第四十五話 後ろ盾

「ハァイ、久しぶりね可愛い私の弟子ども。また厄介ごとに付き纏われてるみたいで同情するわ」


 トレードマークの眼帯の代わりに包帯がキツク巻かれ、赤く血が滲んだ痛々しい姿。

 それでも”彼女”は生きていた。愛用の弓と矢筒を提げて、ギルド長から少し離れた邪魔にならない場所で静かに睨みを利かせている。

 僕らの師匠が、エフエスさんが僕らの目の前に立っていた。


「生きていたんですね! 《楽園》で一体何が――いや、そんなことよりその怪我は!?」

「あーもううるさい。私のことが心配なのは分かったから落ち着きなさい」


 バチーンと。

 威力のデコピンが僕の額に命中、グワングワンと脳味噌が揺れるけどそれすらも懐かしい。

 エフエスさんが帰ってきたという実感が一気に湧いてくる。


「ッ、アイタタ……ヒドイな、もう」

「愛の鞭よ、甘んじて受けておきなさい」


 額を抑えてボヤくとエフエスさんがやれやれと肩をすくめた。


「調査団は無事。死にかけが何人か出たけど死人はなし。再起不能な重症者もいないわ。いまは《楽園》付近のベースキャンプで大半の奴らが静養中。

 私は第一報で先に戻ってきたの。斥候としては私が一番腕利きだしね」

「何もエフエスさんがわざわざ……。ベースキャンプの人達に任せても良かったんじゃ」


 《楽園》付近に小規模な前線基地があることはエフエスさんからも聞いている。なにも負傷しているエフエスさんが無理を押して出張らずそこの人員に任せればよかったはずだ。


「ごちゃごちゃうるさい、色々理由があるのよ。理由が」


 そう言われれば僕も返す言葉はない。正直、エフエスさんの顔が見れて安心している僕がいるのも事実だった。


(……ま、あんたらに無事な顔を見せておきたかったし)


 ボソリ、と何かエフエスさんが呟く。


「いまなにか言いました?」

「いいえ、なにも?」

「あ、はい」


 返ってきた笑顔から妙に迫力を感じた僕は素直に頷いた。


「エフエス、無事だっタ。良かっタ」

「何度か死にかけたけどね。スサオロチに見つかって調査団が危うく半壊しかけるわ、私も肋骨何本かへし折られた挙句危うく失明しかかるわ散々だったわ」


 ダイナの無邪気な言葉にあーやだやだと返しつつ、なんだかんだと嬉しそうなエフエスさんだ。ファーストコンタクトからは想像できないほどこの半年で二人は仲良くなったのだ。


「ま、治癒系ギフトで大体は治療済みよ。それより問題は――、ね。あなたの同期?」


 と、天道を指す。その視線は険しく、明らかに天道を危険視していた。実際その気になればマインを瓦礫の山にできる爆弾じみた男なだけにその判断は極めて正しい。

 加えて僕らとも強烈な悪縁ができたばかりだ。エフエスさんも無関係ではいられないだろう。


「すいません、王城の《勇者》と揉めました。……もう僕らはウェストランドにいられません」


 頭を下げる。

 やむを得なかったとはいえ迷惑をかけたことが申し訳なくて、エフエスさんと視線を合わせられない。


「ああ、その心配は要らないわよ」

「え?」


 が、あっさりとした口調で安心しなさいと言われ、呆気に取られる。


「まあ、あっちを見ていなさいな。構えながら、ね」


 油断はするな、と釘を刺しつつエフエスさんが言う。

 その言葉に従い、僕らは天道とギルド長の会話へ耳をそばだてた。




 ◇◆◇◆◇◆◇




『…………』


 険しい顔の天道と胡散臭い笑みを絶やさないギルド長の間にわだかまる奇妙な沈黙は、しびれを切らした天道によって破られた。


「それで、ガトーさんでしたっけ? 冒険者チンピラ達のまとめ役がこの《勇者ボク》に何の用が?」

「何の用、と来ましたか。なるほど、これは聞きしに勝る豪胆さですな。が、まあそんなことは今はよろしい。で、えーと……そうそう、本題でしたな」


 一見丁寧な声音に副音声でたっぷりの嫌味を込めた問いかけを、ギルド長はサラリと躱した。

 チラチラと、極光を宿す剣をこれ見よがしに見せつける天道を全く気にしていない。暖簾に腕押し、糠に釘。一言で言えば役者が違う。


「まあこの街の統治の一端に関わる者として色々と聞きたいことはあるのですが」


 わざとらしく崩れた城壁へ視線を向けて釘を一つ刺しつつ、ギルド長が言う。


「取り急ぎ冒険者ギルドの長として話を致しましょう。……そちらの彼と、何かトラブルでも?」


 と、僕を示して話を進めた。

 わざわざ矢面に立ってくれているあたり、どうやらギルド長は僕寄りの立場でいてくれているらしい。恐らくはエフエスさんが根回しをしてくれたのか。


「『運び屋にもつもち』を『運び屋どれい』として使ってやろうっていうのに、アレが生意気にも《勇者ボク》に逆らったからサ。懲罰を与えていたんだよ、僕の”力”でね」

「……………………それであのありさまと」

「そうさ」


 崩れた城壁を示せば極光を宿した剣を誇らしげに掲げ、むしろ自慢するように堂々と頷く天道。

 あっさりと自分の犯行を自白し、悪びれもしない天道にギルド長は大分呆れているようだった。その気持ちはとてもよく分かる。僕もうんうんと頷いた。エフエスさんが僕の隣で変な顔をした。


「で、ありますか。まあ城壁の件は後ほどマインの城主閣下と王城から話があるでしょう。この場で私から言うことはありませんが――」


 肩をすくめて城壁については流すことにしたらしいギルド長だが、そこで言葉尻を鋭くし――、


「”彼”については別です。当ギルドの長としては当人の希望があるならともかく、有望な冒険者への強引な引き抜きはギルドとして断固とした態度を取らせて頂きます」

「有望? が、かい?」


 これ見よがしな天道の当てこすりにもあっさりと頷くギルド長。


「ええ、大変な将来性の持ち主です。現時点でも評判は悪くない。正直……彼を追い払った王城は見る目がない、と言わざるを得ませんな」

「……へえ、それは凄い。ちなみに――《勇者ボク》と比べると、どうです?」


 間接的に自分も当て擦られた天道の声が脅しをかけるような低いものになる。

 一介の冒険者と王城の《勇者》、どちらを取るのか……延いては《勇者ボク》に喧嘩を売っているのかという暗喩を込めた問いかけを、


。よほどの馬鹿でなければ”彼”を取るでしょう」

「なっ……ぁ……っ!? 本気で言ってるのか、そんな『荷物持ち』の肩を持つなんて!」


 肩をすくめたギルド長は天道のプライドもろとも真っ向から蹴り飛ばした。

 敬語を取り繕う余裕も失せたのか、天道が乱暴な口調でギルド長に食って掛かる。


「この場合比較対象が悪すぎるというのもあるのですが……まあ、結論は変わりませんな、ハイ。ええ、当然でしょう? 『運び屋』、それも《アイテムボックス》の規格外エクストラギフト持ちなんて金のなる木を手放す馬鹿がいるとでも?」

(バレた! いや、エフエスさんがバラしたのか?)


 前後の経緯から推測すればそれ以外ない。

 エフエスさんの横顔を窺うとパチリとウィンクが返された。やはりギルド長はエフエスさんの仕込みだったようだ。


(ガトーは銭ゲバだけど筋は通す奴よ。王城と交渉して要求を通す政治力もある。私が用意できる後ろ盾としてこれ以上はないわ)

(それは……)


 ヒソリ、とエフエスさんが囁く。

 当たり前のように口にした後ろ盾を用意するという言葉、それがどれだけ難しいか察せられないほど鈍くもない。エフエスさんがギルド長と交わした取引の中身は決して軽いものじゃないはずだ。


(……ありがとう、ございます)

(……こんなことでいちいちお礼なんて言うな、バカ。いいのよ、あんたは私の弟子なんだから。私にくらい頼ったっていいの)


 グシャグシャと荒っぽく僕の髪を撫でる手もどこか優しかった。

 恐らく《楽園》の調査任務も取引条件の一つ。つまりエフエスさんの怪我は僕を守るために負ったようなものだ。

 本当に、エフエスさんはいくら尊敬しても足りないくらいに僕を助けてくれる。積み上がっていく借りを、一生かかっても返すと、僕は改めて決意した。

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