第二十一話 絆
膝の上の鴉は少年の脇に頭を突っ込んで隠れる素振りを見せているが、お尻を出していれば無意味である。
「名前を付けるのって良くないんですか?」
恐る恐る問えば、
「御使いは神が直接作り上げる。その鴉は神と呼ばれるに至った
「目的……。主を守るため、というような事は言ってましたが。今はその主探しのために協力するように言われてます」
「それなら問題はないか……。名がつくと、より思考の方向性が明確になるというのは、あの雑誌を読んだならわかっていると思うが」
「はい。姿も名前もない漠然としたものを対象にするより、目に見える姿がある事や、呼びかける名前がある方がより明確に意思は届くという感じの事が書かれていました」
「名を付けるというのは繋がりを持つという事でもある。たっくんはその鴉に名を与える事で、使役の権利を得た事になるな」
ヤタは少年の脇に突っ込んでいた頭を慌てて抜いて、ぐるっと
「何にびっくりしてるんだこの鴉は。まさか知らなかったのか」
「自分こそが僕を使役してると言ってましたよ」
「残念な事に、名を付けた者が優位に立つな」
鴉は嘴をパカーンと開けて茫然としている。本当に知らなかったらしい。つまり、本気で
「ヤタ、顎が外れちゃうよ」
「気が合うというなら、上手く付き合っていくのもいいだろう。その鴉はあまり知識がないようだから、ちょっと教育した方がいいな。やたらと人の体に溜まった
「人の体にも溜まるんですね」
「どんな生物も、一細胞に一粒はあると言われているな。まだ観測されたわけではないが、細胞分裂に寄与してるという話もあるぐらいだから」
「とりあえず、その悪い念を抜こう」
「僕、どうしたらいいですか」
「俺を信頼して、全てを預けて欲しい。体の中の
少し怖い気がしたが、彼の事はもともと信頼している。恐らくこの人は陰陽師としてかなりの術者なのだと。
――ヤタ、何やってんの!
背中でもぞもぞ動く鴉が気になって仕方がない。このヤタの行為が
狭い隙間にぐいぐいと押し込まれる体に、パジャマの裾がめくりあがり地肌に羽毛が触れて滅茶苦茶くすぐったい。
意識はすべて背後のヤタに持っていかれ、ほんの数分であろうに永遠に感じられた。ついにはフッと笑う気配がして
「終わったよたっくん」
目を開けると
「すごい」と言いながら少し体を起こすと、ヤタがよたよたとソファーと少年の隙間から這いずり出て来たので捕まえて膝の上に置く。
「ちょっとヤタ、何してたんだよ」
「まあそう言ってやるな。一応手伝いのつもりだったようだし」
「え、どう見ても邪魔してたでしょう」
くつくつと指を口元に当てて男は笑う。
「頑張ってたっくんの気を引いてたんだな。鴉に向かう意識がたっくんのもの、鴉にまったく意識を向けないのが取り込まれた念だ。見分けやすくて助かった。その鴉、無知ではあるが頭は良いようだ」
「ふふん」と誇らしげに胸を張ったヤタだったが、
「で、どうだ」
「あ、なんだか怠さが無くなりました」
「……犯人は女だったな。かなりのストーカー気質だが外聞を気にするタイプで、実際の行動に移さない分、強い念が籠ったという感じだが」
ふと、ゴミ掃除をしていた主婦が脳裏をよぎる。
彼女に夫がいるとしたら、新たな恋の相手に対してアクションを起こす事は出来ないだろう。それでも知りたくてたまらないという念が、ゴミという個人情報の塊を漁る願望に繋がったというところなのか。
「……ここ十数年で、どうも日本国内の
「何か原因があるんでしょうか」
「ひとつの符号だが、十六年前の
改めて壊れた鈴の御守りを見てもらう。平らになりかけてるへしゃげ方に、改めて白戸の眉間に皺が刻まれる。
「とんでもない力だな」
「そのゴミ捨て場の念、現況の女性の心理が変わらないままなら、また集まるかもしれない。強く大きくなる前にたっくんが祓うんだ。
「祓う、なんて」
襲われた恐怖が蘇る。
「
俯きがちに頷くと、
「この眼鏡も、初めて会った時から気になっていたが伊達だね。避ける事や逃げる事も時に必要な事もあるが、ずっとそのままではいけない」
「これは……この目が気持ち悪いと言われて、それで……」
消え入りそうな声でつぶやくと、頬にあった男の手は眼鏡にかかり、すっと耳上からつるが引き抜かれた。
「綺麗な目だよ」
「でも」
涙腺が熱くなって涙が出ようとしているのがわかった。潤んだ瞳は鏡のように
「それは気持ち悪いと言った本人が、君の瞳に映った己の醜い性根が滲み出た顔を見ただけだ」
「今は?」
「中々の、爽やかなイケメンが映っているな」
ニヤリと笑いながらそう言われ、少年は思わず吹き出す。
「眼鏡を外して一日生活してみるといい、それだけでも自信になる。君が逃げ出すのも些細な事で怯えるのも、自分に自信がないせいだ。自信がつけばどうとでもなる」
まっすぐ
結構いい話を聞いた感動的な場面だったはずなのだが、会話に飽きたらしいヤタは膝上で、すでに羽毛に首を突っ込んで寝ていた。
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