第四十四話 《極光》

 、と極光が輝く。


 天道が剣を抜いていた。だけではない、直視できないほど眩く輝く黄金の光が刀身に宿っている。

 ギフトだ。噂に聞く《極光》が見るからに危険な輝きを放っていた。


「消えろ、『荷物持ち』」


 ゴミを見るような眼で僕を見た天道があっさりと剣を振り抜く。

 直後、その名の通り目が眩むような《極光》の一閃が僕の目の前に迫っていた。

 あまりに気負いなく放たれた致命的な一刀に、僕は咄嗟に反応が遅れる。目の前に迫る光の斬撃を躱しきれない――!?


「危なイっ!」


 ドンッ、と身体に衝撃が走る。

 咄嗟に横から飛び出したダイナが僕に体当たりして、斬撃の軌道上から逃がしてくれたのだ。

 そしてギリギリを掠めて飛び去って行った光の大斬撃は――、

 

 轟音、のち、衝撃。


 ゴロゴロと、ダイナともつれながら大地を転がる。

 転がりながら《極光》が飛び去った先を見れば、大型魔獣の突撃すら防ぐ分厚く頑丈な城壁が大地に食い込むほど深く縦に切り裂かれていた。

 一刀両断され、巨大な裂け目を晒すマインを覆う城壁がズズン! と大きな音を立てて崩れていく。

 まるで見えない巨人が天から巨大な剣を振り下ろしたかのような、非現実的な光景だった。

 前触れもなく起きた、天災じみた規模の人災に街中の気配がざわめくのを感じる。城壁の門を守る衛兵達も蜂の巣を突いたような騒ぎだ。


「これが《極光》……!?」


 思わず絶句する。

 もうキッパリと人間業ではない。恐爪王ディノレックスを一刀で倒したと言われるのも頷ける、個人の手に余るギフトだ。その規模は最早天変地異に近い。

 天道の性格にどれだけ問題があろうと、王城が《勇者》の地位から降ろせなかった理由の一つなのだろう。


「ゴキブリみたいにしぶといね。それに彼女を危険に晒して……死ぬなら一人で死ねよ、迷惑だろ」

「一応言っておくけどいまダイナを殺しかけたのはお前だぞ」

「違うね、キミが悪い。キミが生きているから彼女がたぶらかされるんだ。ならキミが死ねば万事解決だ、そうだろ?」


 デタラメな理屈を並べる天道の顔はさっきよりも生き生きと薄気味悪い精気に溢れていた。

 子どもが与えられたおもちゃを自慢しているような……《極光》が生み出す巨大な暴力を振り回すのが楽しくてたまらない、そんな顔だ。


「今度こそこの世からいなくなれ。ゴミは黙って掃除されろ」

「……おい、今度はダイナまで巻き込むつもりか」

「む、離さなイ」


 非常にアレな絵面だが奴の執着を利用できないかと煽る。話の流れを悟ったか、離れないとギュッと僕を抱きしめるダイナ。そんな場面ではないと分かってはいるが、ほのかな柔らかさと温かさが何とも言えず幸せだった。


「もうどうでもいいさ。ゴミを庇って斬られるならそれもゴミだったってだけだ」


 そう言ってダイナの存在を自分の脳内から切り捨て、再び極光を宿した二太刀目を振りかぶろうとする天道。

 徹頭徹尾自分の都合しか考えないその言動にはもう呆れることもできない。次の斬撃から逃げ回るために僕らは素早く立ち上がった。


「これ以上はお控えあれ、テンドウ殿! 貴殿の《極光》を使えばこの街がどうなるか――」


 強力すぎる剥き出しの暴力を流石に見過ごせなかったのか、お付きの騎士が声を荒げて制止する。だが天道は顔色を全く変えなかった。


「こんな田舎のその他大勢モブキャラなんてどうでもいいだろう? そんなことより僕に逆らったゴミを掃除するのが先だ。ちょっとは頭使えよ、三下」

「――ッッッ!? 狂ったか小僧! 宰相補佐殿からも重々行いを慎むよう言いつけられていたであろう!」


 あまりの言い草に血相を失った騎士が取り繕った敬語を投げ捨てる。はっきりとした敵意に、天道は再び不快そうに顔を歪めた。


「僕が何故あんな奴の言うことを聞く義理があるのさ? 多少は使えるから目を瞑ってやった分感謝して欲しいくらいだね」

「……今すぐ暴言を撤回し、振る舞いを改められよ。さもなくば貴殿は《勇者》の地位を失うことになるだろう。貴殿を制する術、王城が持たぬとでも?」

「そんな必要はない。僕は《勇者》だ。そして《勇者》がやることはなんだって正しいのさ」

「…………な……ぁ……ッ」


 完全に理屈が破綻した台詞に騎士が絶句する。僕も同感だった。

 天道の言動は完全に常軌を逸している。控えめに言って正気じゃない。価値観の根っこから違う怪物と会話をしている気分だ。会話はできてもコミュニケーションできる気がまるでしない。


「なんでだ、天道。なんでお前はそんなに身勝手なんだ……?」

「はぁ? 身勝手? なんでキミにそんなことを言われなくちゃならないんだ?」


 つい問いかければ意味が分からないと心底から不思議そうに首を傾げられる。

 意味が分からないのはこっちの方だ。何故そんなにも自分を正しいと妄信できる?


「勝手だろ! 《勇者》の権威を笠に着て我儘放題。少しは周りを気遣う気はないのか!?」

「必要ないだろ? 僕はこの世界に選ばれた《勇者》だ! 《勇者》は何をしても許される。強いからだ! 僕のように!」

「馬鹿馬鹿しい。《勇者》なんてこの国が作った称号だ。それにいまは……ただの、王城の奴隷じゃないか」


 限りなく王国の禁忌タブーに触れた台詞に、騎士は苦々しい顔をしつつも何も言わない。

 天道に至ってはむしろその整った顔に浮かぶ醜い優越感が増しているようだった。


「お前ら凡人モブはそうだろうさ。あの聖さえもね。でも僕は、僕だけは違う! 僕だけが本当の《勇者》なのさっ!」


 自信満々、得意満面に言い放つ天道。こいつが持つ得体の知れない優越感の源は一体なんだ……?


「それは一体どういう意味だ?」

「知りたいかい? 教えないよ。キミ如きに聞かせるにはもったいない」


 好奇心より時間稼ぎを狙った問いかけはあっさりと流される。しまったな、むしろ聞かない方がペラペラ喋ってくれたかもしれない。

 そして今度こそと極光の宿る両刃の直剣を振り上げた。


「問答はこれで終わりだ。次は外さない――死ね」


 断言できる、本気の殺意だ。天道は仮にも人間が相手だというのにまったく躊躇がない。僕らの背後は城壁だけで、巻き添えの心配は少ないのが幸いだが、恐らく民家があっても結果は変わらない気がする。

 僕とダイナの命を刈り取る文字通り必殺の一撃――が、

 あとはそれをどう使うか。天道の挙動を捉え、タイミングを計っていたその時、




「――――おやおやおや。それは困りますねぇ。これ以上勇者サマにご無体を働かれてはこのマインは瓦礫の山になってしまいます」




 ふらりと、風のように男が現れた。長身痩躯に胡散臭い笑みを浮かべた壮年の男だ

 天災じみた《極光》の破壊を見ても平然とした顔をしていた。

 仕立てのいい、上質な身形。鉄火場慣れした図太さ。明らかにただ者ではなさそうな男に天道も一旦は剣を降ろし、問いかけた。


「誰だ、お前は?」

「《勇者》サマにおかれましてはご機嫌麗しゅう。ワタクシ、ガトー・シューセントと申します。マインの冒険者ギルドの組合長を務めておりますハイ」


 ガトーと名乗った冒険者ギルドの長が慇懃な仕草で一礼する。

 冒険者という荒くれ者をまとめる長らしくない、むしろ商人や貴族を思わせる洗練した仕草だ。

 唐突に表れたこの男が一体何を話すのか、僕もその会話に耳を傾けたが――、


「ホダカ!」

「あッ……」


 と、ダイナが僕の服を引っ張り、指さした先にいた人を見た瞬間、僕の頭からその場の全てが消えうせる。もう天道のこともなにもかもがどうでもよかった。

 気が付けば僕は”彼女”目掛けて勝手に駆けだしていた。


ッ!」

「ハァイ、久しぶりね可愛い私の弟子ども。また厄介ごとに付き纏われてるみたいで同情するわ」


 トレードマークの眼帯の代わりに包帯がキツク巻かれ、赤く血が滲んだ痛々しい姿。

 それでも”彼女”は生きていた。愛用の弓と矢筒を提げて、ギルド長から少し離れた邪魔にならない場所で静かに睨みを利かせている。

 僕らの師匠が、エフエスさんが僕らの目の前に立っていた。

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