第二十二話 親たち
ヤタの羽根を食べ終えた子供姿の
今後、この子をどうするかと白戸のほうに目をむければ、あごを何度かしごいて考えに耽っている様子だったが、ひと時目を閉じ、次に開いたときには心を決めた顔をしていた。
「うちで預かろう。二人は遅くなる前に帰りなさい」
少女と少年は顔を見合わせると、改めて彼が病み上がりであったこと思い出し、慌てて立ち上がった。
「だらだらお邪魔してすみません」
「構わないよ。また来たらいい」
「ありがとうございました」
少年と少女は二人そろって玄関を出る。ヤタは
「
「端的に言えば
「一年分!? 結構重かったけど」
「すごく細かく記録されていて。体温や血圧、血液の成分の推移とか……」
「今回体調を崩したことと関係あるのかな」
そういえば、龍に変わるのをヤタが止めたという話をしていたことを思い出す。あの後は眠ってしまって、すっかり話を聞きそびれてしまったが。
「最初、あれが子供の記録だとは思わなくて」
「そうなの?」
「なんていうか、動物実験の記録みたいに完全な客観視というか……、ううん動物実験とも違うかも。あれは未知の生物の観察記録といったほうがしっくりくるかもしれない。宇宙人を捕まえた研究者が書いてそうな」
あまり詳しく話すつもりはなかったのに、しゃべってしまっていることに彼女は気づき、慌てて口元を抑えた。
「そのつまりね、他人が見ていいものじゃないと思ったの。うちにあってもいけないと思うし……持ち主に返せたらと」
「
表情を変えた少女を見て、
「秘密が持ち主のところに戻るのは、良いことだと思う。きっと大丈夫だよ」
落ち込む彼女が気になって、また後日一緒に
一人になった帰り路、押しつぶされそうな不安が押し寄せる。
考えに耽りながら帰宅し、絆創膏に貼り換えようと
* * *
子供の生まれつきの病気について、何かと母親は責任を感じがちである。遺伝子的な問題であれば夫婦二人の結びつきの結果であるのに、なぜか男親は女親より他人事になりがちなのは、自分の体の中で生育を実感した経験の有無のせいなのか、両方がパニックにならないよう片方は必ず冷静でいるように進化したのか。
例にもれず、自身の体の弱さについて母親はひどく責任を感じていた。なんとか必死に治そうとしていたのは彼女のほうだったようにも思う。
当時、風水師も陰陽師と同様にその立場はスピリチュアルな一部の人のもので、占いやおまじない程度のカジュアルな扱いを受けていた。気の流れを読み、政治の中枢に関われていたのはかなり歴史を遡る事になる。
これから時代を切り開くであろう
――
父の口癖だった。
今でこそ建築にかかわる用途でばかり使われているが、地形を案じ気候を読む兵学でもあり、古くは仙人になる事を志す学問でもあったという。良い気を集め、さらなる上の存在を目指すのは、どの時代でも目的の一つとなりうるものだったのだろう。
本来の風水に立ち戻れば、かつての地位を取り戻せると思ったのかもしれない。国の中枢の傍にあり、その辣腕を振るう事のできた時代へ。
幼い我が子に龍骨を埋め込む事を決めた両親の、それぞれ思惑にはズレがあったのは間違いない。
健康を取り戻し、普通の子供のようになった息子に母は素直に喜んでいたけれど、父は納得できなかったのだろう。もっとそれらしい変化があって然るべきなのでは? と。
妻の知らぬところで更なる処置を追加し、あえて龍骨を取り出してその経過を観察したり。そんな人体実験のような行いをしていることを、ノートに事細やかに記載していれば一緒に住んでいる人間にバレないはずはない。
あの日、夫婦は大喧嘩をした。罵りあう二人を見て幼い自分は、何も出来ない見ているだけの自分を呪う。
――力が欲しい。
あの時、心からそれを望んだことをきっかけに、目の前で両親は死んだ。母は絶望と恐怖をその顔ににじませ、父は恍惚の表情で、
「龍だ」
と言い残し……。
その日の夢は、いまだ繰り返し見続けている。
* * *
そして今までの外泊や遠出はすべて
「ごめんなさいあなた」
「わかってるよ、愛されている自信がなかったんだね」
「……私、わがままだし自己中だし、勉強もできないし特技もないし」
改めて思えば化粧が濃いのも素顔に自信がないからであろうし、着飾るのも己の心を守る鎧。
そんな彼女がとにかく愛おしい。この話を他の男にすれば「よくそんな面倒くさい女を」などと言われるが、自分はむしろそんな彼女がいい。自分でなければ彼女を守ってやれないという気持ちは、一種の依存のようにも思う。だが大切で本当に守りたい存在で、自分の手によって、自分は愛される価値があるという自信をいつか持たせたいとも思っている。
だからこそ。
「どこにいくの?」
「おまえを守るために、そして俺のために、しばらく山形の別荘に行ってほしい。行先は誰にも言わず、今もってる携帯は置いていけ。新しいものを渡す」
「どうしてか、聞いてもいい?」
勝気な彼女がとたんに不安な顔をした。
「少しやばい組織を相手にすることになりそうなんだ。万が一おまえに魔の手が伸びるようなことがあれば耐えられない。俺以外と連絡しないことを誓ってくれないか」
両肩に手を置いて切実に願えば、彼女も愚かではない。真剣なまなざしに、しっかりと頷いた。
「大高室長も敵だ。騙されないでほしい」
その一言に彼女はハッとした。自分が愚かな行いをしたことに思い至ったのだ。
「私、あなたに迷惑をかけてしまったのね」
「俺の事を愛していたからだろう? こんなに愛されて幸せだ」
できれば早く自宅を離れさせたかった。室長が相手に鈴を見せて違う事が分かれば、やつらは大高を見限るなりして直接こちらに接触してくる可能性が高い。それまでに妻は逃がしておきたい。彼女の身を守りたいのはもちろんだが、もし万が一、彼女を人質にされてしまえば、自分は……。
これからしばらく離れ離れになる事と、不安そうにするいつもと違う表情に再び愛おしさがこみ上げて来て、たまらず
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