第五章
第二十三話 太陽の鳥
思い出はいつも、白く輝く光の中。
苦しくつらい記憶でも、思い返すときはいつもまぶしい無の中に浮かび上がる。過去はすべて輝いているのか。
この世界ですべてが対比のペアであるなら、過去は光で未来は闇なのかもしれない。明日は何も見えないという点ではあながち間違いではないのだろう。
だがどちらも良い悪いわけではない。すべては中庸で、意味と価値は見る側の後付けにしかないのだ。
過去が美しく見えるのはあくまで自分の主観であり、絶望しか見えない未来も実際は醜くないのではないか。
何を主軸にするかで
* * *
夕べは案の定、なかなか寝付けなくて、
父はもう出勤していて、着替えながらキッチンに行って食パンを袋から出す。美味しいパンだが、乾燥を防ぐためと食べる直前にカットするのがおいしいからとスライスせずに売られており、一斤丸ごと。
鴉の姿のヤタのために切ってはあげたかったけれど、残念ながらまったく猶予がない。
「ヤタ、このパンを食べていいよ!」
皿の上に雑にドンと乗せて、カバンをつかむと玄関を飛び出していく。
あまりのあわただしさに、ヤタが口をはさむ暇もなかった。
誰もいなくなったキッチンで、ちょんちょんとはねてテーブルに上がると、卓上のパンを見て首をかしげる。
『どこから食べればいいんだろ』
ヤタも基本的に食パンはスライスされたものか、人間がちぎって投げてくれたものを食べていたから、茶色い四角の箱のような状態は、どこから手を……嘴をつけていいものかわからない。
『まあいっか!』
二秒で考えるのをやめ、豪快に鴉は上面中央からボスボスと嘴を突き刺した。
『おいしい!』
ボスボス、ボスボスと、到底食パンを食んでいるとは思えない効果音を立てながら、ワイルドな食べ方をしていたヤタだったが、中央だけ集中的にえぐっていたので、ついに頭がスポっとはまり込んだ。
『!?』
頭を抜こうとしても、パンがついてくる。重くて頭に食パンが刺さったまま尻もちをついた。首を振っても、足でげしげし蹴とばしても食パンは頭から外れない。
『えーん、タクマ~たすけて~』
助けを呼んだが、あいにく
ほぼ全速力で走ったおかげで、ぎりぎりチャイムが鳴る前に教室に駆け込む事が出来たが、扉を開けたのと同時に机が複数倒れる音と女生徒たちのキャァという悲鳴が上がり、一瞬自分が何かしたのかと思ったが、誰も入口の
「うるせえ! お前にどうこう言われる筋合いねえよ!」
「ネットリテラシーぐらい身に着けろって言ってんだ!」
「嫉妬で難癖付けるなんて小せえな!」
「なんで俺が鈴城に嫉妬しなきゃいけないんだよ!」
「だいたいおまえがネットリテラシーだとか言える立場かよ、ツーラーの癖に」
「黙れ! お前がべらべらしゃべらなければバレなかったんだよ!」
押し倒されていた男子は、覆いかぶさっていた小柄な少年の腹部を蹴り上げるようにして、引きはがした。
「何をやってるんだおまえたち!!」
今度は怒号が自分の背後でして、入口で立ちすくんでいた少年は思わず首をすくめた。
担任教師がHRのためにちょうど来たところだったようだ。
暴れていた二人もばつが悪そうにしぶしぶ立ち上がると、周囲の生徒は倒れた椅子や机をいそいそと戻した。
「鈴城と太田か、このあと職員室に来なさい」
「チッ、てめえのせいだぞ」
「なんだと……!」
「いい加減にしなさい!」
そわそわとしたクラスの空気感のまま最低限の言葉だけでHRは終了し、鈴城と太田の二人は職員室に連れていかれた。
鈴城は、
こういう時、隣の席のクラスメイトが毎度のようにおせっかいにも何があったのかを教えてくれる。
「鈴城のやつ、べらべらと個人情報をゲーム内でしゃべりまくったらしい」
「ゲームって、
「そう。鈴城は有名チームの
「えええ……」
「それを咎められて、太田に責任転嫁。自分はクラスメイトだから頼みを断れなかったという証拠を出すために、学校名やら太田の本名やらをべらべらと。禁止されている改造アプリやRMTの事なんかも言いふらしたものだから運営への通報なんかにも発展したみたい。太田は即BANらしいよ」
「滅茶苦茶じゃないか」
「馬鹿だよな、自分がいる学校でもあるのに」
詳しく聞けば、鈴城のプレイも散々たるものらしい。本当にバーサーカーなのか? という疑念がチーム内にも出ていたようで、ちやほやされる空気が無くなった事で満足できなくなり、太田の持つツールを使って現状を打破しようとしていたようだという。太田が提示した交換条件が、チーム専用掲示板のパスコードだったらしい……。掲示板では戦略や行動、攻略についての情報が満載で、トップチームのそれらの情報を欲しがる人間は多く、販売すればかなり高く売れる。太田はゲームを楽しむというより、RMTなどで小銭を稼ぐ事が主体のプレイヤーだったようだ。
もうログインをしていないがキャラのデリートやアンインストールをしているわけではない
* * *
「旗が立ってる!」
「そういうのが好きなのか」
すっかり小さい子供の精神年齢になってしまい、離れると寂しがる。風呂にも一緒に入って洗ってやり、手をつないで同じ布団で寝た。ずっと不安で心細かったのであろう、随分と甘えん坊だ。
メニュー表を見せて食べたいものを試しに選ばせてみたら、新幹線のトレイに乗ったお子様ランチに夢中だ。主のコピーという事なら、このあたりの嗜好は主と同じなのだろうか。
届いた食事を目の前に置いてやれば、子供らしく目を輝かせた。付属していたプラスチック製の先割れスプーンを持たせてやれば、初めて見たのか困惑した表情を浮かべた。
「フォークとスプーンが一体化しているだけだ。普通に使ったらいい」
「おいしい」
「普段、何を食べていたんだ」
「鴉に戻ってからは、
仙人は霞を食べて生きながらえるというか、実際にそうだったのかもしれない。霞はきっと
風水は仙人になるための学問でもあった。両親が風水師であることから、陰陽道を学びながらも風水の知識も増やしてきた中、そのような記述もいくつか目にしたことがある。歴史が長いだけあって、
風水の起源は太陽信仰である。太陽は空を往く事から、鳥に例えられる事があったという。太陽を観察し続けているうちに黒点の存在に気づいた古代の人々は、太陽の中に黒い鳥がいると信じた。それを元に天体観測を主体とする職のものには
叢雲は白い鴉である。日本では古来より白い動物は神の使いとされてきたから、彼が白い事に関しては何の問題もない。
だがヤタはどうだろう。本人は御使いであると連呼していたが、色は黒。
――もしや、ただの御使いではない……?
大事そうにちまちまとプリンを食べる叢雲を眺めながら、マイペースな黒い鳥の事に思いを馳せた。
* * *
ただの御使いではないのではと疑念を抱かれたヤタは、引いてダメなら押してみようの精神でがつがつと食パンを食べ進め、貫通に成功して顔を出すことができた。
しかしずり落ちた食パンが体にはまり、簀巻きされた状態で完全に身動きが取れなくなり卓上に転がっている。
『タクマ~、早く帰ってきて~』
願いはむなしく、まだ時間は昼を過ぎたところである。
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