第十四話 少女の過去
息を切らして路地に飛び込む。
冷たいコンクリートの壁に背を預け、上下する肩の動きが収まるまで、
やっと呼吸が落ち着き、耳を澄ましても自分達を探し追いかけて来る足音も気配もない事を確認すると、やっと大きく深呼吸をする事が出来た。
「……手ッ」
「あっごめん」
彼女を連れてあの場から逃げるのに、引いていた手をつなぎっぱなしであった事に気付き、慌てて離す。
「あれがもしかして、昼間言ってた?」
「うん……」
「何なのあれ、力づくでだなんて。本当に政府の機関なの?」
「
「なかつかさ……?」
聞き慣れない単語に、咄嗟に漢字が思いつかない
「え、そんな昔の機関が今もあるというの?」
「二十年程前に秘密裡に新設されたらしいわ。
「国がそんなものを……?」
「日本人は古来から
陰陽師といえば安倍晴明という人がいた、ぐらいの知識しかない
「彼らはある程度の濃度になった
「そう、なんだ」
自分が最近になって見えるようになったあれが、
「国民にまだ知られるわけにはいかないから、機関が存在するのはもちろん秘密。堂々と令状のようなものをもって来る事も出来ないから、私が一人になるのを見計らってやって来るの」
「なぜ君が」と問いかけようと口を開いた瞬間、最近すっかり聞き慣れたバサリと羽ばたく音。と、同時に
黒い鳥はもふっとくなって彼の頭上にしっかりと腰を落ち着け、偉そうに胸を張る。
「えっえっ、か、カラス??」
「えっと、ヤタっていうんだけど」
「飼ってるの?」
『失礼ね! 私がタクマを使役してるの。飼われてるのはタクマの方なんだから』
聞き捨てならないフレーズがあったが、
「えっと、何の話だっけ。そうだ、
「そう……ありがとう。私の父が、
「奇抜……ではあると思う」
「でも何人かの研究者は興味を持ったみたい。それで父は他の研究者に盗まれると焦ったのね。なんとか誰よりも早く世に出そうと発表の場としたのが雑誌。でもそんな論文を載せてくれるような本はなかった。だから自分で創刊する事にした、それが月刊レムリア」
「え! あれって
少女は両手を握りしめ、何かに耐えるように背中を深く壁に預けながら頷く。目線はあんパンに夢中な黒い鳥に向けられたまま。
「借金をして必死の思いで刊行した雑誌なのに……一週間で発禁になって回収命令。個人の家にまで政府の人間が来て回収して行ったと聞くわ。その当時はすごく話題になったみたい、そんなにヤバイ本なのかって」
「創刊号で回収騒ぎだなんて……」
「父は抜け殻のようになって。だからといって刊行のために作った借金の返済もあったし、たくさんの関係者のために雑誌を廃刊にするわけにもいかず、母が編集長となって続刊。人の興味を引きやすい超常現象紹介本として。でもその事もあって創刊号の内容も眉唾ものであると皆思ったみたいで、誰も興味を持たなくなったの」
横顔を覗き見ると少女の瞳に涙が盛り上がっていたが、彼女はかたくなにそれを流す事も落とす事もしない。
「母の献身もあってその後の雑誌は順調、親戚がお金を貸してくれたおかげもあって創刊号の負債はなんとか。親戚への返済はあるとしても、父はそれで気持ちが上向いたみたいで、また執筆をしたり研究をしたりを再開。母との仲も睦まじくて今でも親戚の集まりでは揶揄われる程なのに」
「父は何かの文献で気になる記述を見つけ、現地を調査したいと泊りがけで出かけ、そして冷たくなって帰って来た。十六年前に発生した
「
「そろそろまた慰霊登山なんかでニュースになるかもね。あの崩壊で何人も死者行方不明者を出してるから」
火山でもなく断層もないあの山だけが、突然山容を変える程に崩壊した原因は今も謎のままだ。地中に溜まったガスが爆発したのではないかというのがおおよその見解で、十一月になると犠牲者の遺族が慰霊のために赴く土地となっている。かつては登山をするなら中級者向けのそれなりの山だったが、現在は標高も随分と低くなり崩落の危険のないエリアには初心者のハイキングコースが整備されている。
今となっては、かつての悲劇を伝えるのは山頂の慰霊碑だけであろう。
「父のお葬式が終わったあと、母は私を宿している事に気付いたらしいわ。今度は私を育てるために身を粉にして働いて家には帰れない有様。今も私は親戚の家でお世話になっている感じなんだけど、去年久々に実家に帰ってやった遺品の整理で、父の手記を見つけたの」
「読んでみたの?」
「ええ。どうして父があの山に行ったのかがわかったわ。あの山には、
「そんなものが」
「昔から神様の依り代には鏡を使うでしょう? だから父はそれが鏡のような物ではないかと考えたみたい」
「鏡……」
足元に目をやると、ヤタが興味深そうに
「
ごくりと
「
「それは、どういう事?」
「私が多分、その鏡姫なの」
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