第7話 目には目を、あーんにはあーんを。
問一。
憧れの先輩から「あーん」をされそうになっています。
近衛北斗がやるべき行動を、ひとつ答えよ。
(いーやいやいやいやナニコレナニコレどういう展開!?)
どこでどう間違ったらこんなことが起きるんだ? いや、起きている出来事自体は嬉しいから間違っているということ自体が間違っているかもしれない。駄目だ、動揺のあまり考えがまとまらない!
とりあえず深呼吸だ。そう、深呼吸。落ち着いて、この状況を乗り越えよう。
「どうした? もしかして、お腹でも痛いのか?」
心配そうに首を傾げる双葉先輩。かわいい。
そもそもこれは、俺が彼女のブラウニーを食べたいと言い出したから起きたことだ。双葉先輩はそれに応えるために、俺にあーんをしてきた。ただそれだけの話なんだ。
ここで俺がやるべきこと。それは決まっている。決まっているけど、周りにたくさん人がいるし、はっきり言って恥ずかしい。
――だが、このままでは双葉先輩に恥をかかせることになってしまう!
それはダメだ。双葉先輩に恥をかかせるぐらいなら、俺が全世界の笑いものになった方が圧倒的にいいに決まっている。
覚悟は決まった。後は行動に移すだけ。
「い、いただきます! あむっ!」
双葉先輩のフォークからブラウニーの欠片を奪う。
ブラウニーは確かに美味しかった。今まで食べた中で一番と言っても過言ではないほどに。もしかしたら、先輩のあーんという名のスパイスが原因かもしれないが。
とにかく、これで双葉先輩の恥をかかせずに済んだ。頑張ったぞ近衛北斗。自分で自分を褒めておこう。
「どうだ、北斗くん?」
「はい、すげー美味しいです! 先輩にあーんしてもらいましたし!」
「――――、っ」
もしもタイムマシンが存在するなら、数秒前の俺をぶん殴りに行ってやりたい。
ビギリ、と凍り付いた双葉先輩をフォローするべく、俺はその場に立ち上がる。
「ち、違うんですよ! 今のはですね、えーっと……嬉しすぎて、つい……っていうやつです! 時々そういうことありますよね!? あははー!」
言い訳が苦しすぎる。こんなことなら広辞苑でも読んで言葉のレパートリーを増やしておくんだった。
手を忙しなく動かし過ぎて千手観音のようになっている俺の前で、双葉先輩の顔はみるみる朱に染まっていく。目尻には涙すら浮かぶ始末。しまった、選択肢をミスったか!?
心臓がバックンバックンと脈動するのを感じながら、双葉先輩のリアクションをただただ待つ。
「……つ」
「つ?」
「次は、君の番だぞ……北斗くん」
「Pardon?」
驚きのあまり、俺の中のアメリカ人が表に出てしまった。いや、俺は先祖代々生粋の日本人だけれども。
「え、えーっと、俺の番って、何のことでしょう……?」
「次は! 君が私にあーんする番、ということだ!」
「何でそういう話になる!?」
「だって、私だけあーんするなんておかしいだろう!? ずるい! 恥ずかしいのは私だけ! 君は何のダメージも負っていない!」
「双葉先輩が先にやってきたんじゃないですかあ!」
「それはそれ、これはこれ、だ! いいから私にそのショートケーキをあーんするんだ! こ、これは生徒会長命令だぞ!」
双葉先輩は真っ赤な顔で、しかも目をグルグル回しながらとんでもないことを言い出した。どうでもいいけど(よくはない)、周囲からの視線がめちゃくちゃ痛い。
何故双葉先輩がこんなにもムキになっているのかは分からないが、場を収めるには俺が腹をくくるしかないだろう。双葉先輩にあーんをする嬉しい機会はそう訪れるようなものでもないし、役得だと思ってさっさと済ませてしまおうではないか。
ケーキを切り分け、欠片をフォークで突き刺し、双葉先輩の前に差し出す。
「いざ、尋常に……あーん!」
「受けて立つ……あむっ!」
とても残念な子たちを見るような目で周囲の客たちから見られながら、俺は全カップルの憧れ『あーん合戦』を成し遂げたのだった。
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