あいつは卑怯者だ!

「その時、私はひどく腹がったのよ。だから私は、力いっぱいひっぱたいてやったわ!」


 そう怒りを顕にする彼女(空想上の人物です)は、ちょっと赤くなった指の関節をしきりにティッシュで拭っていた。


 ボクの大好きなカテゴリーのひとつに吸血鬼ものがある。


 手を変え品を変え魅力的なキャラクターたちが繰り広げる、残酷でいてそれで悲しい思いと葛藤を描いた作品は心躍らせられる。


 ときに人をあざ笑うかのように渇きのままに血液を吸い、その生命を摘み取ることもあれば、永遠とも言える仮初の命を気まぐれにもたらすことも。


 吸血生物。古いものはジュラ紀の化石から見つかっている。

 起源はトランシルヴァニア地方のブラン城のそれではない。そう『蚊』の話をしよう。


 さて文系のボクが語るのは烏滸おこがましいのだけれど、ちょっとだけ科学よりな話になる。


 血液の構成要素に血小板というものがある、白血球、赤血球などと並ぶ主要な成分のひとつだ。


 この血小板の働きというのが血液の凝固作用なんだけど、なんで体内に入った血が固まらないのかと。


 疑問にならないだろうか。


 そんなことをツラツラと考えていたのだけれど、奴らは体内に入った血の凝固反応が起きない物質を持っているから体内に入った血液が固まらないので死ぬことはないらしいのだ。


「蚊」さすが卑怯者である。人類をもっとも殺している存在だ。


 見つけたらすべからくその魂を刈り取らなくてはと思うのだが、アイツは神出鬼没なのだ。


 暗闇に耳元を横切るモスキート音は大きく耳障りで不快そのもの、明かりを付けて部屋を見渡してもその姿を捉えることはない。


 あんなに大きな音を立てているにも関わらずだ。


 そう、奴らは暗くなると大きくなって、光を浴びると小さく灰に近しい状態になるのだ!


 そして闇を吸い上げてまた大きくなってから抑えきれない吸血衝動にまかせてボクの生き血を啜るのだ!


 ああ、なんと腹立たしい。この横暴を許しておいて良いものだろうか。


 そしてこの腹立たしさををぶつけるすべはあまりない。


 また攻撃箇所が指などの神経が集中している関節部分のときの怒りと抗いがたいかゆみをあざ笑うかのように目の前を横切るそれを、許せるだろうか。


 十字架や聖水やにんにくで懲らしめてやりたい。心ゆくまで折檻したい。


 アイツらは吸血後は動きが若干遅くなるので汚い血の花を咲かせてやるぜ。


 汚い血のもともとの持ち主はボクだけどね。


 ということをかゆむ関節を労りながら考えた夜。


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