第四十九話 イカレた笑み


 ――時は少し遡る。


「急がねば……よりにもよってこの危機に座してはどんな非難が王城に降りかかるか。一刻も早く部下たちの元へ……」


 天道から剣を奪い、関節を決めて半ば拘束する形で無理やり歩かせながら街の通りを急ぐ。ついでに魔獣の咆哮に不安げな顔で通りに顔を出している平民達へ家に戻り、しっかりと戸締りをして立てこもるよう怒鳴りながら。

 危機の到来と端的な対処を告げる身分の高い騎士の言葉に平民達も事情が呑み込めないままなんとか相互に声を上げて動き出しつつある。何もしないより多少はマシだろう。


「クソッ! 離せ、離せよ!」

「そう思うなら黙って歩け。奴の対処に急がねばならんのだ。逗留宿まで行けば解放してやる。見張りと拘束付きだがな」


 騎士は《極光》の制御には剣が必要であることを知っていた。それを奪った今、鍛錬もろくにしていない天道が騎士に敵うはずがない。そう判断していた。

 事実ここまで天道は痛みに情けない悲鳴を上げて腰砕けに歩くのが精いっぱいだ。それもあって意識が完全のディノレックスの襲撃に向いている。


「なら僕を解放しろ! 僕に任せればあんなデカブツ――」

「そしてまたこの街を傷つけろと? 馬鹿を言え、そんな大役を貴様に任せられるか」


 天道の戯言に乱暴かつぞんざいな言葉を返す。顔を向けすらしない。

 彼は自身の進退が天道のせいでロクでもないことになることを悟っていた。それもあってか天道の扱いには遠慮の欠片もない。

 自業自得。当然の扱いだが、天道自身だけは違う。

 。身の程知らずにも程がある怒りが天道の目に宿った。


「おい……」

「いい加減黙って歩け――」

「《勇者ボク》を無視してんじゃねえよこのクソカスがぁ――!」


 、と。

 血肉を断つ生々しい音が響く。鎧の防御を有って無きがごとく断ち切られ、騎士の脇腹からと大量の鮮血が噴き出した。


「なっ……?」


 思わず漏れた騎士の声には痛みよりも困惑があった。

 拘束が解けた天道の手には極光を宿して輝く……があった。騎士の隙を突いて手に入れた、そこらの路上に転がっていた代物だ。

 棒きれはその強すぎる輝きに耐えかねたように先端からサラサラと崩れつつある。


「カッ、……ハァ……ッ! き、貴様――」

「ハ――ハハハ! なんだ、呆気ない! あれだけ偉そうにしておいてさぁ、ザマァないな!」


 と肉を抉られた脇腹に手を当て、地に膝をつく騎士を見下して狂ったように笑う天道。

 本当に、心の底から楽し気に笑うイカレた笑みを見ながら騎士は必死に頭を回す。


(傷――《極光》――剣は、手元にないはず――深手――手当てを――どうやって?)


 騎士の誤算は二つ。

 一つ、ディノレックスの襲撃に気を取られるあまり天道への警戒を怠った。武装解除し、無力化したと。さらにまさかこんな非常時にこれ以上馬鹿な真似はしないだろうと、あるはずもない天道の良識を信じた。

 二つ、天道のギフト《極光》は剣などの収束・制御するための媒介が必要だが、実のところ許容範囲は相当に広い。それこそその辺で拾った粗末な棒きれでも《極光》を宿せば無双の名刀と化す。あまりに雑だと一撃で灰になるが。

 結果、この有り様だ。王城から授けられた切り札も生かせず、騎士は己の無能に歯ぎしりしつつそれでもと奮起する。


「お前も、ガトーとかいう奴も、あの『荷物持ち』も! 全員見返してやる、全員思い知らせてやる! そうさ、僕がいればあんなデカブツどうにでもなる! 僕が、僕こそが《勇者》なんだからなっ!!」

(ダメだ、こやつを……止めね、ば――!)


 その決意に、しかし騎士の肉体は応えない。

 血の気が引いた顔に大量の冷や汗を浮かべ、否応なく荒くなる呼吸とともに強烈な虚脱感に襲われる。大量出血による典型的なショック症状だ。

 狂ったような笑い声を最後に、騎士の意識は闇に飲まれた。




 ◇◆◇◆◇◆◇




 エフエスさんがディノレックスとの決戦を繰り広げる最中。そこにいるはずがない男の姿を見つけ、僕は思わず絶叫した。


「なんでお前がそこにいる、天道!?」


 その服には返り血が、頬には狂喜に歪んだ笑みを浮かべている。

 目付け役の騎士に連行されたはずの天道が、ディノレックス――そしてその直線状にいるエフエスさんへ向け、禍々しい極光を宿した剣を振りかぶろうとしていた。


「――――ッッッ! 《アイテムボックス》!」


 無我夢中だった。

 思考を捨てて完全に反射神経だけで動き、天道の頭上に《アイテムボックス》から取り出した一抱えほどもある岩を置く。ひと一人の頭蓋を十分砕けるサイズの岩だったが、《極光》の前には儚い抵抗だ。


「? なんだこれは! 誰の仕業だ!?」


 自由落下する岩が振りかぶった《極光》の剣に接触、綺麗に断ち割られる。

 が、その違和感が天道の手元を狂わせた。結果、放たれた極光の大斬撃はディノレックスとエフエスさんをまとめて両断する軌道から僅かにズレる。都市の石畳に消えない傷跡を刻み込みながら、再び城壁を両断した。


「――――ッ!? なんで、そいつが――!?」


 唐突な大破壊、想定外の横やりに流石のエフエスさんも目を剥いた。さらに大斬撃の元に天道の姿を見つけ、驚きの声を上げる。


「危なイッ!」

「エフエスさんっ!?」


 そしてその隙をディノレックスが突いた。その野生故に一瞬の勝機を嗅ぎ分けたのか、驚くほどに迷いのない動きだった。

 驚きに目を見開き、一瞬硬直したエフエスさんへ巨躯を利用したタックルを容赦なくぶちかます。


「カッ……ハッ!」


 猛スピードのトラックが突っ込んできたに等しい衝突事故。

 衝撃に吹っ飛ばされたエフエスさんの華奢な身体がと宙を舞い、地に叩きつけられた。


「そん、な……エフエスさん! 立って、エフエスさん!?」

「血の臭イが、強く……」


 僕の言葉に、倒れ伏したエフエスさんはピクリとも応えない。それどころか倒れた場所に少しずつ血だまりが広がっているような――、


「天道は僕が抑える! ダイナ、エフエスさんを回収して下がれ! ギフトはなし、いいね!」

「分かっタ。エフエスッ、助けル!」


 天道がこの場に現れてほんの十秒も経たない内に、形勢は悪化の一途を辿っていた。

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