第三十九話 作戦会議
鏡の行方を追っていたことが、こんな所で役立つとは。しかし広い敷地の何処にあるかが問題で、建物も点在しているし地下通路の類もあるという。
「あの鏡がただの古い銅鏡であるという事を、奴らに気付かせない方がいいだろう。むしろあれに固執してもらった方がありがたい」
「なるほど。彼女の救出に来たというより、鏡を取り返しに来たと思わせるべき、という事だな。それなら俺達陰陽寮の人間が来るのも自然だし、それを警戒しているだろう」
「鏡を奪いに行くチームと、彼女を救出するチームに分けよう。鏡チームは囮として派手に動いてもらって、救出チームは隠密行動だ。相手の人数や布陣もわからない。綿密に計画を立ててもその通りに行かず、臨機応変の対応が問われるだろう。やれるか?」
「「やります」」
二人は力強く言葉にする。
「妨害をしてくるのは一般人の信者でしょうか。まさか自衛隊員だったりしますかね……」
「場所が場所だから、少なくとも演習場に待機している者は信者か洗脳された隊員の可能性が高い。訓練を受けた人間が相手になるぞ。もちろんゲームとは全く違う」
「
恐る恐る聞いた
「国は
ハッと吐き捨てるように笑う彼に、
明るい時間のうちにヤタが空から状況を見て回る。周辺の鳥達からも情報を集めて帰って来た彼女は、
「ヤタが鳥達に聞いた内容によると、普段は制服か作業着、迷彩服の人間しかいないこの場所に、スーツ姿や普段着、着物の人間が出入りするようになったのは半年ほど前からだそうです。そして今朝は着物の男と少女を見た鳥がいると」
ヤタのつけた印に向かって、侵入経路を入念に検討する。人員の配置等を見ても、陰陽寮の人間が鏡の奪還に来る事を警戒している様子がうかがえる。警備の厚いその場所に鏡はあるのだろうか。おそらく彼女もその付近で、鏡姫として丁重に扱われるとしたらそれなりの建物のはず。
覗き込む地図の一点に全員の視線が集中する。
高台には見張り台があり、前方は開けた演習地。後方は森。
決行は今夜。更に詳細を詰め、更に細やかなチーム分けがなされて行った。
* * *
土埃舞う剥き出しの土の道路に、乗っている車は不釣り合いな高級車だったがそれほど揺れもしなくて、それなりに使用頻度の高い道なのだと思った。
隣に座る美しい男は涼やかに前だけを見て、口角をわずかに上げて満足気なのが気に食わない。どうやって逃げ出すか、母はどうなったのか。気になる事は多々あったが、今暴れてもどうにもならないのは明らかで、大人しくするしかない。
車が止まったのはコンクリート製の工場のような建物で、車を降りる際に手を引かれそうになったが拒否した。どうやって洗脳の
彼女に出来るのは、周りの景色を覚え、逃げるための道順を把握する事ぐらい。これから何が起こるのかわからないという恐怖から目を逸らすためにも、そうやって気を紛らわす。
建物に入るとすぐ、地下に降りるエレベーターがあって、想像以上に入り組んでいて部屋数も多いようで青くなる。地下深くになればより逃げ出しにくい。震える足を気取られないようにスカートを掴んで抑え込んだ。
エレベーターを降り、いくつかの扉を潜り抜け、最後に両開きの扉を開けると、地下とは思えない大空間が視界の中に広がった。その最奥に、板に描かれたモノクロの龍の絵。
「さぁ、こちらへ」
促され、後をついて歩くと、絵の前にある机の上にはビロードの包みが。優美な指が布端をつまんで開いてみれば、錆びを落とされ磨き上げられた一枚の銅鏡。微かに砕けた痕跡が残る継ぎ目。その一片の形状は、自分がずっと大切にして来た欠片で間違いなかった。
「さぁ鏡姫、あなたの鏡ですよ。あなたが力を取り戻すべく、ご用意しました。さぁ本来の力を再び。世界の
――私は鏡姫じゃないって……。でも違うってばれたら?
「継ぎ目があるような物は、私の鏡ではありません。それにこれは、磨きが足りないのではありませんか」
そう答えると、男は驚いたように切れ長の目を見開いた。だがすぐに表情を改めると、試すような口調になる。
「まずは触れていただいても……?」
触らないでいる言い訳は難しいから、恐る恐る、けれども堂々と鏡を手に持つと、ふと閃いてここぞとばかりに思いっきり力を入れてやった。いつも分厚い本を読み漁っていて、握力には自信がある。メキリッと鈍い音を立て、接着剤の類で継ぎ合わされた部分が外れたのだろう。鏡は元の五つの欠片になる。
「この程度の修復では、私の力に耐えられないようですわ」
――力と言っても、物理だけど……!
出来る限りすました顔をする
「しっかりと溶接するしかないか……それには少し時間がかかるが、仕方ない。……姫、この鏡の修繕が済むまでご滞在願います」
「時間がかかるなら一度、家に帰らせていただいて、治ったらもう一度迎えに、というのは?」
男は微笑む事で、彼女の要望を却下してみせる。
同じ階の更に奥は居住区画になっているようで、進むごとに生活感が増す。やがてどこのお屋敷かというほどに整えられた調度品の部屋に案内され、部屋に入った途端に扉は閉められ施錠された。
振り返ってドアノブに手をかけるが、ガチャガチャと小さく揺れるだけ。
「そこが貴女の部屋です。着替えもクローゼットの中のものをご自由に。食事は部下が運びます」
その声の後、遠ざかる足音を扉に耳を当て聞いていたが、気配が全くなくなった事で張っていた気が緩む。溶接による修繕がどの程度で済むのかわからないが、とにかく小さな時間稼ぎは出来たようだ。だが、それも無駄なあがきかもしれない。
ベッドに座ると、今まで我慢していた涙が溢れだす。
「ママ、怖い。助けてママ。……助けて
変な意地を張らずに、素直に思いのたけをぶつけておけばよかった。このまま洗脳されたり、殺されたりするのだろうか。それだけは絶対に嫌だった。
* * *
日が落ちる。
最初に動いたのは鏡奪還チーム。
警報音が鳴り響き、建物の他、あちこちに次々と照明が点灯しはじめる。
「今のは一体どこから撃って来た!?」
「二時の方向、あの見張り台からです」
「あんなところにスナイパーを配置してるのか! 戦争をする気満々じゃないか。森からまだ出るなよ、あの高台からだとこちらは丸見えだ、ただの的になってしまう。これでは動けんな」
「でもこちらに注目してもらえるなら、
「いや、一方向からの侵入だけを警戒している訳ではあるまい。しかもあちらは高校生二人のお守りをする仕事もあるから、迂闊に動けないはずだ」
全員、黒い迷彩服を着こんでいるから森の中にはまぎれやすいが、逆に平地に出ると目立ってしまう。ちらちらと姿を見せる事で、射撃を誘う程度の事は出来るが。
「一度、式神を囮で走らせてみよう」
剣持は印を切り、呪文を唱えると等身大の黒い人型を作り出す。周囲の部下達が「おお」と感嘆の声を上げた。
走り出した人型の式神は、彼の指示した通りにそれらしい動きをしながら、建物に向かって走り行く。
「……!? 撃ってこないな」
「弾切れでしょうか?」
「いや、これは……陰陽師が相手と言う事で式神の幻影対策をしているのかもしれん。影を確認されたらすぐにばれてしまう」
「ああ……」
悔しそうに部下から声が漏れる。実質的に自分達陰陽師が扱える式神は、ほとんどが幻のようなものだ。相手に確実な大きなダメージを与えられるようなものではない。
銃を扱う知識や技術はあっても、肝心の武器は日本では容易に手に入らない。突入して現地調達という手もあるが、まずその突入を封じられた形だ。
「こちらにも銃があれば……」
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