第二十一話 主
「もしかしてその子が、さっきの鴉なの?」
「うん」
「この子、
その言葉に
「それが叢雲として、何故そんな幼い姿なんだ」
全員の疑問ではあったが、その顔立ちからはやはりあの教祖の男の顔が容易にイメージ出来て、本人であるのは間違いないようであった。
「すべて話したら、手を貸してくれるだろうか?」
恐る恐るといった様子の、何度も正座を整えなおしモジモジとしている年相応な姿に
「内容にもよるけど、僕たちに出来る事だったらね」
きゅっと唇を噛んだ少年は少し俯いていたが、目の前に羊羹とお茶が彼の分も差し出され、茶を用意した
「私は、おまえたちが倉庫で出会った神を
「神に仕えているお前が、何故力を欲する」
「我が主は発展途上なのだ。神としての姿が完成するまえに変化に必要な
「もしかして御使いだから、見た目の年齢を操作できるの?」
「最初に私がこの世界に形作られた時、私は主と同じ見た目年齢だったのだと思う。人間でいうなら四十歳そこそこあたりだろうか」
ぽつりぽつりと少年は過去を語り始めた。最初は周辺の
そして日本に戻り、宗教団体を立ち上げた。
信者に自身の
「急ぐ必要が出て、
「私は力の行使のたびに摩耗してしまった。使ってしまった
『その子の主は、
ヤタは人型になった時、中学生ぐらいの見た目だ。
「私は主のコピーだ。だから知能も知識も主に準ずる。しかし若返れば若返るほど考え方は幼くなっていく。覚えた言葉や使い方は忘れなかったが、次に何をすればいいのか思いつかなく……。感情に支配されやすくなり、衝動的に行動してしまう」
誇らしき神の分身であるのに。その矜持の通りに自分で自分をコントロールできなくなっていく。その恐怖に耐えかねて、国内に来ていると聞いていた以前知り合った中国人の手を借りようとした。
しかし騙されたあげく神の身柄を奪われ、自身はボロボロになる程に痛めつけられ、命からがら逃げだしたものの、崩壊して失った
人の言葉は理解できるが鳥の言葉はわからず、鴉の声帯では辛うじて九官鳥のような声が出るだけだ。かつての信者たちの力さえ借りる事ができなくなった。
「申し訳ない、私は貴方を神に取り込ませるつもりでいた。でももう、それ以外の手段がわからなくて……」
腕を組む
頭の中がぐるぐると回転しているような混乱。
――主のコピー。
敬一と同じ姿から導き出される恐ろしい答え。
彼が仕える主の正体は。
あのコンテナの生き物は。
* * *
とりあえず渡したファイルに大高が視線を落としている隙に、震える手でセキュリティカードを外す。いつも肌身離さず持ち歩いているが、唯一手元から離す機会があるのは自宅。
先日妻が、二人で撮ったプリクラのシールを貼っていた。裏返さなければ見えないし、妻の写真を持ち歩くのも悪い気分ではないからそのままにしていたのだが、そのシールの上を指でなぞれば不自然な小さな凹凸を感じた。
爪先で引っ掻いて剥し、顔は大高に向けたまま視線を落とすと、何やら小さな部品が見えた。明らかに盗聴器。
彼女の性格は熟知している。恐らく最近出歩く事が多い自分に、彼女は浮気を疑って不安を覚えていた。でも本当に仕事かもしれないからと、おそらく部署に電話をするなりした。部下は迂闊に返答する事が出来ないから、おそらく電話を大高にまわしたのであろう。
そこで彼は、
そしてうまく彼女を焚き付けて、これをつけさせた。
だがこのサイズの盗聴器の精度、そして外出時は鞄に入れていたり胸ポケットに入れていたことから、全ては伝わっていない気もした。何処まで伝わって、知られていないかを把握しなければならない。迂闊な事を口にするわけにはいかず、ファイルをめくる音だけを聞く。読み終わるまでに良いアイデアが出て欲しいが、残念ながら大高はため息とともにファイルを閉じた。
「目新しい情報はないな」
「断片的な情報を仕入れる機会はありましたが、
大高は諸々を
「ところで、先程の風水師の鈴とは?」
「おまえが拾った女から託されたようだが?」
「彼女から預かったものはありますが、我々の活動とは無関係かと」
「女からはどういう話を聞いた」
「内緒話をしているらしき所に遭遇し、聞いてはいけない気がしたのでその場を離れようとしたところ、音が鳴りそうな物に触れてしまい、音が鳴らないように掴んだまま逃げてしまったと」
鈴を預かった事が知られているという事は、彼女との会話はある程度聞かれてしまっている。迂闊に嘘を言う訳にはいかない。
「持ち主がその鈴を探しているのだ。おまえが持っているかもしれない事を伝えた所、返却して欲しいと」
「その人が探している鈴と、預かっているものが同一とは限らないのでは……その人が持ち主であるという証明は。室長のお知り合いで?」
大高の背後にいるのが誰か、もうこの会話だけで明らかだ。繋がっている相手は例の中国マフィア。しかもべらべらと情報を与えているらしい。最悪だ。
「とにかくそれを預かって、先方に判断してもらう。見せてくれ」
「……はい」
分類できない物を収納しているロッカーに足を向け、開ける。ここには色々なガラクタが雑多に詰め込まれ、古びた鈴を隠すのにうってつけだと思ったのだ。
ロッカーを開けて大高を促すと、男は静かに雑多なモノたちを見渡して、それを手に取った。
とても古びた大きな鈴……それは女から預かったものではなく、かつて
――そうか、一般的に鈴といえばこちらの形だ。鈴と聞いて
上司の不勉強に感謝する日が来るとは。
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