第三話 特技


 まさか二日連続で、長めの前髪に感謝する日が来るとは。ちょいちょいと前髪を眼鏡の上に乗せるように整えれば、鴉の嘴の痕跡をなんとか隠す事が出来た。赤いひし形が額の中央にあるのは流石に目立ち過ぎる。


 いつもより少し遅れて教室に入ると、クラスメイトの視線が一気に自分に集中し「もしかして生ごみの匂いが残ってる!?」と一瞬焦ったが、靴は上履きに履き替えてるからそんな事はないはずとすぐに思い至り、平常心のいつもの顔をする事が出来た。こちらを見たクラスメイトのうちの一人が満面の笑顔で雑誌を開いて指さして見せて来た。


「これ、もしかして大磯おおいそ!?」


 指をさされた部分に目を向けると、ゲーム雑誌の特集記事の半分を使う大きな枠で、三十人ぐらいの集合写真があった。その中で巨大なトロフィーを抱えた少年の隣にいる眼鏡姿は間違いなく拓磨たくま


「あ、うん。中学生の時のだね」


 クラスメイトがわっと沸いた。


「すげえ! 【VORTEX ONLINEヴォルテックオンライン】の全国優勝したチームにいるんだ」

「僕がすごいんじゃなくて、リーダーの戦略と統率力の結果だよ。それにその頃はまだVOヴォルオンはマイナーでプレイ人口も少なかったから」

「謙遜するなあ~。まだプレイしてるの?」

「うん。以前程はやってないけど週末の夜は仲間クランのイベントに参加するためにログインしてるよ」

「まじかよ、一度俺達のチームとの対戦、検討してみてくれよ」

「いいよ。リーダーに伝えるからサーバーとチーム名を教えて」

「初代チャンピオンチームとの手合わせとか、自慢できるぜ!」


 【VORTEX ONLINEヴォルテックオンライン】は拓磨たくまが中学時代にはじめたFPS系のオンラインゲームである。VRゴーグルを装備し、全身にセンサーを付け体を動かすタイプで、実際の身体能力が問われるアクティブさがリアリティを追求する昨今の流行にマッチし、大きなブームになっている。最近は特に大きなアップデートがあって、更に活気づいている所だ。

 人気プレイヤーの動画配信も人気を博す。対戦をし勝つ事ができれば、相手チームのエンブレムをコレクションできる要素もあるので、強豪チームには対戦の申し込みが後を絶たない。


 拓磨たくまのいるチームのクランエンブレムは”フェニックス”で、彼がデザインしたものである。未だ負け知らずであるから、最初に不死鳥のエンブレムを取得したいと対戦したいチームは後を絶たない。だがあくまで三十人いるクランメンバーのうちの一人でしかないから、自慢げに言いふらす事は今までなかったし、クラスメイトの話題に飛びついて参加してもいなかったので、ヘビープレイヤーである事にかなり驚かれてしまったようだ。


 ひとしきりゲームの攻略について盛り上がったところチャイムが鳴ってこの話題はお開きとなり、それぞれが自席につく。


 拓磨たくまは物憂げな視線を窓の外に向けた。あまり自慢げに言いふらしてこなかった理由がもう一つある。はじめたきっかけが虐めだったからだ。

 この学校では自分を高める事に重きを置くタイプが多く、自分とは違う存在に茶々を入れるよりは必要最小限の付き合いに留めるような感じで「君子危うきに近寄らず」を地で行っている生徒ばかり。

 だが中学時代はそうではなく、誰よりも背が低かった拓磨たくまは格好の虐めやからかいのターゲットになってしまっていた。そのせいもあって、今も隠してはいるが身長には若干のコンプレックスがあり、過去にそのような行為の対象であったことを人に知られるのは避けたい心理がどうしても働く。


 暴力を受けたり持ち物を隠されるような陰湿なものはなかったが、事あるごとに背の低さを揶揄やゆされる事は多く、居心地がすこぶる悪い日々を送る羽目に。

 そんな時に【VORTEX ONLINEヴォルテックオンライン】が発売。舞台はSFで、架空のレーザー主体の武器を用いる。

 センサーの精度の兼ね合いもあり、キャラメイキングでは必ず実際の身長体重を入力しなければならないシステム。小柄なキャラは白兵戦に弱いのに使える銃は威力が弱くて至近距離で撃たなければならず、更には装備重量に制限があって低身長キャラは不遇とされていたため(対象年齢に満たない子供に遊ばせないための仕様とも)、彼はゲームは好きだがこのタイトルをプレイするつもりはなかった。しかし仲間外れをちらつかされ、強制的にやらされる事になったのだ。


 熊田という大柄な少年が、クラスが違うというのに率先して拓磨たくまにちょっかいをかけてきていた。「ゲームでもチビは不便だな」と揶揄からかう気だったのだろう。文化祭の出し物として体育館の大型ビジョンを利用し、クラス対抗のバトルロイヤルを行って衆人環視の中、恥をかかせようとしてきた。参加条件として、このゲームが未プレイである参加者が集って構成されたが、経験者が混じっているのは明白だ。言い出しっぺの熊田がやっていないはずはないのだが、彼も参加者として名を連ねていたから。


 簡単にチュートリアルで操作を覚える。この手のゲームのシステムはあまり変わらないし、機能にもこれといって目新しさは感じなかった。拓磨たくまぐらいのそれなりにメジャーなタイトルを遊んでるレベルのゲーマーであれば、UIを見るだけでおおよその使い方も理解できたし、ルールも明快である。

 体を実際に使うのだけが特徴なのかと思いきや、リアルさ追求のために最近のゲームでは珍しい事に味方を撃つフレンドリーファイア要素があったのである。


 一チーム六人、十クラスが一気に参加する。一人でもチームに残れば勝ちというルール。初めてのプレイヤーに戦略的な行動は不可能で、とにかく目の前に動くものがあれば撃つ、となる。レーダーでの色分けはされているものの、混戦になれば他のクラスもあたりまえのように同士討ちになってしまっていた。


 この混戦の中に熊田の姿はない。あの男の性格、そして経験者であろうことを考慮すれば、必ず有利な場所に陣取ってそこから動かないはず。安全な場所から淡々とキル数を稼ぎ、生き残る算段だろうと思われた。


 先ほどから全く動かないレーダーの点が間違いなく熊田。そちらの方向から時折、口径の大きい威力重視の光線が放たれているから間違いないだろう。拓磨たくまはそれを確認すると、動きだした。

 開始五分を観察に費やした彼は、小柄なキャラクターの利点を見出している。欠点しかないと思われていたが、白兵戦の派手な戦闘に不向きというだけで装備が軽い分動きも機敏で疲労度も少なく、障害物で身を隠す事も容易。

 小さな体は当たり判定も小さいから、十メートルも距離があれば、素人の射撃ならほぼ当たらずやり過ごす事ができる。

 チラチラと姿を見せては射撃を誘い、そして追いかけて来る他のプレイヤーを徐々に熊田の隠れるエリアに誘導した。


 隠れているエリアに敵レーダーの表示が増えて来た事に、熊田は焦り始め、微妙に位置を変える。彼が元々いた位置は遮蔽物が多いが袋小路でもあり逃げ場が少ない。早めにそこから抜け出すという判断だったのだろう。


 口径の大きい威力重視の銃は重く、移動に制限が出る。走って距離を取るのがとにかく難しいのだ。だから、逃げるなら早めに行動しなければならないという心理に陥りやすい。しかし敵の数を減らしきる前に移動を開始するのは愚策。彼はもう少し我慢すべきだったのだ。


 他のチームに発見された彼は、手慣れた様子で銃を撃つ。連射できるのは三発まで、丁度現れた三人を倒してみせたのは流石に見事だと思う。


 リロード。


 その待ちかねていたわずかなタイミングで接敵を完了した拓磨たくまは、至近距離からの的確な一発をお見舞いした。

 小柄さゆえの不利を全て有利に転換して戦い、生き残った彼に、文化祭の観客は熱狂したという。


「やられたよ」


 少年漫画のような展開だったが、熊田が握手を求めて来た。からんでいた理由が、熊田の好きな子が拓磨たくまと仲良くしているのが気に食わないという幼い理由であったことも判明。身長が女子と変わらない事で警戒されない彼は、女生徒も気さくに話しやすかったから、女友達は比較的多かったのだ。

 これまでの事を謝罪された事をきっかけに和解。


 その後は身長の事で揶揄われる事もなくなり、本格的に【VORTEX ONLINEヴォルテックオンライン】を堪能しはじめ、初めて開催された大会で優勝、という流れだった。


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