第四十話 奪還にむけて


「こちらにも銃があれば……」


 そう剣持けんもちがつぶやいた時、何処からともなく青い光線が一筋。続いての光線は煌々と灯っていたサーチライトに届き、破壊した。


「!? 今だ行くぞ」


 剣持けんもちたちのチームは、建物に向けて一息に走り出す。引き続き銃撃はあるものの、サーチライトを失っては狙いも曖昧だ。また銃撃があるたびに青い光が空を駆け、銃声はどんどん減って行く。見張り台からも青い光線の発射場所に向けて撃ち返している様子だが、青い光線の主は一発撃つたびに細やかに移動しているらしく、その光の矢が途絶える事はない。やがて完全に見張り台は沈黙した。



「ふぅ」


 拓磨たくまは構えていた遠距離射撃用の銃を消す。反動対策のサポートとして、彼を抱えるように支えていた古賀こがも体を離した。


「遠距離射撃は不得意なんです。当たって良かった……」

「どれくらいのダメージを考えた?」

「ゲームと同じイメージしか作れなかったので、それと同じなら一時間の気絶です」

「よし、一時間で奪取するぞ」


 ヤタは白戸しろとが背負うバックバッグに収まっていた。暗い場所では役に立たないから置いて行こうとしたのだが、絶対について行くと譲らなかったのだ。

 わらわらと建物から数十人出て来て、付近の捜索を開始している。狙い通り、森側から侵入を試みている剣持けんもちサイドの方に人が多く割かれているようだ。

 三人は体を低くし遮蔽物を上手く使いながら、とにかく見つからないようにする。操られているだけの人を出来れば傷つけたくもないしそもそも戦いたくもない。

 だけど、大切な人を守るためにやむを得ない事もある。その覚悟がある者だけが世界で生き残るのだと。だけどその状況を出来るだけ回避するのは、正しい事だと少年は思う。


* * *


「何事だ?」


 美しい男は数人の隊員に鏡の溶接作業を依頼し、それを監督しているところだった。警報が鳴り響く廊下を、装備を下げた隊員が走る音がする。扉を開けた一人が敬礼と共に叫ぶ。


叢雲むらくも様! 侵入者です」

「もうこの場所を突き止めたというのか。想定より早いな。三人程生け捕りにして、残りは皆殺しにしろ」

「了!」

「式神の気配はなかったはずです。もしや鏡に何か細工が……? GPSの仕込み……いやそんな……剣持けんもちさま……?」


 傍に控えていた若い男が天井を見上げるように言う。かつて剣持けんもちの元で優秀な働きをしていたあの部下だ。

 ぼんやりと虚空を見上げ、曖昧な表情をする。


「陰陽師というのは、神粒しんりゅうのコントロールに長けているのは本当だな。すぐに効果が切れる」


 青年の額に右手の指を二本当てて、叢雲むらくもは念と共に神粒しんりゅうを送り込む。


「かつてのおまえの仲間が来ているようだ。丁重にもてなしてやれ」

「はい、叢雲むらくも様」


 ふらりと若いスーツの男は部屋から出て行った。それを見送る叢雲むらくもの表情は冴えない。長い睫毛が瞳に影を落とす。


「なんだこの胸騒ぎは」


 順調に信者を増やし、思うままにコントロール出来ている。しかし神粒しんりゅうを使っての難点は、命令を遂行し終えると効果が切れてしまう事だ。何度も繰り返し、念を送り込む作業は叢雲むらくも一人の手に余る。一生自分に仕えろという期間の長い物ともなると、相当量の念を流し込まなければならず、負担も大きい。それだけの神粒しんりゅうを集めるのも多大な手間だ。

 だからこそ、光返山ひかえしやまの”鏡”を手に入れた。自然に神粒しんりゅうを集め続けるその性質。生きた生物から少量を掠め取るより確実であろう。

 しかし鏡の修理方法にも不安がある。この鏡は本当に力を取り戻すのか。


――を完成させるためには、もっと多くの人間が必要だ。


「……久々に見に行くか。そうだ姫にも見せてやろう」


 着物の袖を翻し、人間離れした美しい男は再び少女の部屋に向かって行った。その後ろ姿を、操られたはずの剣持けんもちの部下が見送る。


「危なかった、流石は白戸しろと様の守りの術。叢雲むらくもの念の神粒しんりゅうを見事捉えてみせたか」


 部下の手には黒く染まった一枚の和紙が。掌で燃えるようにして消える。

 先日、アンティークショップに行った時に叢雲むらくもから受けていた洗脳が解かれ、新たな指令を与えられていた。

 操られたふりを続行し、鏡の欠片を奪うという命令も実行しろと。


「恐ろしい方だ。剣持けんもち様をも騙す事にさえ一切の呵責を感じないとは」


 操られたふりをして調べあげたこの建物の地図に、最も重要にあつかわれている位置をマーキングし、式神に乗せて白戸しろとに飛ばす。

 そして鏡を修理している部屋に、踵を返して行った。


* * *


 自衛隊員の多くは剣持けんもちらの部隊の方に向かったようで、拓磨たくま達三人の方は随分と手薄になっている。

 廊下の角で様子を窺っていると、白戸しろとの元に小さな小鳥の式神がやってきた。

 小鳥が消えると同時に一枚の地図がもたらされる。


「あちらのようだ」


 地図の示す方向を目指したところ、一般市民……の信者たちの歓迎を受けてしまった。大きな広間の中に百人近くがいて、中央の絵に向かい祈りを捧げている場面に出くわす。その絵が、かつて古賀こがの神社にあったあの壁画であると気付き、彼が思わず声を上げた所、声に反応した最後尾列の十数人が同時にこちらを振り向いた。

 武器を持たない普通の人々が、「あー」とも「おー」ともつかない声を上げて、ぞろぞろとこちらに掴みかかって来るのは、さながらゾンビ映画のようだ。とにかく数が多く、こちらに気付いた数十人が襲い掛かって来る。だが不思議な事に、正面を向いていてこちらを見ていない十数人は、祈りの言葉らしきものを唱え続けていた。

 拓磨たくまを守るように前に出た古賀こがが、最初の信者の腕を掴むと投げ飛ばす。


「何かおかしくないか?」

「もしかしたら、複雑な命令を大人数にするのが難しいのかも。信者ではない侵入者を見つけたら取り押さえろ程度の指示だけがされていて、仲間を呼ぶとかの連携が出来ないのかもしれない」


 まるでゲームのモンスターキャラのようだ。ここにいる信者にプログラミングされているのは「祈る事」「侵入者を捕らえる事」の二つだけで、それだけが自動化されているようだ。ある程度の距離に近づかなければ音にすら反応しない。


「そういう事なら俺一人でも! ここで時間を取られるとまずいだろう? 先に進んでくれ」

「わかった」

「先輩、気を付けて」

「任せろ」


 古賀こがが派手に動いて、次々と信者を反応させる。その隙をついて白戸しろと拓磨たくまは絵の隣にあった次の扉を開けて更に先へ。

 それを見送った大柄な少年は、ぺろりと唇を舐めると、傍にあったモップを手に取る。


「百人相手の立ち切りか」


 一度やってみたかったんだとうそぶけば、緩慢に寄って来る信者たちを、なるべく怪我をさせないように気を付ける余裕を持ちながら、次々と倒して行った。


* * *


 音を立てないように、金属の階段を駆け上がる。外からは銃声も聞こえて、本当に戦場にいるようだ。音がもたらす肌に伝わる振動は、ゲームでは体感する事のなかった部分。


 そして次の扉を開いた瞬間、白戸しろと拓磨たくまを守るようにして飛びずさる。

 豪雨のような音と同時に扉の前の地面に一斉に着弾し、大量の弾痕がタイルに刻まれる。あのまま立っていれば危なかった。

 弾道を見た感じでは敵がやや上の段、左右に人員が散っている感じで、一回の射撃で仕留めるのは難しい配置だ。

 スタングレネードを使うような感じで動きを封じるにしても、視線を一か所に集めておかないといけない。


「式神で閃光を放つ事は可能だ。しかし幻影を出してそれを囮にし、視線を集めた直後に閃光を使うというアクロバティックな事は難しい。どちらかに注力しないと効果があるほどの強さにはできない」

「カァ」

「!? だめだよヤタ」


 白戸しろとのバックバッグから鴉がぴょこんと頭を出す。


「何と言ったんだ」

「自分が囮をやると……」


 もう突入から十五分が経過している。最初に倒したスナイパー達が気絶から覚めるまで残り四十五分。脱出の際に狙撃されるような事は避けたい。時間的に迷っている暇はないが、しかし。


「こいつは神粒しんりゅうの塊でしかない、例え被弾しても時間経過で散った神粒しんりゅうを回収し終えれば復活できる」

『粉々になっても大丈夫だから安心して。なるべく避けるし!』

「でも……」

「君が要だ、やってくれ。これだけの警備だ、きっと彼女はこの先だ」

「……わかりました。ヤタ、なるべく低く、速く飛ぶんだよ」

『うん』


 白戸が紙片を取り出し、構える。拓磨たくまも連射の出来る中距離銃を創出する。これも使いなれない武器ではあるが……普段のハンドガンタイプでは恐らく距離が足りない。緊張感が段違いだ。白戸しろとのハンドサインに、ヤタが扉の向こうに飛び込んだ。

 間髪入れずに再びの射撃音、続けての白戸しろとの陰陽術による閃光、すぐさま拓磨たくまは確認した敵位置に向けてトリガーを引く。

 数秒で決着。相手が撃った銃の硝煙の香り。嫌な汗が今頃になって噴き出して来て少年の背中を濡らす。

 室内全体を索敵するように視線を動かしていて、地面にまき散らされた黒い羽根に目が止まる。飛び散る赤い血液の光景が目に飛び込んで、少年は「ヤタ!」と叫びながら、思わず扉の向こうに駆けこんでしまった。


「たっくん、だめだ!」


 ターンッ。


 銃声はひとつ。

 左肩に熱源が通過した。

 顔を上げると右斜め上に一人の隊員の姿、二発目を構える姿がスローモーションで見えた。少年の右手に使い慣れたハンドガンが創出され、ほぼ無意識で反撃の一発を残っていた隊員に撃ち込む。


 白戸しろとの声が聞こえたが、肩の熱さは爆発的な痛みとなって、少年の意識を途絶えさせた。

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