閑話 その頃、王城では③

 

 午前が《魔女》との授業なら午後は実践の時間である。特に聖が持つ最大のアドバンテージであるギフト《聖癒》を磨くことに重きを置いていた。

 《聖癒》。

 王国の歴史でも数えるほどしか所持者のいない稀少ギフトだ。数ある治癒系ギフトの中でも最上位に位置すると言われている。

 その真価は単純な外傷のみならず、毒や病を含めた完全な治癒。流石に老いまでは癒せないらしいが。単純だが恐ろしいまでに有用であり、世の権力者垂涎のギフトだった。

 とはいえ完全治癒は消耗が激しいので、ここぞと言う時の切り札扱いだ。月一間隔で施術を命じてくる王様もいるが、月一な分だけまだ自重している方かもしれない。


「やあお手を煩わせてすいません、《聖女》様。なぁに、この程度ツバを付けとけば――」

「いいから、座ってください。治癒をかけます。なんで兵士さんってこう……」


 聖の実戦練習には当然だが怪我人が出なければ始まらない。普通は都合よく大量の怪我人を用意できる訳がないが、王城に限っては例外である。

 交易都市レイクが生み出す富に任せて専業兵士として雇用された王城の守備兵達が派手に流血しながらも日々激しい訓練を繰り広げているのだ。

 流石王城を守る兵士なだけあり、少数だが精鋭が揃っている。冒険者基準なら全員Cランクは確実ととある兵士が自慢げに語っていた。

 それがどれくらい凄いことなのか聖には分からないが、兵士達の鍛錬が現代日本の基準だと狂人染みていることは理解していた。

 なにせ組み打ちによる骨折や派手な流血も日常茶飯事だ。挙句、聖の治癒をアテにできると知って鍛練の過激さは増した。日本で言うと戦前の流血や体罰が笑い話で済んだ時代の荒っぽさを更に先鋭化した感じだ。死ななきゃ安い、訓練で死ねた? やったね戦と違って100%故郷に埋葬してもらえるよ。そんな感じだ。

 脳天から血をダラダラ流しながら朗らかに笑いかけられた時ほどカルチャーギャップに悩まされたことはない。すぐ叱りつけて治療を受けさせたが。

 

「――手が止まっているよ。使えば使った分だけギフトの扱いはこなれる。手抜きはダメだ、全力でおやり」


 魔女の監督の下、ギフトを磨くためにひたすらに治療を続ける。

 呼吸を意識し、精神を集中。目の前の傷だけを見つめ、自分と怪我人以外の全てを意識から締め出し……どうかこの人に癒しを、とただそれだけを願う。

 そのたびに身体から熱いエネルギーが迸り、抜け出ていく感覚がある。溢れ出すエネルギーを傷口に導き、注ぎ込めば裂傷や打撲がまるで世界に消しゴムでもかけたかのように消え去り、元通りになった身体が現れる。


「おお」

「一瞬で」

「まさに奇跡のような」

「流石は《聖女》様」

「《勇者》とは違い過ぎる……どうして」

「シッ、聞こえるぞ」


 深い集中から戻ってきた聖に兵士達の囁きが切れ切れに届く。全ては聞き取れないが、兵士達は聖に好意的なようだ。

 聖自身すら奇跡としか言いようのない光景を見て《魔女》が満足げに頷く。


「いいね、なかなかの手際だ。そろそろ血の匂いにえずくのは飽きたかい?」

「毎日のように見ていれば血にも慣れます」


 この実践治療を始めた当初には鮮血の赤色と鉄臭さに動揺していた聖だが、今は心を揺らさず短時間で深く集中してギフトを使えるようになっていた。

 どんな修羅場でも焦ってはならない。焦ればギフトの行使に支障を来たすから。

 血に慣れねばならない。聖もいずれは対魔獣の前線に立つ可能性があるのだから。


「それにしても兵士の皆さんは熱心ですね。毎日のように血まみれに……ちょっと夢に出てきそうです」

「日々の鍛錬こそが兵士の背骨さ。あの坊やのようにギフト一つで無茶を押し通す天賦ギフテッドは少ない。良くも悪くも、ね」


 天賦ギフテッド。ささやかな効果のギフトしか持たない者が大半のこの世界で、幸運にも特に強力なギフトを授かった者が呼ばれる称号だ。

 聖と、そして天道もその区分に入るのだろう。


「極論ギフトに頼らずとも人は強くなれる。ま、強力なギフトを持つに越したことはないし、冒険者基準で言う人外級Bランクに届かせるには身体と装備、それにギフトを鍛え抜くのが最低限だがね」


 一部の例外を除き、基本的にはギフトはあくまで個人の特色を示すワンポイントに過ぎない。弱いギフト持ちでも肉体の鍛錬と武装の充実によって高い実力を示し、名を上げた例は少なからずある。

 ちなみに強力な魔獣の血肉を摂り込むほど肉体的に頑健になるという噂もあるがあくまで噂に留まる。ただ対魔獣の最前線地域ほど強力な冒険者が生まれやすいのは確かだ。


「だがあの馬鹿坊はもう少し弱いギフトに当たるべきだったね。強すぎる《極光》があの子にも周囲にも毒になっている」

「やはり《極光》は相当に強力なギフトなのですね……」

「”銀”光一閃、万物両”断”。故に《銀断》。かつてのAランク、歴代最優の魔獣討伐実績持ちが誇ったギフトさ。使い方次第であのスサオロチにも通じるはずだ。……今は遠い夢、どころか実現すれば悪夢だがね」


 ただし強力なギフトはそうした地道な鍛錬を覆すほどのポテンシャルを秘めるという。ひるがえって勇者のギフトはまさにチートと呼ぶにふさわしい。

 戦闘という用途にこそ不向きだが、聖の《聖癒》も単純な裂傷や骨折程度なら祈り一つで重傷者十数人を癒すことができる。そして天道の《極光》も運用次第で強力な大型魔獣を相手に必殺を押し付けられる強力なギフトだ。

 だが問題なのは肝心要の天道本人であり……、


「あの……」

「はい、どうされましたか?」

「……天道君は、今日はここに顔を出しましたか?」

「さて、今日《勇者》テンドウ殿はお見掛けしておりませぬ」


 予想通りの答えに聖は大きなため息を吐いた。そのため息に、答えた兵士が苦笑いをこぼす。


「そうですか……。すいません、いつも」

「さて、《聖女》様に謝られるようなことはなにも」


 どうせ囲った(あるいは囲われている)女のところにいるのだろう。

 これが異世界召喚という名の誘拐からの現実逃避ならまだ理解もできるが、天道の場合は単純に、だろう。それが周囲からどう見えるかは考えない。いや、自身に都合のいい一面だけを見ていると言った方が正確か。彼の視点では恐爪王ディノレックスを一太刀で切り倒し、周囲の女性から自身の称賛をかけられ、立派に勇者の務めを果たしているのだろう。


のことは考えるだけ無駄さ。自分の中で完結しちまってる。矯正するには横っ面を殴りつけて無理やり現実を見せるしかないが、《極光》があるからねぇ。暴発すれば厄介だ」


 宰相補佐ロバーズもとんでもないババを掴まされたもんだよ、と若干の同情すら込めて呟く《魔女》だった。

 とはいえ拉致被害者にあたる聖からしてみれば、


(あの海藻頭の宰相補佐さんが苦労していようがどうでもいい、というかいい気味なんですが。まあ師匠センセイの顔を立てて口には出さないでおきましょうか)


 と、なるのだった。

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