第七章
第三十七話 乙女心のいろいろ
秋は冬に切り替わる。
期末試験も終わった事から、受験まで猶予のある一年生は後は冬休みを待つだけという状態で、
ヤタは相変わらず朝に出かけ、鏡姫の居場所を探しているようだが、日が暮れる直前にはアンティークショップに戻って来る。もうすっかり住み着いた状態で、神社の境内の木に溜め込んでいた宝物もすべて、彼の店に引き上げて来たらしい。
白戸が手にしているお菓子の四角い空き缶は、揺らすとザラリと音をたてる。ガラスの欠片や金属の破片、ビー玉や無くした人が泣いていそうなアクセサリの類もあった。
「キラキラした物が多いですね」
「鴉は光物が好きと言うからな。嘴を研ぐのに使ったり遊び道具にするらしいが」
「頭がいいんですね~」
「鳥の中では一番賢いらしいな。まあでも、俺の店に溜め込むのは勘弁していただきたいが。あの鴉、貯食行動の習性まであるみたいで、炬燵からどんぐりが出て来た」
「なんだかすみません……。ヤタって普通に鴉としての食事もしてるようだし、お菓子も食べるけど、消化や排泄ってどうしてるんでしょうね。必要ないのに食べてるんですよね、彼女」
「普通に考えれば食べた分は出さないといけないが、そういえば家の中にそういう痕跡はないな。まあそんな粗相をするなら鳥小屋を外に設置するが……ん!?」
『今、乙女の尊厳を踏みにじるような事を言ってたでしょ! 優秀な御使いはうんこなんてしないもん!』
少年が通訳をすると、
そのような話をする彼らの背後で、打掛がおもちゃの指輪を譲ってもらったらしく、小指にはめてご機嫌な様子を見せている。ヤタは自分がいない間に、二人が自分の話をしはじめたらその内容を知らせる念を飛ばすように依頼していたのだ。打掛は、仕事ができる付喪神である。
* * *
多くの大工の声が賑やかに響く境内。
今日から神社の壊れた本殿の屋根の修繕が始まった。この地域の冬は天候の良い日が多いため、雨の季節が来る前にと、業者に無理を言って頼んだのだ。何せ資金は潤沢にある。
資金の出所があの宗教団体というのは気になるが、金は金。
あれから
教祖の支配が残っていたらと不安があったが、記憶と一緒に信奉の気持ちも失ったようで、あれほどうっとりと眺めていた教祖の事も「綺麗な男だったねえ」程度の感想になっていて安堵した。
「それって、センパイのお母さんを死なせるつもりで手放したんじゃないのかしら。今後も活用するつもりなら、洗脳の分の神粒ぐらいは残しておく気がする。完全に空っぽにするって事はもう、最初から手放す気満々じゃない」
「取れるだけ取って、洗脳で使った分も回収した、って事なのか?」
「まだ加減がわからないとか、そういう可能性もあるのかも……。人によって量が違うらしいから、お母さんは向こうが思っていたより保有量が少なかったとか」
「なんだか吸血鬼みたいで怖いわ」
「案外吸血鬼ってやつも、人の
こんな感じで情報や意見を交換するが、危機は去ったように思われて、あくまで宗教団体の話も
そんな風に平穏な日々は軽やかに過ぎて、間もなく冬休みを迎えるこの時期になって突然、それは訪れた。
「ねえママ。嘘だと言って」
「
「よりによってクリスマスイブだなんて」
「誰かと約束があるなら、先約があるからと断れるかも」
「約束は……これからするつもりだったし」
二人きりになったら誘おうと思っていたのだが、いざ決意の昼休み! となると、ふらりと一学年上の男がやって来て彼を連れだしてしまう。慌てて追いかけて昼食に混ざるが、
「じゃあその相手に声をかけて、断られたら
「……わかったわ」
しぶしぶだが
無利子で金銭を借りてる負い目もあるし、危機的な状況において大金をポンと出してくれた親類でもある。雑誌が廃刊を免れたのは間違いなく
だが自分を人身御供として差し出すつもりもなかったし、母もそんな事は望んでいないだろうと考える。とりあえず相手も、二十も年の離れた小娘と食事をして会話して、話が弾むとは思ってはおるまい。
それ以前に、拓磨がイブを一緒に過ごすと約束してくれれば、とりあえず一回は回避できる。特別な夜はやはり、ちょっと気になる相手と過ごしたい女心。
やっぱりこれは、恋してるのかもと思う。
自分は告白を受ける回数は多いが、「どんな人間かを知る前に付き合おうだなんて、あなたは何を言っているのか」という気分にしかならなかった。「友達からなら」と始めてみれば、
眼鏡のクラスメイト。彼だけは違った。
思いやりがあって優しくて、自分の話を興味深く聞いてくれる。他の女子が騒ぐようなカッコイイ男子とは違うけれど、同じ背丈は対等な気分にさせてくれるし、乱暴な所はひとつもない。成績も運動も並といった感じだが、自分もそれぐらいだから丁度いい。
先日、彼の進路志望が理学部だと聞いた。研究職になればきっと、あまり収入は得られないだろう。そうなっても自分なら、母のようにバリバリ働いて支えてあげられる……という事まで考え、気が早すぎる事に思わず赤面。
とりあえず、クリスマスイブが勝負。いい雰囲気になるようだったら、自分の方から告白をして付き合ってもらおうと、今から告白の予行演習もしておきたい気分だ。
昼休み、購買にパンを買いに行っている彼を中庭で待ち伏せをしていたら、彼女にとってのお邪魔虫である
「センパイ、たまには遠慮してくれませんか」
「なぜ? 誰に?」
きょとんと、本当に何もわかっていないという顔をする男に腹が立つ。
「もうすぐクリスマスか~、今年も早いな」
少女の心臓はドキリと弾み、体をもビクリと跳ねさせた。
「
体中の血が下がって行く感覚を受けたのは、生まれて初めて。気づけば立ち上がり、
……不遜な自分はもう、彼に顔向けができない。
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