第四十話 奪還にむけて
「こちらにも銃があれば……」
そう
「!? 今だ行くぞ」
「ふぅ」
「遠距離射撃は不得意なんです。当たって良かった……」
「どれくらいのダメージを考えた?」
「ゲームと同じイメージしか作れなかったので、それと同じなら一時間の気絶です」
「よし、一時間で奪取するぞ」
ヤタは
わらわらと建物から数十人出て来て、付近の捜索を開始している。狙い通り、森側から侵入を試みている
三人は体を低くし遮蔽物を上手く使いながら、とにかく見つからないようにする。操られているだけの人を出来れば傷つけたくもないしそもそも戦いたくもない。
だけど、大切な人を守るためにやむを得ない事もある。その覚悟がある者だけが世界で生き残るのだと。だけどその状況を出来るだけ回避するのは、正しい事だと少年は思う。
* * *
「何事だ?」
美しい男は数人の隊員に鏡の溶接作業を依頼し、それを監督しているところだった。警報が鳴り響く廊下を、装備を下げた隊員が走る音がする。扉を開けた一人が敬礼と共に叫ぶ。
「
「もうこの場所を突き止めたというのか。想定より早いな。三人程生け捕りにして、残りは皆殺しにしろ」
「了!」
「式神の気配はなかったはずです。もしや鏡に何か細工が……? GPSの仕込み……いやそんな……
傍に控えていた若い男が天井を見上げるように言う。かつて
ぼんやりと虚空を見上げ、曖昧な表情をする。
「陰陽師というのは、
青年の額に右手の指を二本当てて、
「かつてのおまえの仲間が来ているようだ。丁重にもてなしてやれ」
「はい、
ふらりと若いスーツの男は部屋から出て行った。それを見送る
「なんだこの胸騒ぎは」
順調に信者を増やし、思うままにコントロール出来ている。しかし
だからこそ、
しかし鏡の修理方法にも不安がある。この鏡は本当に力を取り戻すのか。
――あれを完成させるためには、もっと多くの人間が必要だ。
「……久々に見に行くか。そうだ姫にも見せてやろう」
着物の袖を翻し、人間離れした美しい男は再び少女の部屋に向かって行った。その後ろ姿を、操られたはずの
「危なかった、流石は
部下の手には黒く染まった一枚の和紙が。掌で燃えるようにして消える。
先日、アンティークショップに行った時に
操られたふりを続行し、鏡の欠片を奪うという命令も実行しろと。
「恐ろしい方だ。
操られたふりをして調べあげたこの建物の地図に、最も重要にあつかわれている位置をマーキングし、式神に乗せて
そして鏡を修理している部屋に、踵を返して行った。
* * *
自衛隊員の多くは
廊下の角で様子を窺っていると、
小鳥が消えると同時に一枚の地図がもたらされる。
「あちらのようだ」
地図の示す方向を目指したところ、一般市民……の信者たちの歓迎を受けてしまった。大きな広間の中に百人近くがいて、中央の絵に向かい祈りを捧げている場面に出くわす。その絵が、かつて
武器を持たない普通の人々が、「あー」とも「おー」ともつかない声を上げて、ぞろぞろとこちらに掴みかかって来るのは、さながらゾンビ映画のようだ。とにかく数が多く、こちらに気付いた数十人が襲い掛かって来る。だが不思議な事に、正面を向いていてこちらを見ていない十数人は、祈りの言葉らしきものを唱え続けていた。
「何かおかしくないか?」
「もしかしたら、複雑な命令を大人数にするのが難しいのかも。信者ではない侵入者を見つけたら取り押さえろ程度の指示だけがされていて、仲間を呼ぶとかの連携が出来ないのかもしれない」
まるでゲームのモンスターキャラのようだ。ここにいる信者にプログラミングされているのは「祈る事」「侵入者を捕らえる事」の二つだけで、それだけが自動化されているようだ。ある程度の距離に近づかなければ音にすら反応しない。
「そういう事なら俺一人でも! ここで時間を取られるとまずいだろう? 先に進んでくれ」
「わかった」
「先輩、気を付けて」
「任せろ」
それを見送った大柄な少年は、ぺろりと唇を舐めると、傍にあったモップを手に取る。
「百人相手の立ち切りか」
一度やってみたかったんだと
* * *
音を立てないように、金属の階段を駆け上がる。外からは銃声も聞こえて、本当に戦場にいるようだ。音がもたらす肌に伝わる振動は、ゲームでは体感する事のなかった部分。
そして次の扉を開いた瞬間、
豪雨のような音と同時に扉の前の地面に一斉に着弾し、大量の弾痕がタイルに刻まれる。あのまま立っていれば危なかった。
弾道を見た感じでは敵がやや上の段、左右に人員が散っている感じで、一回の射撃で仕留めるのは難しい配置だ。
スタングレネードを使うような感じで動きを封じるにしても、視線を一か所に集めておかないといけない。
「式神で閃光を放つ事は可能だ。しかし幻影を出してそれを囮にし、視線を集めた直後に閃光を使うというアクロバティックな事は難しい。どちらかに注力しないと効果があるほどの強さにはできない」
「カァ」
「!? だめだよヤタ」
「何と言ったんだ」
「自分が囮をやると……」
もう突入から十五分が経過している。最初に倒したスナイパー達が気絶から覚めるまで残り四十五分。脱出の際に狙撃されるような事は避けたい。時間的に迷っている暇はないが、しかし。
「こいつは
『粉々になっても大丈夫だから安心して。なるべく避けるし!』
「でも……」
「君が要だ、やってくれ。これだけの警備だ、きっと彼女はこの先だ」
「……わかりました。ヤタ、なるべく低く、速く飛ぶんだよ」
『うん』
白戸が紙片を取り出し、構える。
間髪入れずに再びの射撃音、続けての
数秒で決着。相手が撃った銃の硝煙の香り。嫌な汗が今頃になって噴き出して来て少年の背中を濡らす。
室内全体を索敵するように視線を動かしていて、地面にまき散らされた黒い羽根に目が止まる。飛び散る赤い血液の光景が目に飛び込んで、少年は「ヤタ!」と叫びながら、思わず扉の向こうに駆けこんでしまった。
「たっくん、だめだ!」
ターンッ。
銃声はひとつ。
左肩に熱源が通過した。
顔を上げると右斜め上に一人の隊員の姿、二発目を構える姿がスローモーションで見えた。少年の右手に使い慣れたハンドガンが創出され、ほぼ無意識で反撃の一発を残っていた隊員に撃ち込む。
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