第四話 新年の夜に
「むぐぐ」
上から覆いかぶさられていると、いつものように簡単に引きはがす事は出来ず、抑え込まれてジタバタする
「それぐらいにしておけ」
力づくで終了させられたヤタは、さっきまで吸うために凹ませていた頬を膨らませ、会話が成立するようになったというのに無言で抗議の意思をアピールしていたが、
現金な食いしん坊は、一瞬で機嫌を直すといそいそと炬燵の空いている面から座りこんだ。彼女がミカンをせっせと
「ヤタって、人間の状態をどれくらいキープできるの?」
「鴉に戻らなければずっといられるよ」
「えっ、そうなの!?」
「でも人間の姿だと飛べないから色々不便~。でも最近飛び続けて疲れたから、暫くこのままでいようかな」
「
男に目を向ければ、片側の眉を器用に上げて笑いながら肩をすくめている。
不意に玄関のインターフォンが鳴った。新年の夜に来客? と
二個目のミカンに手を出すヤタを
無言でそれらを炬燵の上に置いて行く。
「これは……?」
「正月料理だな。夕食はまだだったろう。どうせ一人で食べきれる分量ではないから、一緒に食べて行ってくれ」
そう言いながら手際よく包みを解いて重箱を開けると、ホテルが出しているような見事なお節が出て来た。和洋折衷で豪華だが、刺身など日持ちがしないような物もチラホラある様子だから、確かにこれは一人では手に余りそう。
「今日は
あれほど険悪な様子だったのに、随分と関係が変わったようだ。
豪華な御馳走を見たせいか、急にお腹がすいてきて、クゥと可愛くお腹が鳴ってしまい思わず赤面をしてしまったが、隣でヤタが重箱に顔を突っ込もうとしているのを
暫く人の姿でいるならばと、このお正月料理はヤタのテーブルマナー講習を兼ねる事にもなった。
* * *
「おかえりなさぁい、ア・ナ・タ♡」
甘い囁きは、熱く優しい吐息と共に
情熱的な妻にしばし応えていたけれど、流石にそろそろ落ち着いて欲しいと再び引きはがす。彼女はちょっと物足りなさそうに拗ねた上目遣いを見せて来たが、軽く頬にキスを返して髪を撫で、「今日も綺麗だよ」などと声をかければ、くねくねとしながら妻は満足そうに離れる。見れば体のラインが出るなかなかにセクシーなニットワンピで、今まで見た事がないので新しく買ったものであろう。それについても褒めてみれば、彼女はクルクルと回ってご満悦だ。染められた茶色の巻き毛も一緒に踊る。そんな彼女の背景は、スパンコールのナイトドレスのような煌めき。
ここは都心の高級マンションの最上階。
リビングの窓から見える夜景は、一見の価値があるだろう。しかし
「今日はうちの実家に一人で行っていたんだろう。気を使わせたね」
「
んふ♡と意味深な笑顔が怖い。
しかし彼女は表情を改めて、そっと男の左頬に走る傷に触れる。
「気になるか?」
「いいえ? 仕事を遂行するために負った名誉の傷と聞いてるわ。それにワイルドで素敵……」
うっとりとした目線に嘘は無い。
「今日、お義母さまがそろそろ孫が見たいってお話をされて、貴方の小さいころのお話を聞いたら私もそろそろ欲しいなって。お仕事、落ち着いたんでしょ?」
「そうだな。部下達の手前、自分だけという憂いも無くなったし、
言いかけて辞めたのは、妻の顔が般若になったからだ。迫力に押され無意識に一歩、後ずさってしまった。
「しろと、ですって?」
しまった、と思った。我が妻はかつて、
その後、自分がその
政治パーティで見かけた彼女に一目惚れしていた
後は自分の心に正直に、誠心誠意彼女に向き合った所、自分を小ばかにするような目線はいつしか熱い物に変わり、かつて
自分は昨年末の出来事で
「この私の誘惑に応えないなんて、男としての体に不具合があるのだとしか思えないわ。いえ……もしかしたら」
「もしかしたら?」
「男色の趣味があるのかもしれない」
「は?」
「そうだわ、それなら私に手を出さなかったのも頷ける。私より男の子を助けてもおかしくないわ」
倒れている子供がいたら、人道的にそちらを当然に優先するのでは? と
かつての
「いや、やっぱり、アレがダメなのかしら……今日お義母さんに伺った話だと、太ももにひどく醜い傷があるとかなんとか」
「傷?」
一緒に風呂に入るどころか、プールや海水浴に行った事もない。傷の事は初耳だった。
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