第四十八話 なんでお前がそこにいる
「ホダカ、
「ディノレックスに使えそうなのは品切れです、
簡潔な問いへ単純な答えを返す。エフエスさんが呆れた顔をした。
「あんたのスタイルなら手数が重要なんだから日頃から弾数を貯め込んでおけって言っておいたでしょうが。
「面目ないです……」
「ないでス!」
「ダイナ、こんな時までそいつを見習わなくていいわよ」
ため息一つで意識を切り替え、エフエスさんが鋭い視線をディノレックスへ向ける。
「まあいいわ。元から弟子に頼りきりになるつもりもなかったし。私が前衛、あんたらは後衛。私がピンチに見えても無理に動くな。こっちに茶々を入れる雑魚の排除。あんたらの仕事は極論それだけよ」
対大型魔獣の戦闘などあの夜の殺し合い一度きり。エフエスさんといきなり連携できるはずもない。妥当な指示だった。
「
「はい」
エフエスさんの言葉は正しい。
Bランク冒険者のエフエスさんならまず勝てる相手だ――《楽園》帰りの病み上がりでさえなければ。
◇◆◇◆◇◆◇
改めて
体長はざっくり10メートルは超えているだろう。ちなみに最大級のホッキョクグマで体長3メートル弱と聞いたことがあるから文字通りサイズの桁が違う。
水平姿勢で立ちながらその巨大な頭部は見上げるほどに高い位置にあり、総重量は果たして人間の何十倍か。
外観は”前”の世界の絶滅恐竜、テュラノサウルスに近い。2メートルを超える大男だろうと一飲みに出来そうな巨大な顎に発達した脚部で大概の人間より速く走る凶悪なプレデターだ。
「もう狂奔状態? 思っていたより厄介そうね」
エフエスさんが言う通り近くで見ればディノレックスの女王は明らかに異常だった。
呼吸は荒く、全身から赤黒い血管のような模様が浮き出ている。異常に血走った眼光は一目でまともではないと分かる。
狂奔。
飢餓に襲われたり深手を負った大型魔獣が稀に見せる極端に攻撃性が増した姿だ。いわば火事場の馬鹿力を引き出しているようなもので、速度と攻撃性能は通常時と比べ物にならない。
「私が前に出る!
そんな化け物相手にも一切怯まず、それどころか注意を惹くようにエフエスさんは前に出る。
冒険者は上位になるほど身体能力が桁外れに上がっていく。エフエスさんのような小柄な女性でもそれは変わらない。突き抜けて優秀な冒険者は時に隊を組んだ兵士に勝るのだ。
「おおっ!」
「エフエスだ! やっと来たか!」
「Bランク冒険者が来てくれたぞっ!」
「《楽園》へ行っていたんじゃ……」
「どうでもいい、これぞ天の助け!」
「いや、女神の接吻だ!」
「胸はないけどな!」
「殺すぞ」
エフエスさんの本格参戦にT-REXじみた巨竜を必死で食い止めていた衛兵達が次々に歓声を上げる。なお最後の一言は僕だ。
エフエスさんの指示に応と頷き、ディノレックスをゆるく囲んだ包囲を解く。そのまま周囲と連携して親玉とは離れた位置にいる
その手慣れた動きに思わず呟く。
「逞しいというか、なんというか」
「当たり前でしょ。ここはマインよ?」
「でしたね」
言われてみればここはマイン、魔獣の縄張りに囲われた脳筋と野蛮人の聖地だった。
そこの兵士が大群とはいえ魔獣相手に腰が引けっぱなしなはずがない。
『
「向こうも
「はい、邪魔が入らないよう援護します」
「ダイナはホダカとエフエスを守ル」
警戒と威嚇を兼ねた咆哮を上げるディノレックスの視線は張り付いたようにエフエスさんに向いている。
僕らは一言ずつ言い交わし、ディノレックスとの戦闘を開始した。
◇◆◇◆◇◆◇
走り回り、爪牙を躱し、隙を見つけ、弓を射る。
走り回り、爪牙を躱し、隙を見つけ、弓を射る。
走り回り、爪牙を躱し、隙を見つけ、弓を射る。
「あれが大型魔獣の狩り方か」
「上手い。エフエス、すごク上手い」
ひたすらに地味な立ち回りの繰り返し。それが僕の目の前で繰り広げられる戦闘だった。
決してディノレックスの正面には立たず側面へ回り、振り回される爪牙を軽業じみた身のこなしで躱し、無防備な腹部を曝け出せば神速の一矢を放つ。
振り下ろす爪牙はギリギリまで引き付け、体を躱す。
尻尾を利用した広範囲の薙ぎ払いは冷静に間合いを見切り、立ち入らないよう動く。
その立ち回りの中で優位を獲れる位置を探し、見つければ即座に弓を射る。
エフエスさんは一定のリズムでこの流れを淡々と繰り返し、既にディノレックスの全身は矢でハリネズミだ。地味だがその立ち回りは恐ろしく練度が高い。
そして驚くべきはもう一つ。
「
血が噴き出る。痛みに咆哮を上げる。狂奔を深め、暴れまわる。
それでもディノレックスは倒れない。
大型魔獣はほぼ例外なくタフだ。巨大な体躯に見合った生命力を持つ大型魔獣相手の狩猟はひたすらに根気強くダメージを積み重ねていけるかが肝だと言う。
エフエスさんはどこまでも基本に忠実に大型魔獣の狩猟法を実践していたが……、
「血の臭いがすル」
「ああ、ディノレックスはあれだけの出血だからね」
不意にダイナが険しい顔で呟くと僕もそれに応じた。戦場になったこの広場にはかなり血の臭いが漂っている。
既に周囲の小物は兵士さん達の協力もあり、ほぼ排除完了だ。少なくともエフエスさんの狩りに首を突っ込めそうな奴はいない。
後衛の僕らが会話を交わす余裕はあったが、すぐにそんな余裕は消し飛んだ。
「違ウ、エフエスの血の臭いがどんどん強くなってル」
「――ッ!?」
その言葉に絶句し、エフエスさんの一挙一動をジッと見つめる。言われてみれば服や包帯から滲む赤が広がっている、よう、な……?
(ダメだ、ディノレックスの血と混じって分からない)
返り血を多少なりとも浴びているので遠目からは判断ができない。だが五感が鋭いダイナが言うことだ。単なる勘違いとも思えない。
なによりエフエスさんは《楽園》から戻ったばかりの病み上がりだ。無理を押している可能性は低くない。
(どうする……?)
エフエスさんの言いつけを破ってまで手出しをするか迷い――その数秒後、僕は信じられないものを目にした。
「――――? ――――――――は?」
その男を見て僕は一瞬言葉を失った。
おい、冗談だろ。
「なんでお前がそこにいる、天道!?」
その服には返り血が、頬には狂喜に歪んだ笑みを浮かべている。
目付け役の騎士に連行されたはずの天道が、ディノレックス――そしてその直線状にいるエフエスさんへ向け、禍々しい極光を宿した剣を振りかぶろうとしていた。
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