第三十六話 トリガーを引く
服が乾いたので着替え直し、
「……と言う感じで、先輩のお母さんの
「
「防ぐ方法ってあるんでしょうか」
「吸い出す意思より強く、自分の体に留まる事を念じるしかないな」
「やはり
「あの娘さんの情報を聞く感じ、そんな所だろう」
「なんだか怖いですね。吸出し用の信者と、癒しを与える信者を分けているような感じがあるのもちょっと……」
「闇雲にだれかれ構わず信者としておきたい、という感じではないかもしれない。あの娘さんの親戚のような政治家や金持ち、影響力のありそうな人間には癒しを施して、後は
「はい」
その夜は
* * *
翌朝早く、ヤタが帰って来た。カツカツとガラスを叩く音に
「ヤタ、どうだった」
『結構北の方だったよ』
少年は携帯で衛星写真の地図を表示する。
「どの辺かわかる?」
『えっと、ん-と、ココ!』
カツンと音を立てて嘴が画面に当たる。保護フィルムのおかげで幸い割れなかったが、結構な勢いだったので一瞬焦ったのは秘密だ。次回があるなら、足で指し示して欲しい。
「自衛隊の演習場……?」
鏡が特に意味のあるものではなさそうという事で、今更その在りかを知っても意味はないかもしれないが。何故彼らがその力を欲しているのかは気にならないわけではない。
この日は土曜だったので、父が帰って来る予定の昼まで、
「たっくんは筋がいい。ただ、鳥の詳細はイメージできないみたいだね」
「すみません……」
和紙の欠片は、拓磨の手の中でぼやぼやのヒヨコを形成している。鳥ってどうだっけ? と思うと実はあまり細かい所まで覚えていなくて、全くイメージが固まらないのだ。それがそのまま手元に反映されてしまう。
「よく知って、観察しているものにしてみよう。何かないかな、もう目を閉じても思い浮かぶような物は。生き物でなく無機物でもイメージ出来るならやってごらん」
背後に立ち、後ろから腕を支えるようにして、まさしく手取り足取り丁寧に教えてくれるが、距離が近くて少し恥ずかしい。先ほどまでその距離感に膨れていたヤタも、昨日の移動がこたえたのかスヤスヤと座布団の上で寝ている。
「無機物……」
もう完璧に細部まで覚えているとなると、恥ずかしい話だが普段遊んでるゲームの武器だ。プレイヤー視点でプレイしているので、常に武器は視線の先にある。
武器を生成するために、紙片は必要ない気がした。そもそもこの紙片は、意思の到達点の目印のような物なのだろう。少年は指でつまんでいた紙を机の上に置くと、両方の掌を上に向け、その上に使いなれたハンドガンをイメージする。材料は例にもれず、自分の体の中にある
目を閉じて集中し、イメージする事に専念する。
「む」
恐る恐る、右手で持ってみる。重さや持った感触がゲームのコントローラそのままと言う事に、ちょっと笑ってしまうが、ものすごく手に馴染んだ。
「銃か……それは撃てるのだろうか、もしや」
しばし探していたが見つからなかったようで、彼は諦めて紙を取り出し、ペンで丸を書いて的を手作りした。
障子戸を開け、長い廊下の端に貼ると、
指で銃を形作る時は、
壁に穴が開いてしまったりしないだろうかと不安になりつつも、的を狙ってトリガーを引く。
軽い反動、バシュッという軽快な音、青い光線。全てがゲーム通り。光の線は的の中央に吸い込まれて、用紙は軽く揺れた。
白戸が歩を進め、紙を取り外してみると、的の紙には穴は開いていなかった。
「武器として使えるような物ではなさそうですね」
人を殺傷するような物でなかった事に安堵する。水鉄砲のようなものなのかもしれない。
「いや、これは」
白戸は懐から和紙を取り出し、印を結んで呪文を唱える。和紙は浮いた火の玉となった。
「これを撃って欲しい」
拓磨は再びハンドガンを構え、揺れる火の玉の中心を狙う。
トリガーを引き、青い光線が通過した瞬間、火の玉は砕け散った。
「神粒に対しては効果がある……? いや、そういう事ではないのか?」
白戸は体を斜めにし、左の掌を少年に向けた。
「俺の手を撃ってみてくれ」
「そ、そんな事できません! 無理です、人を撃つなんて」
少年の手から、フッとハンドガンが消失した。
「大丈夫だ。俺を信じろ、どうしても試してみたいんだ。怖がるな、逃げないでくれ」
幾度となく助けてくれた恩人に乞われたからといって、銃口を向けるなんて。だが
少年は意を決すると、再度集中してハンドガンを創出する。手が震えて汗が止まらない。でも
トリガーを引く。何事もありませんようにと願いながら。
逸れる事なく光線は男の手を貫通した。慌てて駆け寄って手を取って見る。掌は何ともなかった。
「もう一度、火の玉をやろう」
「この火の玉、実は壊されると俺はその瞬間にズキンと頭痛がする」
「え!? そうなんですか、じゃあさっきのは……」
「という事を知った上で撃ってみてくれ」
白戸は先ほど眉ひとつ動かさなかったが、そんな事を言われると掌を狙った時と同じ緊張をしてしまう。それでも促され、トリガーを引くしかなかった。
すると今度は光線が火の玉を素通りし、壊さなかったのだ。
「あれ!?」
「やはりな。たっくんはレーザーの効果をコントロールしている。ちなみに火の玉を壊されたら頭痛がするのは嘘だ」
「ぐっ」
簡単に騙されてしまった自分が少し恥ずかしい。ハンドガンはそうしているうちに手の中から消えた。
「たっくんはもしかしたら見えるようになるずっと前から、
「そんな事……」
と、言いかけて口ごもる。あの日、
「良い事だよ。才能があるという事だ」
そう微笑みながら言われれば、これはきっと良い事なのだと繰り返し心の中で反芻した。
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