第九話 顕現
思わぬ来訪者に戸惑いつつも、
白い鳥すべてを覆うようにかかり、捕縛を確信するが。
「なっ」
思わず声が出る。
この家の中は役目を終えた付喪神の効果で、どの場所よりも
しかし鴉は軽く身を震わすだけで、その身にかかる網を元の
「ただの鳥ではないのか」
ヤタ用の入り口に興味を持った野生の鳥が、うっかり入りこんだわけではないようだ。
「チカラガホシイカ?」
「は?」
九官鳥の物真似のような抑揚のおかしさを伴うたどたどしさで、白鴉が使い古された陳腐な台詞を吐いたので、普段は沈着冷静な
「タダビトガ、ソノ体デ、イキルノハ、ツライダロウ」
「!」
「何を知っている」
「スベテ」
鳥の不自然なほどに赤い瞳が怪しく光った。ガラスのような艶やかな瞳に、狼狽する無精髭の男が映りこむ。
「……力は間に合ってる。用件はそれだけか」
「神ニ、チュウセイヲチカエ」
「知りもしない神に仕える気はない」
「オマエハ、カナラズ、ワガ神ノ、チカラガヒツヨウニナル」
「おまえの言う神とは何者だ」
「スデニ、アッテイルデハナイカ」
記憶を辿れば容易にたどり着く。あの自衛隊基地で会った化け物。
「おまえ、
「カンガエル時間ヲヤロウ。マタクル」
「逃がすと思うか?」
網は無くとも物理的に戸を閉め切ってしまえばいい。指をパチンと鳴らせばカチリと天井から音がして、白い鴉が侵入して来たであろう屋根の出入り口が施錠される。白い鴉はその赤い瞳を挑戦的に男に向ける。
タイミング悪く、呑気なヤタが玄関を開けてゆるい声をかけて来た。
「ただいまなの~」
「しまった!」
間髪入れずに白鴉は男に向かって翼を広げ飛んだので、
玄関にいたヤタの髪が、時間差でふわりと風に舞う。
「え? 今の何?」
玄関に足を踏み入れていた少女が頭だけを出して外を仰ぎ見る。青い空に吸い込まれるように飛んで行く白い鳥の後ろ姿。
しばしきょとんとし、目をぱちくりと
* * *
「では、陰陽師は式神では攻撃は出来ないのですか?」
「全く出来ないわけではない。例えば式神を用いて風を起こし、カマイタチのような物を発生させる事は可能だ。ただどのように風が舞うかは周辺環境の影響を受けるから、何処に発生するかわからないという事で実用的ではないな」
「先程の破壊のような事は」
「相当量の
「この場所は?」
「パワースポットと呼ばれるような場所は、基本的に濃度が濃い。ここもそのようなエリアだがこの破壊のレベルの量となると、難しいだろうな。少なくとも今までの修練で起こった事はない」
「なるほど……」
「
「人に影響を及ぼす程度になれば、見えていると思います」
「霊感がある、と言われる程度の感じか」
「
「俺は見えない。肌感覚でわかるといった感じだろうか。
そういえば、
あるかどうかわからない物を操るために、
「う……ん」
「おっ、目が覚めたか?」
「気分はどうだ」
「えっと……?」
「気を失ったんだ。何があったか覚えているか?」
横から膝をついた
ふと頬に傷を持つ男は、彼の左腕に巻かれた組紐が気になる。
「これは?」
「
指先でつまみ、しばし転がしながら術を読み取る。次いで紐に指を添わせて行くと、徐々に眉間の皺が深くなっていく。
「紐の方の術は目くらましだ。複雑で何を隠しているのかわからないな……。そういえば
「
「
「
「今日はもう帰した方が良さそうだな。しかし、修行は急いだ方がいい。彼がいると
「俺が、なるべく傍にいるようにします」
「それがいいかもしれない。とりあえず部下に車を……いや、俺が送ろう。
「部屋に戻って着替えが済んだら、玄関前へ」
「はい。さあ行こう、
立ち上がらせて背中を押せば歩くが、不安そうで所在なさげな仕草。まるで初めての場所で、初めての人と会ったかのような。
「まさか記憶喪失になっている訳じゃないよな……?」
「……」
その不安はどんどん膨れ上がる。着替えも上手く出来ないというか、シャツもズボンも着方がわからないかのような様子に、手を貸してなんとか纏わせる。
靴も子供に履かせるように手を貸し、なんとか。玄関を出るとまだ
しかし外に出た途端、それまで足元ばかり見ていた
東京でも郊外となれば自然は多く、木々が風に揺れるさわさわという音と、名も知らぬ鳥の囀り。かなり遠くから電車の遮断機が下りる音が聞こえるが、冬とは思えない穏やかで過ごしやすい日差しの下、
何となく話しかけてはいけない気がして見守っていれば、少年は楽し気に庭に足を向け、葉のない桜の枝にとまる小さな小鳥に話しかけている様子を見せた。
そこに車のエンジン音がして、振り向けば
少年が手を伸ばすと、小鳥は吸い寄せられるように飛び、その指に降り立つ。
「童話アニメのプリンセスのようだな」
「あんな鳥寄せみたいな事が出来るんだ」
小鳥と楽しそうに会話する姿が何とも美しくて神秘的。仕草が女性のようでたおやかだ。
やがて鳥がその指から飛び去り、しばし見送っていた少年の視線がやがて二人に向いた。
底の知れぬ吸い込まれそうな黒い瞳を澄み切った水晶の透明感が覆い、鮮明に二人の姿を映し込む。
人ならざる存在が垣間見えて、思わず二人は背筋を伸ばした。
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