第八話 新たな師匠


 鬼は、陰陽師の十八番おはこと聞いた事がある。とすれば、これらの鬼達は剣持けんもちの式神と容易に想像がついた。


 式神という事は、神粒しんりゅうの塊。


 白戸しろとによると陰陽師の術で創出できるのは、あくまで見た目だけであって、物質的な効果を出せるものはほとんどないという。人間の力で、周囲の神粒しんりゅうを集められる量には限りがあるし、濃度も他国よりは濃いとはいえ、手近な空間内にある量は知れている。

 だから陰陽師が使う術は大部分が目くらましで、囮に使ったり情報を伝える程度となり、それをもって相手に攻撃をし、ダメージを直接与えるような事はほぼ出来ない。相手がパニックになって自滅するか、囮に気を取られている間に術者自身が攻撃を仕掛ける形となるのが定石。だから陰陽師は古来より、学者でありながら剣術にも長けていたという。儀式に用いるという名目で帯刀する事も多かった。

 しかし式神を維持したまま術者が攻撃するとなると、術が揺らぐ。術を作用させながら何らかの攻撃をするというのはとても難易度が高いのだ。異なる術を複数使う事も、困難を伴う。

 あの白戸しろとでさえも加賀見かがみ救出に向かった日、目くらましの閃光と囮は同時に使えず、ヤタが囮をする事になった事は記憶に新しい。

 今回の鬼は複数だが、同じ物なら同時に出せるのだろう。しかし動かせるのは恐らく一体。すべてが同時に攻撃して来る事はない。数を作るためにそれぞれの保有神粒しんりゅうも少ないはず。


 このように知識はあった。古賀こがも知っている。

 問題ない。

 はずだったのだけど。


 一匹の鬼が振り上げた金棒は、轟音を上げて拓磨たくまの足元の床板を砕き、大きな穴を開ける。

 古賀こがが道着の襟を掴んで引き戻してくれなければ、危なかった。


「うぉ、すごいな」


 そのまま拓磨たくま古賀こがは後ろに庇う。女の子のような扱いを受けてしまったが、心臓の鼓動が激しく、バクバクと喉の方まで大きく揺らし、感謝の言葉を発する事すら出来ず、頼りがいある大きな背にしがみついてしまった。

 じりっと古賀こがが後ろに下がるのに合わせ、拓磨たくまも下がる。彼の脇の隙間から前を見れば、鬼達はじりじりと間合いを詰めて来る。二人共丸腰で、今こそ自分の銃の創出を行うべきなのに、足も手も意思通りには動かず、古賀こがの動きに合わせて辛うじて下がる事が出来てる程度だ。


 あの金棒に当たればただでは済まないと思った。


 不意に肩を抱かれ、古賀こがが横に飛ぶ。横切った金棒が木片を散らし、彼らの背後にあった障子戸を吹き飛ばす。破片をスローモーションで見ながら二人で板間を転がった。

 そのまま勢いに任せて跳ね起きた古賀こがは、片膝をついたまま、柏手を打つ。


 パァンという耳に刺さるような鋭い音に思わず目を閉じ、少年が再び開いた時には、最初見た程の広さではない十二畳ほどの和室が見えた。しかも板間ではなく畳敷き。部屋も幻覚だったのかと驚き見れば、その中を吹雪のように白い人型の紙兵が舞い散る。

 しかしながら畳の一枚には巨大な穴が開き、複数の障子戸は原型をとどめてはいなかった。

 

 式神にこのような力があるとは、剣持けんもちは只者ではない。

 震える体をなんとか起こし、新たな師匠となるべき傷の男に目をやれば、彼は最初見た姿と変わらぬ正座の状態で目を閉じていた。

 その目が開かれると同時に、眉間には深い皺が刻まれる。


「なるほどな。そちらの青年も一緒に修行をさせろという白戸しろとの意図、理解した」


 苦々し気に彼はそう言いながら、拓磨たくまに鋭い視線を向ける。そこで少年は、事に気が付いた。


* * *


「反射だから仕方ない部分はある。一種の生存本能、危機に対応しようという反応だからだ。だがそれを矯正できなければ、君は君自身の想像力で命を落としかねない」


 式神でしかない鬼達はその攻撃も幻で、実際にあの金棒で殴られたとしてもそよ風程度を感じるものだったのだろう。あの物理的な力を与えたのは拓磨たくま自身である。

 それに気づいて息を呑む。


 かつてゴミ置き場の黒いもやに力を与えてしまったように、今回も鬼の攻撃を具体的に想像してしまった。

 相手の動きから次の動作を想像してしまうのは、長年やって来たゲームの影響がかなりあり、普段はそうやってあらかじめイメージする事により回避等の行動を取るわけだが、現実の世界でとなると体が動かないのだ。これがゲームと現実の違い。

 得意なVRゲームの 【VORTEX ONLINEヴォルテックオンライン】も、体を使うと言っても実際に前転したり飛びずさる等の大きな動きは無くて、初期動作だけでゲーム内のキャラは飛んだり跳ねたり転がったりする。狭い室内で使うゲーム機の宿命ではあるが、まともに自分が動作するのは基本姿勢や腕、頭の動き程度。実際の回避は経験がないと言ってもいいかもしれない。


 その点、実際の武道を嗜んでいる古賀こがは動きにキレと確実性がある。恐らく彼も相手の動きをイメージして行動しているが、実際に体が反応する点で拓磨たくまと大きな差がある。

 そしてどうも自分は無意識に、己の中の神粒しんりゅうをイメージと共に提供してしまっているらしいという点にも気が付いた。

 体の中に集められて溜まるそれは、ヤタに言わせるとかなりの量であるという。吸い取った彼女が実体を取れる程の濃度。打掛も手を握ったりできるように完全に実体化している。質量を持てる程度の神粒しんりゅうの量を容易に備える事が自分には出来るのだ。

 つまり、殺されると思ってしまえば、本当に殺されてしまうと言える。


「大丈夫か?」

「あ、はい」

「本当か? 真っ青だぞ。震えているし」


 この震えは先程の名残ではなかった。自分自身の力が急に恐ろしい物に思えて来て苦しい。ダメだと頭ではわかっているのに、全く制御が出来ていない事がとにかく怖かった。


大磯おおいそ?」


 心配そうにのぞき込む古賀こがの顔を見た気がするが、まるで電源が落ちるように拓磨の意識はシャットダウンする。


 少年は息を呑んだあと、呼吸をするのを忘れていた。



* * *



 少女姿のヤタが、キラキラした目で炬燵の天板上をすべる白戸しろとの指先を見ている。


「これが百円」

「百円」

「これが十円」

「十円」


 男の言葉を復唱しながら、散らばった小銭を目線で追う。


「肉まんはいくらだった?」

「税込、百三十五円って書いてあった」

「選んでみろ」

「百、十、十、十、五」


 小銭の山から指示された小銭を手元に寄せる。


「よし、買って来ていい」

「やったぁ!」


 先ほど二人でコンビニまで行き、男は少女に買い物の仕方を教えた。その時に買った肉まんを食べ終え、鴉の少女はおかわりを所望した。

 お金の換算が出来るなら、もう一個買って来ても良いという事になり、ヤタはこれまで以上の集中力でお金を覚えている。

 今までは価値がわからないものの、キラキラとしたコインは興味を惹かれるので、宝物入れの中にもいくらかの小銭がすでに入っている。中には小判や古銭もあるという。

 学術的に価値のありそうな古代の物も見受けられるが、面倒な事になりそうだったので白戸しろとは何も言わずにいる。


 小銭を小さなガマ口に入れて、少女が嬉しそうにコンビニに向かう後ろ姿を見送って、玄関を閉める。

 ふと足元を見れば、銀色の小さな欠片。


「忌々しいな」


 独り言ちながらそれを拾い上げると、パシンとガラスが砕けるような音をさせて指先で砕く。

 廊下にもいくつか落ちていて、拾っては砕くを繰り返す。


 そして炬燵のある部屋に戻った時、天井からカタンと音がした。これまでノイローゼになりそうな程の回数を聞かされた、屋根に設置したヤタのための出入り口の戸口が開いた音だ。


「鴉?」


 先ほど出かけたばかりの少女。何かあって、鴉の姿で急ぎ戻って来たのだろうか。

 いつもは打掛が担当している襖を、男の手で開けて鳥が降りて来るのを待つ。


 しかし天井から降りて来たのは黒い鳥ではなく、目が覚めるような白。

 

 純白の羽根を備えた、見覚えのない鴉だった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る