感触的に地面は土。車はそれほど揺れなかったから、それなりに整備はされていそうだ。
全国各地でメガソーラーを作るなどの名目で、海外企業が多数の広大な土地を取得していたと聞く。山などを相続しても税金がかかるだけのお荷物だと感じる層が、買ってくれるなら誰でもよいとどんどん手放しているのは社会問題のひとつだ。
そんな土地は日本各地にあるから、それだけをヒントに場所を特定するのも難しい。しかしそういう場所なら、人里から大きく離れすぎてるという事はないはず。ある程度定期的に管理できる場所であることが好ましいからだ。
建物に入り、しばし歩いたところで一室に放り込まれる。後ろ手に縛られている状態ではバランスが取れず、受け身もそこそこに転倒してしまった。胸を打って息が詰まる。それでも体を起こそうとしたところで、頭へのガツンとした衝撃とともに地面にもう一度伏せさせられる。
――踏みやがったな…。
「うめき声すら上げないか。あの男とはレベルが違いそうだな」
電話で聞いた、あの声だ。
無言で何かの合図をしたのか、後ろから複数らしき男に引き起こされて拘束とアイマスクが外される。しびれた腕と肩を軽くほぐすように動かし、目線を声の主に向ければ、いかにも中国マフィアのトップにふさわしい男の姿。黄色の豪奢な刺繍のチャイナ服の上下はあまりにも芝居がかっているよう。
黒髪は後ろで結ばれているがそれなりの長さがあり、一重の切れ長の目は残虐さと知的さを合わせ持っている。油断できない人物であるオーラが
「荒っぽい招待になってしまった事は謝罪するよ。何せ君のコウモリ上司には、こちらもなかなか迷惑をこうむっていてね」
すいっと男の目線が動いたのでそれに従えば、部屋の隅っこでぼろきれのように転がっているスーツの男が。見覚えはあったが生死の確認をする気にもなれなかった。まったく表情を変えなかった事で
逆らわず、促されるままに座ると後ろにいた男から取り上げられていた携帯を差し出された。
「上司があんなのじゃ、下の人間が頼るのは貴方しかいないだろう。突然君が消えて難儀しているだろうから、連絡したい人がいるならしてもらってもいいよ」
何の罠だか。素直に連絡すればろくな事にはならなさそうだが、メッセージが来ている事を示すLEDの点灯は気になったので、とりあえず画面をオンにする。しょっぱなに
――
ポーカーフェイスを作る術を鍛える羽目になったのは、室長のおかげともいえるから、この時ばかりは感謝した。
「届いている連絡は確認できたかな? 残念だが部下に送るメッセージはこちらから指定させてもらおうか」
顔を上げれば、口の端だけを上げる不気味な笑み。
「”室長と一緒に急な出張が入った。しばらく連絡が取れない。”とでも。さすがに捜索までされると面倒だからね」
一瞬眉根を反射的に寄せてしまったが、ここで無反応なのもおかしいからそれで良い。指定された文面を打ち込むと、画面を相手に向けた。
ぱっと上から手が伸びて来て、携帯を取り上げられる。後ろにいた大男の手で、送信ボタンが押されたようだった。そのまま携帯は手元に戻って来る事はなかった。
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