第三十四話 加賀見の危機


 前回は何もかも空っぽのメール。今回はわずかな本文だけ。先に届いたメールも見せてもらったが、メールヘッダーも空っぽで、何処から発信されたかもわからない。


「なんだか、気味が悪いね……」

「なんだろうな、一体」


 父は携帯をしまい込むと、気持ちを切り替えるように味噌汁を温めはじめたので、拓磨たくまは日記とは別にしていたエコー写真を父に向ける。


「これ、母さんの日記から出て来たんだけど、僕?」

「ああそうそう! これだよ、これがタクだよ」

「僕に兄弟がいるの?」


 父は小さく首を振る。


「残念だが生まれてこられなかった。実際に生まれる双子は少なくて珍しく感じるが、実は妊娠初期のうちには双子だったという例はそれなりに多いんだ。でもやはり多胎児となると、染色体異常や栄養の偏りなんかで、どうしても比較して弱い方が途中で育てなくなりがちだ」

「僕のせい……?」

「誰かが悪いという訳じゃないんだ。複雑な構造を持つようになればどこかでエラーが生じる事はあるし、生存に耐えられない要素が発生する事はある。それなりによく起こる出来事なのだが、お腹で赤ちゃんが死んでしまった時、母親がその責任を感じてしまう事が多々あるのが辛い所だ。母さんも随分思い悩んでいて」

「じゃあ僕の兄弟は、もういないんだね」

「いないというか、どうなんだろうな。一度二つに分かれた魂が一つに戻っただけかもしれない。初期に死んでしまった赤ちゃんは、まるで消えたようにいなくなる。母体に再吸収されるとか、生存してるもう一人と融合しているとも言われているから、タクは一人っ子だけどちゃんと双子なんだよ」


 一人だけど一人じゃない。

 それは不思議な感覚ではあったが、嫌だとは全く思わなかった。自分の神粒しんりゅう量が他の人より多いのも、二人分だからと思えば不安は和らいでくれる。


* * *


 放課後、靴箱の前でスニーカーの紐を結び直していると、加賀見かがみが歩み寄って来た。


「ねえ、一緒に帰らない?」

「え、あ、うんいいけど」


 突然の申し出に戸惑いながら答えていると、更に背後から声がかかる。


大磯おおいそ、良かったら一緒に帰らないか」

「あ、古賀こが先輩」

「センパイ? 私の方が先なんですけども」

「数秒の差だろうが」

「えっと、方角は一緒ですから三人で」


 戸惑いながらそう言えば、古賀こが加賀見かがみは一度は顔を見合わせたが、フンと背けた。

 拓磨たくまを中心にし、右に少女、左に先輩という感じに並んで歩くが、一体何の苦行だろうかと。何か話をしなければと話題を必死に脳内検索していると、古賀こがの方が先に口を開く。


「あのさ、やっぱりうちの母さん、集会に行った事を覚えてなかったよ。壁画を売った事だけは覚えていたのだけど、それ以外の”叢雲むらくも光輝こうき”について何もわからないみたいだ」

「”叢雲むらくも光輝こうき”ですって?」


 反応したのは少女の方だった。


「なんだ、お前も知ってるのか」

「お前じゃありませんー、加賀見かがみ愛梨あいりっていう立派な名前がありますぅ! 最近話題の宗教団体を知らないなんて、情報に疎いんじゃないですか、センパイ」

大磯おおいそ、このキャンキャンうるさい奴を黙らせられないのか?」

「先輩も加賀見かがみさんも何でそんな最初からケンカ腰なんです? 二人とも棘で刺し合うのはやめませんか」

拓磨たくま君がそう言うなら……」

「休戦だな、愛梨あいり

「なんでセンパイが名前呼びするのよ! しかも呼び捨て」


 間に挟まれた拓磨たくまはたまったものじゃない。


「えっと二人とも落ち着いて。加賀見かがみさんはその宗教団体に詳しいの?」

「まぁね。親類で入信しちゃった人がいるし。うちにお金を貸してくれてる親戚の息子なんだけど、その人からとにかく教祖がすごい美形って聞いたわ。あと神粒しんりゅうの取り扱いが出来るんだとか」

「俺、会ったんだ。その教祖ってやつに、神社で」


 先ほどまで加賀見かがみに対してふてぶてしい程の態度を見せていた彼が、急に気落ちしたように見えた。


「多分、俺は恐怖したんだと思う。足があんな風にすくんだのは生まれて初めてだった」

「センパイ、見た目だけなんですね」

「なんだと!」

「だから二人とも、そういうのやめましょうよ」


 この二人が揃うと全く話が進まない。拓磨たくまは不毛な会話をしている気がして来る。そんな感じで三人は歩いていたので、自分達の進行方向を塞ぐように、いつか見た黒塗りの車が止まっている事にそのドアが開いて中から男達が出て来るまで気づかなかった。


「!?」


 拓磨たくまが無意識に加賀見かがみを背後に庇うように隠すと、何も知らないはずの古賀こがが、スイっと前に出て後輩達を庇うように前に立つ。


 車からは四人の男が降りてきた。そのうち一人は初めて見る顔で、三人はいつか白戸しろとの店に来ていた気がする。中心のリーダー格は左の頬に傷があり、一見その筋の方面の人のようだ。

 だが相手は物腰柔らかに、静かに語りかけて来る。


愛梨あいり君、だね。加賀見かがみ博士の娘さんの。お初目にかかる、自分は剣持けんもちという者で、文化財や鏡の調査をしている」

「調査の約束の日はもっと後だわ」

「すみません、三か月後を待つ事が出来なく無くなりまして」

「仕方ないじゃない、ママの都合がその日まで空かないんだもん」


 拓磨たくまの制服のジャケットを握りしめて、少年の影から少女は敵意をこめて叫ぶが、相手の男達は態度を崩しはしない。


「お時間は取らせませんので。今こちらにある欠片の残りと合うかどうかだけでも確認させてもらえたら」

「やだったらやだ!」

「あの、すでに約束されてる日があるなら、やはりその日まで待つというのが筋じゃないんですか。いきなりこんな待ち伏せみたいな」


 拓磨たくまが庇うようにそう言えば、男の目がスッと細まる。


「全く渡すつもりはないという事ですか……すぐに提供してくれるなら、手荒な真似をせずに済むのに。できればこちらが下手に出ているうちに渡してくれると良かったのだが」


 剣持けんもちの口調が粗雑になって声が一段階低くなり、拓磨たくま加賀見かがみはびくりとした。動じなかったのが古賀こがだけだ。


「力づくでどうにかしようっていうなら、俺も黙っていられないな」


 長身の高校生離れした体躯が一歩前に出ると、相手の男達が若干圧に負けるように体を動かした。


「苦労知らずの高校生風情が」


 そう、剣持けんもちが吐き捨てると、懐から出した和紙を掲げ、呪文を唱えながら手慣れた仕草で印を切った。


「うぉっ!」

「きゃあ!」

「わっ」


 小さな紙片は瞬く間に大きく膨らみ、雷神のような巨大な鬼の姿に変化して三人に襲い掛かって来た。逃げようとした高校生の足元から一気に黒いツタが駆け上がり、動きを封じられる。

 鬼は、首をすくめた古賀こがの頭をかすめるように大きく腕を振った。幻ではなく実体があるようで、太い腕が起こした強風が三人の髪を揺らし、風が収まると同時に巨体は消えてヒラリとした紙片に戻る。


「渡さなければ今度は怪我をするぞ」


 必死に足を動かそうとするが、絡みつくツタはびくともしない。こちらも幻覚の類では無さそうだった。


「嫌よ嫌、これを渡したら私が存在できなくなっちゃう」

「そうなの?」

 

 拓磨たくまが慌てて聞き返すと、少女は強く頷く。どういう原理でそういう事になるのかわからないが、必死な加賀見かがみを見れば、もう渡してしまおうだなんて言えるはずもなく。

 再び剣持けんもちが和紙を取り出し、印を結ぶのが見えた。


古賀こが先輩! このツタも神粒しんりゅうです、祓えませんか!」

「!? そうか」


 拓磨たくまはまだ、濃いものや広範囲の物を弾き飛ばす事が出来ない。だが、すでに何度も祓いをやってのけている古賀こがなら。

 スゥっと大きく呼吸をし、一瞬で集中を作った古賀こがの柏手は、銃声の如く轟く。音圧に負けるように足元の黒いツタは引きちぎられるように吹き飛んで、空気に溶け込んであっという間に見えなくなる。

 自由になった三人は、脱兎のごとく逃げ出した。


「なっ、クソガキ共め。追え、おまえたち」

「はい!」


 部下達も印を切り、小さな式神を飛ばして来る。カマイタチのようなそれが、風のような素早さで飛んで来ると、加賀見かがみの長い髪の数本を刈り取って消える。

 拓磨たくまは立ち止まって振り返ると、続けて飛んで来たカマイタチ姿の式神を、指で作った銃を向けて次々に神粒しんりゅうの弾で撃ち落とした。


加賀見かがみさん、逃げて」


 叫びながら小さな式神を落とす拓磨たくまに、今まさに掴みかかろうとしていた男の腕を古賀こがが捻り上げ、柔道よろしく投げ飛ばす。


愛梨あいり、早く行け!」

「名前で呼ぶなって言ってるのに」


 と言いながらも、加賀見かがみは走り出す。

 非力ながらも拓磨たくまも、追いかけようとする男を後ろから羽交い絞め……は身長的にできなかったので、腰に手を回す感じで引きずられながらも引き留める。

 しかし相手は四人。投げ飛ばした一人が気絶してくれたので、なんとか一対一で引き留めていたが、剣持けんもち加賀見かがみを追って行く。


加賀見かがみさん……!」


 古賀こがは自分が相手をしていた男を速攻で落とし、拓磨たくまの抑え込んでいた男を続けて仕留める。流石に武道をたしなんでいるだけあって、急所を良く知っているが、今はゆっくり感心している暇はない。


 二人は倒れる男らを放置して、加賀見かがみ剣持けんもちを追った。

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