第四十七話 飢え狂う復讐の女王


 数十の手下を従えた恐爪王ディノレックスの襲来。

 マインを襲う大規模竜災を前に天道を除くその場の全員が即座に臨戦態勢を取った。


「ホダカ! まず崩れた城壁を塞いで!」

「はいっ!」


 エフエスさんの指示に頷き、《アイテムボックス》から取り出した巨岩を複数崩れた城壁の外側に設置。城壁の傷口を塞ぐ間に合わせの壁にする。

 幸い兵士の人たちは城壁の内側で囲いを作り、入り込んだ敵群竜を包囲する構えだ。設置に支障はない。

 これでしばらくは時間が稼げる。


GuRaAaAaAaAaAaAaaa――!!』


 そう思った刹那、巨躯の女王による突撃が巨岩のバリケードをブチ抜いた。両断された城壁の裂け目から巨大な体躯の大型竜が姿を現す。乱杭歯から涎を垂らし、血走った瞳が獲物を探して忙しなく動き回る。

 恐爪王ディノレックスとたまたま視線が合い、物語る。と。

 再びの大咆哮。

 食らえ、思う存分に飢えを満たせ。狂った女王が自らの率いる群れへ号令を下す。


「ああもう、落ち込んでる暇があったら小まめに拾っておけば良かったなぁ!」


 誤算があったとするなら恐爪王ディノレックスの突撃を防げるほどに大きく頑丈なサイズの巨岩を用意できなかったことだ。

 街道で奴らから逃げ切った時にほとんど在庫を使い切ってしまっていて、補充が間に合っていなかった。

 後悔先に立たず。崩れた城壁の再利用もサイズ的に微妙だし、飛び道具用の巨岩も限りがある。僕の手持ちは心もとないとしか言えない状況だ。


「ダメね、ブチ抜かれた。子分達も入ってくるわ!」


 崩れた城壁の隙間からディノレックスを筆頭に次々と小型竜が入り込んでくる。

 小物は必死になって衛兵達が抑えているが、親玉のディノレックスには見るからに腰が引けている。無理もない、物理的なサイズが違い過ぎた。


「食らいなさいっ!」


 ダンダンダン、と。

 病み上がりを押してエフエスさんが神速の三連射をディノレックスへ撃ち込む。かつて小型竜ディノニクスを一矢一殺した必殺だが、ディノレックスの巨躯には効果が薄いらしい。


GuRuRaAaAaAaaa――!』


 頭部、腹部、脚部に突き立った矢に怒りの声を上げるディノレックス。デカいだけあってまだまだ体力は十分なようだ。

 矢に苛立ちつつも広場の兵士達へ突撃を繰り返す。そこへ的確に矢を打ち込んで意識を逸らし、今度は兵士達がディノレックスの意識を惹いて……と、ある種のパターンに入った。しばらくはなんとかなりそうだ。


「やれやれ、ロートルには大分キツイ戦場ですねぇ」

「そう言う割に《魔弾》は錆びついてないみたいね。気張りなさいよ、元人外級Bランク

「弾数も威力も寂しいものですよ。昔はもう少しマシだったんですが。それに装備もありませんし」


 そう愚痴をこぼすギルド長はもっと派手だ。

 掲げた両手の指から次から次に真っ黒な弾丸が生み出され、機関銃のような勢いで射出される。黒弾の掃射によって城壁の隙間から侵入する小型竜ディノニクスが次から次へと。あの黒弾、貫通力はなさそうだが一発一発がヘヴィー級ボクサーのフィニッシュブローくらいの威力はありそうだ。

 二人とも凄まじい。曲がりなりにも群竜たちの襲撃をギリギリのところで押しとどめている。それでも城壁の破壊痕は大きく、カバーしきれない箇所から少しずつ侵入を許してしまう。


「にしてもなんでこうもタイミングよくマインにわざわざ攻め込んでくるの!? ありえないでしょ!」

「飢えと復讐に狂ったのでしょう。奴はつがいをこちらの勇者様に殺されています」

「ディノレックスのつがいっ!? また珍しいわね……ちょっと待った。と、いうことは」

「正直某は疑っていたが……目の前にいては抗弁できぬな」


 エフエスさんの嘆きにギルド長が答える。

 その言葉にかつて耳にしたエフエスさんの解説を思い出す。群れの絆が深い恐爪竜はのだ。

 加えて飢えに苦しむ奴らの目の前で餌箱マインを覆う蓋が壊れたとなれればもう我慢が効かないだろう。

 そしてこの場合を殺された女王の復讐の矛先は……、


「え? えっ……?」


 全員がディノレックスの咆哮で腰を抜かした天道へ意識を向ける。天道が逃げ場を探すようにあたふたと周囲を見渡した。


「……こいつを親玉の鼻先に投げ込んだら満足して帰らないかしら」

「魅力的なアイデアですが止めておきましょう。満足するほど食いでもなく、クレームを入れられるだけです」

「極めて遺憾ながら某の立場上止めざるを得ぬ。死を迎えるにしてもせめて己が罪を償ってからがよかろう」


 エフエスさんの提案に全員乗り気だったが理性の勝利により天道の私刑は見送られた。

 ちなみに一応は恐爪王ディノレックス討伐実績持ちの天道を”使う”ことは提案さえされなかった。


「で、どうするの? 何するか分からないしふん縛って転がしておく? 死んだら自業自得ってことで」

「そうしたいがそうもいかん」


 ほどんど導火線に火が付いた爆弾と変わらない扱いだが、天道の所業を思えば妥当なところだろう。

 目付けの騎士も頷きつつ、全面賛成はできずに苦い顔だ。


「……致し方ない。目付けとしてこやつの不始末を拭えぬのは遺憾だが、某が身柄を預かろう。急ぎ部下に引き渡し、残りを援軍として率いこの場に戻るつもりだ。それでよいかな?」

「ギルドにも人を走らせてください。ギルド長権限で緊急クエストを発行します。報酬はディノニクス一頭ごとに銀貨一枚、親玉の首を取れば金貨三枚。冒険者が喜び勇んでやってくるでしょう」

「ほう! 随分と奮発したな」

「金の使い方は必要のない時は慎重に、使いどころには張り込んでこそ、ですよ」

「一応聞くけどそのクエスト、私達は受注済みって扱いよね?」

「もちろん、ただし早い者勝ちで」

「よっしゃ! やる気が出てきたわ!」


 破格の報酬を聞いたエフエスさんがガッツポーズを取る。

 普通なら小グループの群れを潰して銀貨一枚なのだから確かに破格だ。


「ひとまずは増援が来るまで現有戦力で防衛戦を。引き続き恐爪竜ディノニクスの群れは私が相手をします。エフエスさんには親玉を任せても?」

「了解。それと弟子どもは貰うわ、いいでしょ?」

「ええ」

「では某も。みな、武運を祈る。行くぞ、付いてこい!」


 流石は歴戦の風格と言うべきか。

 立場も実績も兼ね揃えた三人は素早く打ち合わせると行動に移った。


「引っ張るな! 僕は《勇者》――」


 一部見苦しい言葉が聞こえたが全員が無視。

 僕とダイナもエフエスさんの後に続きながら、周囲を確認した。


(落ち着け。状況を整理しろ)


 冷静さを欠けばミスが増える。まず現状確認からだ。

 僕らがいるのはちょうど城壁を出入りする城門があるあたり。物資の運搬のために城門の前は広めのスペースが取られていて兵の展開は問題ないが、親玉ディノレックスが暴れられるということでもある。

 天道の極光で破壊された箇所は城門から少し脇に逸れた場所で(これは今後を考えるとかなり幸運だった)、既に城門そのものは封鎖済み。

 ……想定的には城門ブチ破られて封鎖不可能な状況でディノレックス率いる群れからの防衛戦とほぼ変わりがない。

 一頭でも街中に潜り込まれれば、かなり犠牲者が出そうだ。かなりシビアな戦いになる。


「さて、気張りましょうか。弟子にもいいところを見せないとだしね」

「エフエスさんはいつだって格好いい自慢の師匠ですよ」

「あら、ありがと」


 こちらへウィンクを一つ投げて余裕を見せるエフエスさん。流石はBランク冒険者と崇めたくなる頼もしさだったが、


「ホダカ?」

「……エフエスさんを助ける。行くよ、ダイナ」


 ダイナの目配せに頷く。

 恐らくエフエスさんは戦闘でハイになって気づいていない。あるいは威勢のよさをアピールして隠しているのか。

 エフエスさんの顔を覆う包帯と服に、僅かだが血の赤色が滲みだしていた。

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