第四十三話 もういじめられっ子じゃない

 もう一度、繰り返そう――

 どんなに理不尽でも、どんなに不条理でも――それが僕の目の前にある現実だった。


「僕は――」


 迷った。

 ダイナを差し出すことじゃない。そんなこと考えるまでもない。


(どうやってこいつを言いくるめる? なんでもいい、なにか手がかりは――!?)


 どうすればこの八方塞がりを抜け出せるかを僕は必死で考えていた。それでも簡単に思いつくようなら苦労はない。


(そうだ、お目付け役のあの人なら)


 身分が高そうな騎士なら天道の無茶苦茶を止められるかもと期待して視線を向けるが……逸らされた。平民の冒険者如きのために動くつもりはないらしい。


(ダメ、か。クソッ、なんで僕らばかり、こんな!)


 そして沈黙を保ったまま時は過ぎ――、


「――沈黙は了承と見做す。構わないだろ?」


 タイムアップを、天道が告げた。


「待ってくれ! まだ――」

「まだ、なんだい? お別れの時間が必要かな? 多少は待ってあげてもいいけど、僕も多忙なものでね」


 ほら、僕は勇者だからサと厭らしく自慢げに笑う天道を睨みつけるけど、だからっていい知恵が湧いてくるはずもない。

 天道が勝ち誇った表情でダイナの方へ一歩踏み出す。打つ手がない僕は悔し気に下を向くしかない。


(どう、する……どうすれば――ッ!?)


 いっそ僕が天道を抑えている間にダイナだけでも逃がすか……そんな、やけっぱちに似た考えすら頭に浮かんだ、その刹那に、




「――――――――――――――――ホダカ」




 声が、聞こえた。

 僕らが出会った時と同じ、でも比べ物にならないくらい力強いダイナの呼びかけが。


「大丈夫」


 微笑わらっていた。

 なんとなく状況が最悪だと察した上で……と僕を勇気づけるための笑みを浮かべていた。

 根拠なんてなくても、理由なんてなくても、ダイナは微笑わらえていた。

 

「なんとかなるよ。だってホダカと、ダイナがいるんだもン」


 どこかで聞いたような、懐かしく思えるような言葉だった。まだ、半年くらいしか経っていないのに。

 大丈夫、私がいるよと、今度はダイナがそう僕に教えてくれた。


嗚呼ああ……」


 思わず、大きく息を吐く。

 この胸の中で騒ぐ感情の渦をなんて言えばいいのか、僕には分からない。感動とか、感謝とか、頼もしさとか、愛おしさとか。色々な感情モノがごちゃ混ぜになって名前なんて付けられないけど、一つだけ確かなことがある。

 本当に、ダイナは大きくなった。身体ではなく、心が強くなった。もう彼女は孤独に怯える子どもじゃない。

 それに対して僕はどうだ?


(『運び屋』になれたからって有頂天になって。そのくせクラスカーストを引きずって、天道にいちいちビクついて)


 格好悪いことこの上ない。

 でも、それでも。僕は確かにこの世界に来て変わった。ダイナと、エフエスさんと出会って、変われたのだ。

 だから、だからさ――


(ここで、格好つけなくてどうするんだ――!!)


 笑えよ、笑え。

 根拠なんてなくていい、勇気なんて振り絞らなくていい。全部、後付けでいい。そんなもの、走り出せば勝手についてくるのだ。

 もういい加減、”前”の世界を引きずるのはヤメだ。


(僕はもういじめられっ子じゃない――『運び屋』だ!)


 気付けば僕はもう、下を向いてはいなかった。




 ◇◆◇◆◇◆◇




「天道、その取引――」

「また呼び捨て……。まあいい。もう覚悟は決まっただろう? 早く彼女を僕に――「お断りだ」――いまなんて?」


 不快そうに顔をしかめた天道からの要求にキッパリ首を振る。すると露骨に青筋を立てた天道が聞き返してきた。

 これでウェストランドは僕らの安住の地ではなくなった。けど、これまでにないくらい清々した気分だった。


「もう一度聞くよ。いま、なんて、言ったんだい? 『荷物持ち』のキミがさぁッ!?」

「断るって言ったんだ。耳が遠くなった訳じゃないだろ。いちいち聞き返すなよ」

「……ッッッ!! この――」


 もうこのクソ野郎に振り回されるのはいい加減うんざりだった。そのうんざり感を思い切り声に込めて言い返せば、天道は虚を突かれたのか口をパクパクとさせるだけ。

 僕がこうもはっきり反撃してくるなんて考えもしていなかったのか。それだけ僕を見下していたのか。


(ふざけるなよ)


 ダイナを見て覚悟を決めたせいだろうか。いじめっ子への恐怖、クラスカーストのトップ層になんとなく感じていた引け目のようなあやふやな感情はもう湧かない。

 改めて等身大の視線で天道を見れば……そこにいるのは、ただの我儘なクソガキだ。この半年間、突然湧いて出たギフトに振り回され、現実を見ずにただ自分の都合のいい妄想に耽り続けて正気を見失った人間の屑。


「……今すぐ地に頭を擦り付けて詫びるんだ。そうすれば這いつくばって生きることだけは許してあげるよ、僕の『荷物持ち』として、惨めに、奴隷のように、ね」

「前から思ってたんだけどさ……天道、お前って思った以上に馬鹿だったんだな」


 怒りで身体を震わせながら、ギリギリ理性を取り繕っているらしい言葉のおかしさに思わず鼻で笑ってしまう。

 それで譲歩しているつもりか? 本気なら交渉というものが分かっていないとしか言いようがない。

 ビキリ、と天道の額に青筋が浮かんだがもう怖くもなんともなかった。


「最初から僕を『荷物持ち奴隷』にするつもりで声をかけたんだろ? 。終わった話を蒸し返すなよ。せっかく賢いフリをしているのに馬鹿さ加減を取り繕えてないじゃないか」

「……ッッッ!! この……凡人モブ如きが、《勇者ボク》に逆らうだって!? 終わったな、もうお前にこの国で生きていく場所なんてない! もうお前は終わりだ!!」


 怒りと嗜虐感を混ぜ込んで天道がサディスティックに笑う。確かにその言葉は正しい。

 これほどまでに《勇者》を馬鹿にして、公然と逆らった僕らにはもうウェストランドに安住の地はない。ただし後悔も全くない。

 それでも”大丈夫”だと、今ならそう思えるから。


「別に、どうにでもなるさ」

「なる訳ないだろう、僕がお前を潰す! たとえここから逃げても王国中がお前の敵だ! お前達は終わりだ!」

「へー」


 鬼の首を取ったように笑う天道に肩をすくめて見せると、流石におかしいと思ったのか怪訝な顔に変わる。


「一つ忘れてるみたいだから教えてやるけどさ。

「それがどうした!? たかだか『荷物持ち』の分際で……!」


 その認識がもう間違ってるんだよ、天道。

 『運び屋』は街から街へ移動し、繋ぎ、世界を巡る仕事だ。この世界のどんな場所でだって必要とされる仕事なんだ。


「『運び屋』の僕らは別に。どこでだって生きていける。お前と違って」


 そうだ、ウェストランドで生きていけないというのなら他所の国に行けばいい。絶対にこの国に骨を埋めなきゃならない理由なんてどこにもない。

 そして僕には天道に勝てずとも逃げ切る自信はあった。まあダイナのギフトが前提だから僕自身はあまり威張れるようなことじゃないけど。


「……ッ! だからどうした! ここで僕がお前らを潰すのに変わりはない。調子に乗るなよ、この『荷物持ち』がっ!?」

「ごめん、それさっきも聞いたよ。《勇者》様はもう少し気の利いたこと言えないの?」


 性格がクズな割に罵倒のレパートリーが少ない天道に反撃すると、今度こそ言葉を失った天道が悔しそうに黙り込む。

 こいつ、口喧嘩弱いな。外面だけはいいからこうやって正面から言葉で殴り合う機会が少なかったのかもしれない。


「大体僕が『荷物持ち』なら君はお膳立てされた仕事一つできない勇者様アマチュアだろ? 街道のディノレックス、そっちが下手を打ったせいで残党に僕らが襲われた。お使い一つできない勇者様のお陰でこっちはいい迷惑なんだ」


 この流れに乗じて溜め込んだ不満を思う存分ぶちまけていく。正直、かなり気分は爽快だった。


「何を言ってる? 街道のデカブツは倒した。この僕が!」

「王都のギルドから聞いているかは知らないけど、恐爪王ディノレックスは一頭じゃなかった。だったんだよ。いま片割れが獲物を探して湖龍街道のあたりをうろついてるはずだ」


 山脈奥地は獲物の量が豊富だが、同時に危険な外敵も多いとエフエスさんから聞いている。

 人里に降りてくる大型魔獣は大概が山脈奥地の生存競争に負けた敗残者だ。恐らくその一員である恐爪王ディノレックスの群れは元居た場所には戻れず、割のいい獲物……人間の隊商を見つけて湖龍街道に住み着いた。

 だが湖龍街道でも天道たちにリーダーの片割れをやられ、奴らは追いつめられ、飢えている。既に新たな犠牲者が出ていても不思議ではない。


「――お待ちを。そのお話、もう少し詳しくお聞かせいただけますかな?」


 と、ここで何故かお目付け役の騎士が割って入った。


「編成した一隊で街道を進む途中、妙な気配を感じました。例の残党と考え、その場では無視しましたが――」

「黙れよ、三下。いまは僕が話してるんだ。横から余計な口を挟むなっ!」


 深刻な面持ちで語る騎士を遮り、黙れと声高に言い放つ天道。その露骨なまでの怒りと侮蔑に騎士も眉を顰めるが、次いでカッと目を見開いた。


 、と極光が輝く。


 天道が剣を抜いていた。だけではない、直視できないほど眩く輝く黄金の光が刀身に宿っている。

 ギフトだ。噂に聞く《極光》が見るからに危険な輝きを放っていた。

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