第四十二話 これはそういう取引だ

「へぇ……これは」


 ダイナと天道。

 二人の衝突を抑えようと僕が必死になって頭を回している横で、天道が薄暗い欲望を含んだ呟きを漏らす。


「やあ、驚いたな! 穂高君、キミも隅におけないね。こんな可愛い女の子と仲良くしているなんて」


 驚く僕を他所にさっきまでとは別人のように爽やかな声音で天道がダイナへと声をかける。そうしていると見かけは爽やかな感じのいいイケメンだが、僕には甘い匂いで獲物を誘う食虫植物のように見える。

 確かにダイナは幼さを差し引いても眩しいくらいに人目を惹く美しい少女だ。人形のように整った美しさと、幼子のような無邪気な可愛らしさ、そして野性の危うさが矛盾なく同居した、オンリーワンの魅力に天道は目が眩んだらしい。


「初めまして、僕は天道光司。仲よくしてくれると嬉しいな。穂高君とはこの世界に来る前からの友達で――「お前、。喋るナ」――っは???」


 そのままいけしゃあしゃあとダイナを口説きにかかるが――と。

 いっそ痛快なほどにダイナが上辺だけ取り繕った天道の言葉を切って捨てた。


「ホダカ、無事?」


 ダイナはただ僕だけを見ていた。天道に怯える、僕を。


「お前、敵か? なラ――」

「だ――ダメだ、ダイナ! 抑えて!」

「……ぅ」


 ダイナの家族愛はとても強い。根っこが優しい性格だし、恐らくは僕らと出会うまで孤独に生き抜いた時間も関係しているのだろうけど、家族の敵は自分の敵と思っている節がある。

 その分”敵”に暴力を向けることに躊躇も容赦もない。そしてダイナは天道を半ば”敵”と認識している。つまりはこの状況、恐ろしく危険だ。

 僕の制止の言葉も、一応は聞いてくれたがこの先どこまで通用するか。僕の額に冷や汗が一筋垂れた。


「ふ、フフ……。キミ、大分気が強いんだね。そういうところも魅力的に思えるよ」


 ダイナが大人しくなったことで気を取り直したのか、天道は再び気取った仕草で髪を整えながら口説くのを再開した。


「が、これは忠告だ。言葉遣いには気を付けた方がいい。これでも王国の《勇者》だよ、僕は」

「《勇者》、なにそレ?」

「なっっっ……」


 《勇者》の権威をナンパに活用する天道だが……うん、すまない。その子、ちょっと世間知らずなんだ。

 無闇に周囲を傷つけないよう情操教育の方を優先して知識の詰め込みは全然だ。とりあえず生活していくうえで最低限の知識はあるといったところ。一般常識の方も間に合ってない。

 だがそんなダイナの言葉が天道にはいちいちクリティカルヒットしたらしい。カクンと顎を落とし、イケメン台無しの間抜け面を晒していた。


「《勇者》なんてどうでもいイ。お前、ホダカを虐めタ。なら――ダイナの敵だ!」

「ど、どうでもいい……?」


 天道の中で《勇者》はある種のアイデンティティになっていたのか、ダイナの言い草にグラリと身体が揺れる。そこで天道の経験値は尽きたのか、辺りを見渡すと助けを求めるように僕の方へ視線を向けた。


「き、キミからも彼女になんとか言ってくれ。僕ら、友達じゃないか」

「トモダチ? コレが?」


 天道からの取りなしの要請に、あからさまに胡散臭げな顔をしたダイナが僕の方を見る。

 大嘘つきも大概にしろ。そう言いたげなダイナだが、一応は確認を挟むあたり成長しているのだ。出会ったばかりの頃は”敵”と判断したら問答無用で飛びかかっていたのだから。


「…………………………………………ああ、そうだ。僕とそいつは、友達だよ」


 正直、物凄く葛藤したが。

 長い沈黙の後、最終的に僕は頷いた。その言葉を聞いたダイナは胡散臭げな表情こそ変えなかったものの、天道へ向ける露骨な敵意は多少控えめとなった。

 もちろん僕も大いに不本意だ。こんなうすら寒い台詞を言うくらいなら泥を呑んだ方がマシだった。


(でも、仕方ない。ここはなんとか天道を宥めすかさないと)


 ダイナの発言には正直胸がスッとしたし、僕に代わって矢面に立ってくれたことは嬉しい。

 だけど相手が悪い。繰り返すが、天道は公式にウェストランドから認められた《勇者》。一応はこの国の特権階級なのだ。《勇者》の権威を無視することは、ウェストランドの権威に砂をかけることと同じ。

 一応言っておくと《ウェストランド》は身分制度が現役の封建制国家で、江戸時代の無礼討ちに似た無法(この国では合法だが)がまかり通っている。

 僕らはこのまま斬りかかられても文句は言えないし、仮に返り討ちにしても結局はマインどころかウェストランドを離れなければならない。それは避けたかった。

 だが……さっきまでの暴言を友人同士のじゃれ合いに持ち込めるかもしれない。


「……なら、仕方なイ」


 僕がはっきりと頷いたことでダイナも渋々とだが矛を収める。納得はしていないが、僕の意を汲んでくれたのだ。


「ありがとう穂高君! やっぱり持つべきものは友達だなぁ!」


 と、調子よく薄っぺらい感謝の言葉とともに天道が僕をハグしてくる。嫌悪感で咄嗟に身を引こうとするのを何とか抑え、僕も天道の背に手を回した。


「穂高君。いいね、彼女――

(――――? ――――――――は?)


 その瞬間天道がと囁くように、僕の耳だけに届くよう小声で囁いた。


「美しい。本当に、可憐だ。聖と甲乙つけがたい美少女は初めて見たよ。王城で手に入れたメスどもとは比べ物にならないレベルだ」


 さっきまでの取り繕った爽やかさを投げ捨てた、薄汚い男の欲望を剥き出しにした声だった。

 人の尊厳を踏みにじる、あまりにゲスすぎる発言に僕は一瞬呆気に取られる。


「まるで僕の元で愛でるために生まれてきたようじゃないか」


 欲しい、と露骨なまでに欲望を滾らせ、天道が呟く。

 整った顔立ちに相反するあさましい欲望を浮かべたそのギャップが天道をより一層おぞましく見せていた。その姿はまさに人面獣心――人の顔をした犬畜生としか言いようがない。


「そんなの――」


 今度は迷わない。当然断ろうとした僕に。


「彼女を差し出せばさっきの暴言は聞かなかったことにしてあげるよ、?」

「――――ッッッ!」


 ネズミをいたぶる猫のような笑みを浮かべた天道が囁く。吐き気を催すその言葉に思わず天道の腕を振りほどき、後ろに飛びずさる。奴の触れた部分がと鳥肌が立つほどに強烈な嫌悪感を感じた。


「これはそういう取引だ。意味は、分かるだろう?」


 嫌悪感を露わにした僕を気にすることもなく、天道はヘラヘラと笑っている。

 つまるところ、僕を見逃す代わりにダイナを差し出せと奴は言っているのだ。


「僕は――僕、は……」


 もう一度、繰り返そう――

 どんなに理不尽でも、どんなに不条理でも――それが僕の目の前にある現実だった。

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