第三十八話 クリスマスイブ
清楚な白いワンピースは裾にふわふわの白いファーが飾られていて、思い切った膝上丈。黒い厚手のタイツとショートブーツを合わせて全体を引き締め、少し大人っぽく。
ポシェットはガマ口タイプで赤い色が全体のコーディネートのアクセント。ふんわり軽いキャメルカラーのコートを羽織れば完璧なデートスタイル。
あの日以降、終業式の日まで完全に彼を避けてしまった。何か言いたそうに時折こちらを見てくれたけれど、目を逸らすしかなく。今となっては連絡先の交換をしていなかった事が、良かったのか悪かったのか。
もし交換していたら、「先輩が何か言ったみたいだけど、僕に彼女はいないよ」なんて一言がもらえたかも知れないのに。
でももう、何もかも遅いのだ。
母と一緒に向かう待ち合わせのホテルのロビーに繋がる階段は、まさにそれだった。
ずっと俯いて足元だけを見ていたが、母が立ち止まったので顔を上げる。
「やあやあ、よく来てくれたね、
そこにいたのはテレビでもよく見かける多忙な政治家、
さぁさぁと促されロビーの軽く沈む赤い絨毯を踏みしめて進めば、その先に待っていた男が柔和に微笑む。
四十を過ぎていると聞いていた見合い相手はどう見ても二十代にしか見えず、着物姿が馴染んでいる。細身で小柄でありながら、凛とした姿勢で小さくは見えない。さらりと流れる黒髪に透けて見える切れ長の目は、くっきりとした睫毛に縁どられていた。白磁の肌に対して色の良い唇は、紅を引いているかのようだ。左右対称の完璧な造形。人としての美がそこにあった。
* * *
ホテルのレストランの個室が貸切られ、家族ぐるみのイブの夕食会が始まる。困惑したのは母親も同じだったようで、少女の不安を少しでも解消しようと、話を切り出した。
「あの、失礼ですが
「おおそうでした、
大げさな演技じみた動作で頷いて、隣の美青年に視線を送ると、それに対して青年は柔和な微笑みを返し、自己紹介をはじめた。
「わたくし、五年ほど前に養子縁組にて親子の縁を結ばせていただきまして、現在は
「
「お母様のご心配はごもっとも。ただこの新しい息子は、実は記憶を失っておりましてね。生まれはおろか本名も忘れておりまして。見た目通りの年齢で新しく戸籍を作りましてね」
母親は露骨に眉をしかめた。何かおかしいと感じたのだろう。
「娘を見初めたのは、
「最初に懸想したのはうちの一番上のバカ息子の方なんですが、いやあ写真を見せたところ
喋りが上手いのは、普段から演説慣れをしているせいだろうか。こちらが言葉をはさむ暇もない。養子にした男を跡取りにするために、結婚相手に血縁者を入れておきたいという考えも、昔かたぎの
「そのような事は、大人の都合で決める事ではありませんし、娘は恋もこれからというような年齢。そのように先走られては」
さすがは敏腕編集長、政治家の圧力にも負けずに言い返す。
「そうですね、やはり当人同士の相性が大事ですね! ここは若い二人に任せて、邪魔者の大人は退散しようじゃありませんか」
半ば強引に、母は腕を引かれて席を立たされた。
「ママ!」
「
「
なかば引きずられるように、強引としかいえない所作で手を引かれ、
目の前の男は先ほどよりさらに美しさを増したように見えた。恐ろしい程の美。少女は蛇ににらまれた蛙。かつて
「もしかして、
絞り出すようにその名を呼べば、男は机に肘をつき、目を細める。
「おや、御存じでしたか。それなら話は早い」
* * *
泣き腫れた目でボロボロになった
「
何度も
先日、少女を車で送り届けた
「でも何故、
本人がそれを鼻にかけたり利用する事が一切なかったので、
無精ひげを撫でながら考えていた
「鏡を手に入れたものの何の力も発揮しない。何かが足りないとなったとき、鏡にいるはずの付喪神”鏡姫”がいないから、という結論に達した可能性はあるな。陰陽師と違って付喪神がどういう存在かの知識はないだろうから、彼女をその鏡姫の化身、もしくは身に宿す存在だと思っているとも考えられる」
超常現象の雑誌を刊行している割に、
「娘が、そんなものであるはずないです。何処にでもいる普通の女の子ですわ。私にとっては最大の宝物だけど、勉強も運動も普通で……」
「一番怖いのは、彼女が”鏡姫”じゃないと相手が気付いた時にどうでるかですな。役に立たないからと素直に解放してくれるのか、あの見目を利用して団体の求心力を高める旗印に使うか、それとも……」
「大臣があちら側と言う事は、自衛隊も警察もあちらの味方。大っぴらに何かして来る事はないだろうが妨害はあるだろう。誘拐と訴えても取りあってはもらえないはずだ。つまり正攻法では彼女を取り戻す方法はないという事になる。テレビ放映の件もあるしもしかしたら、一部のマスコミもあちら側かもな」
「俺達で救出できないだろうか。あいつらまだそれほど
「力づくで取り戻すしか手はないとしても、高校生の君達を連れて行くわけにはいかないな。行くとするなら俺達、大人だ」
「
怖くないと言えばウソになる。助け出した後どうするかも懸念される部分だ。それでも、自分に出来る事があるなら。
少しずつ積み重ねた修行の日々は、本当の実力と自信を培ってくれた。この気持ちは、いつぞやのような慢心ではない。こういう時にこそマスターしたスキルを使わねば、いつ使うというのか。
そして真っすぐに
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