第二十六話 暴風
昨日もらったチラシを家の中に持ち込むのも抵抗があって学校で捨ててしまった。ゴミ箱にはすでに数枚入っていて、何人もの生徒があの宗教団体の勧誘を受けたようだ。
この日の授業を平和に終え、帰宅の準備をしていた
「
「え? 誰だろ」
クラスメイトが振り返ったので目線を追うと、出入口に五人程いたが、誰も見覚えがない。しかし相手は
「……何だろ」
「気を付けろ、あいつらこの学校では珍しくガラが悪いって聞くしさ」
「うん」
荷物を置いて廊下に出ると、更について来いと言われる。周囲に人がいないところに連れ込まれたらたまらない。
「用件を先に聞きたいんだけど」
「ここじゃ出来ない話だっつーの、黙ってついて来いよ」
両脇を二人に挟まれるようにされ、半ば引きずられるように連れて行かれる。クラスメイトが心配そうにこちらを見てるのがわかったが、巻き込まれたくはないと思ったのか声をかけて来る事はなかった。
なんとなく予想はしていたが、結局セオリー通り体育館裏まで連れて来られてしまう。どこの学校も、こういう場所は死角で人通りが少ないものである。
五人の中でリーダー格らしい茶髪の男が、
「おまえ、
「え?」
「え?」
あまりの意外な問いに気の抜けた反応をしてしまったから、相手も間の抜けた顔になったが、すぐにきりっと表情を改めて睨みつけて来る。
「昼食を一緒に食べたり、仲良く帰宅してるって聞いたぞ」
「お昼休みに一緒になったのは一度きりだし、帰宅は方角が一緒だから時間が合えば途中まで帰る事はあるけど。付き合ってるとかじゃないよ、友達かどうかもまだ微妙だし」
「ただのクラスメイト?」
「そうだよ、連絡先すら知らない」
五人の男子生徒は顔を見合わせてばつが悪そうだ。おそらくこの中の誰かが、先日彼女に告白して振られた男なのだろう。
「用件がそれだけなら、もういい?」
「まてよ!」
抜け出そうとしたところ、反対側の壁にもう片方の手が押しあてられ、左右をふさがれた。少女漫画ではイケメンにされて主人公が胸をときめかせるようなシーンだが、実際にされると怖いだけである。自分は絶対に女の子にすまいと心に誓う。そういうシチュエーションになるかどうかは別として。
「彼女と今後も付き合わないと約束しろ」
「何でそんな事を、見ず知らずの君に命令されなきゃいけないんだ」
呼びつけられ、勝手な言い分で命令されては温厚な
相手は五人だが、五人全員が暴力に訴えて来るはずはないと考えた。ここは校内だし、そんな事をすれば一発で退学、よくて停学だが内申に響く。他の四人は、
「君に何か指図されるいわれはない、いい加減にして欲しい。それに僕を排除しても、数に頼んでこんな事をしてくる卑怯者と
「……っ!」
カッと激高した相手が、壁から両手を離し体を後ろに引いた。
――殴られる。
――だがそれでいい。そうすれば例え殴り返しても正当防衛だ。証人は後ろにいる四人。こいつ一人のために巻き添えは食いたくないはず。掌を返して正直に話すだろう。後は自分が適度に怪我をすれば、こいつは社会的に終わる。
――あれ……? 僕ってこんな事を考える人間だっけ?
走馬灯のように駆け抜ける思考は苛立ちと怒りに染まっていて、相手に一切の同情をする事もない冷徹なものだった。穏便に和解できる言い方があるはずなのに、わざと挑発し、相手に最も大きいダメージになるように計算して……。
次の瞬間、目の前がチカッとする衝撃の後、地面に倒れ込んだ。埃っぽい土の匂いを久々に嗅いだ気がする等と、ぼんやりと思考する。
「おまえたち、何をしてるんだ!」
「なんだケンカか?」
「!?」
「やべ」
「待ておまえら」
「違うんですこれは」
「こっちに来なさい!」
教師を含む複数人の声が一気に膨らんで、賑やかだなあと他人ごとのように考えていると、体がゆっくりと勝手に起き上がる感じがした。どうやら誰かが抱き起してくれたようだ。
――ああ、僕、殴られたんだ。
「大丈夫か?」
聞き覚えのある声に、うっすらと瞼を上げれば
「先輩」と言おうとしたけれど、ぐらんぐらんと視界が揺れて、そのまま意識はゆっくりとブラックアウトしてしまった。
* * *
次に目が覚めた時は病院で、意識が鮮明になるにしたがってズキリと口の中と左頬が痛んだ。
「タク、大丈夫か?」
「……父さん」
「特に骨には異常がないみたいだから、目が覚めたら帰ってもいいと言われてるが、どうだ、帰れそうか?」
「うん、帰りたい」
傷の痛みではなく心の問題で、泣きたいような表現しづらい哀しい気持ちになっている自分がいた。
病院に付き添ってくれていた担任は「学校としては穏便に済ませたいが、被害届を出したいなら警察に行こう」と言ってくれたが、「自分も言い方が悪かったから」と、先方には軽い処分を望んだ。父は隣で何か言いたそうだったが、肩に手を置いて何も言わずにいてくれた。
帰宅してからも、自分の体の中に苛立ちや怒りがくすぶっているのがわかる。沸々と湧き上がる熱が、冷静なはずの自分の思念を熱し、波状するように広がっていく……。
この感覚には覚えがあった。
先日のゴミ置き場で、思念に染まった
おそらく今回も、溜まっている事を知って祓いに来て、殴られる
焼けるような思念に染まらぬよう、必死に抗う本来の自分とのせめぎ合いが辛い。意識出来るようになってしまった事により、連鎖している感じもあった。
――いったい何度、あの人に迷惑をかけるつもりなんだ僕は。
自分は人より吸収しやすいと言われているなら、こんな事が今後も何度だって起こる。となると、自分で対処できるようにならなければと唇を噛み、
がばりとベッドから身を起こすと、パソコンの電源を入れる。充電していたセンサー類を体に装着し、VRゴーグルを被る。画面には【
このゲームはSFが舞台。FPSといえば戦争がテーマであることが多いが、この作品はあくまでスポーツのくくり。未来のサバイバルゲームといった感じで、レーザー銃を使って相手を戦闘不能にするのだが殺傷するわけではない点が気に入ってる。対人戦である限り、やはり画面の向こうにいるのも人間だと思えば、「死」というワードは少年には重い。
戦って勝つ達成感が楽しいのであって、ゲームとはいえ相手を殺す楽しみを見出しているわけじゃない。だが今、自分の中にある渦巻く願望は、倒れる相手を見る快感を欲している。
ゲームで解消されるかどうかは五分五分だったが、サーバーの限界に挑戦したという触れ込みの三百人の乱戦ステージに突入すると一切の我慢をせずに、心が欲するままにトリガーを引く。
敵の位置を読み、飛び交う光線を華麗に避け、流れるように反撃。躊躇は一切せずに、自分以外の全員を倒す事だけを目標に。明らかな初心者を見かけても、同情もしなければ遠慮もしない。敵が隙を見せれば好機としか思わない。瞬きすら最小限に、自分の中にある暴力的な感性すべてを絞り出すように、ひたすら瓦礫の中を荒れ狂う。
肩で息をして流れる汗をぬぐい、次なる獲物を求めて視線を彷徨わせれば、マップ上の敵を示すマークが一切無くなって、自分一人が画面の中に立っている。
同時に、心の中で荒れ狂っていた暴風も収まっていた。
たかがゲーム、されどゲーム。疑似体験ではあるが目的の達成には申し分ないようで安堵する。ジャンルを選べば、ある程度までは自分で対処できそうだと思った。ただ、自分にこんな戦い方が出来るような獣性が眠っていた事に、少なからずショックを受けた。
その夜、【
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