閑話 その頃、王城では④


「クソッ、どういうことだあのバカはッ!?」


 夜も更け、月が天頂に昇り、人目が消えたころ。

 ウェストランド王国の王都、《レイク》に佇む王城の一画。宰相補佐に与えられた執務室でドン、と握りしめた拳が重厚な造りの執務机を叩く。

 ワカメ髪の宰相補佐にして穂高を王城から追放した張本人、ロバーズ・ガイアックスがその整った顔立ちを怒りに歪め、頭を抱えていた。


「バカはいい。操りやすいからな。だがなんだあのバカは!? 天道光司、幾ら何でもバカが突き抜けすぎだろうがっ!」


 天道光司。異世界から召喚された《勇者》であり、ロバーズの頭痛の種だ。

 当初こそ召喚直後の異様な雰囲気に警戒したが、会話を交わせばすぐに底の浅い人柄は知れた。

 煽てに弱く、女に弱く、適度に使命感に目が眩んでいて、そのくせギフトは歴代でも屈指。力はあっても考える頭はない、扱いやすい”駒”が手に入ったと召喚当初は喜んだ。

 だが今となってはとんでもない”ハズレ”を掴んだのだとロバーズは痛感していた。奴はバカだがただのバカではない。こちらの予想を悪い意味で裏切る、突き抜けたバカだ。


「飯も女もたらふくいいモノを用意してやったろう!? みんなを守るだとか威勢のいい台詞まで吐いて、だのにいざとなれば手抜き? 、だぁ? ふざけんな、よりにもよってお前が勇者を語るな!!」


 と、怒りのまま執務机に置かれた執務道具を力任せに叩き落すロバーズ。派手に物音が鳴り、その怒りの激しさを伝えた。

 なまじ露骨なほどに優遇したのが悪かったのか。いいや、対応そのものに間違いはなかったはずだ。事実としてこれまでの勇者召喚では上手くいっていたのだから。

 女の甘言にたぶらかされ、甘い蜜を啜って頭に自前の脳味噌があることを忘れ、王国からの指示通りに動く駒。それが王城が望む《勇者》だ。


「僕が甘かった。バカは言わなくても分かることを分からないからバカなんだ」


 だが天道はそれを超え、自身の見得と欲望を最優先する自意識の肥大した自己陶酔者と化した。

 ありていに言って天道は特権意識を拗らせすぎた。その傾向はこれまでに召喚された勇者たちにもあったし、なんなら王国側はそれを煽りもした。

 だが普通はその優遇の裏にある意図を考えたり、恵まれた境遇を受け続けるためにこちらの意図を多少なりと考えて動くものなのだ。

 繰り返すが、


「あのバカ、まさか本気で自分を選ばれた勇者なんて勘違いしているのかっ!?」


 《勇者》、王族のギフト《異世界召喚》で呼ばれる異世界人からさらに選りすぐった優秀な”奴隷”だ。王国に強力な魔獣が来襲すれば高確率でその対処に当てられるため、大半は十年ももたずに戦死する。

 元を辿れば王族とともに《魔獣領域ウェイストランド》を切り開き、《西の王国ウェストランド》を建国した異世界人に授けられた名誉ある称号だが、今となっては王城に都合のいい力ある奴隷を指す蔑称になり果てていた。


「担ぐ勇者を間違えましたね、ロバーズ」

「……お前か。勝手に入ってくるなと何度も言ったはずだぞ、影」


 頭を抱えて叫ぶ醜態を見られていたと知り、不機嫌そうに口を開くロバーズ。

 言葉とともに視線を向けた先には壁に背を預けた長身の女。肉感的な肢体にピタリと張り付く官能的で機能的な黒装束を身に纏う。長身でスタイルのいい美女でありながら、その気配は奇妙に薄い。

 影と呼ばれた女はロバーズの非難を気にした様子もなく淡々と口を開く。


「王城から放逐した異世界人達の現況報告です」

「ああ、あの無能どもか。にしても、お前がわざわざ来るほどのことか?」


 この女は王城の闇に潜む間諜の頭領。王城の情報網を一手に担い、《勇者》の粛清部隊という側面すら持つ影の刃だ。報告の中身は本来女を動かすほどのものではないはず。


「一点、予想外のことがありまして」

「予想外?」

穂高ホダカ リク

「誰だそれは?」


 案の定ロバーズの頭の中から半年前に王城から真っ先に追放した異世界人の名前は消え去っていた。女の視線がさらに冷え込む。


「……恒例の、王城から真っ先に追い出された異世界人です。いまはマインでDランクの冒険者として活動中」

「ああ、あの……。無能らしく冒険者チンピラに成り下がってみみっちく稼いでる訳だ。いつものことと言えばいつものことだな」

「それだけなら部下を寄越して終わりです。もう少し頭を使っては?」

「……それは僕に言っているのかい? 史上最年少で宰相補佐に抜擢された、僕にさ?」


 二人の間の空気が


『……………………』


 キレ頭脳の持ち主であり異常に肥大したプライドを持つロバーズと、現行の勇者体制に批判的な女。さらに性格的にも反りが合わない二人は犬猿の仲だった。

 それでも仕事人として互いに一線を引いて接する度量はある。


「……続きを話せ。聞いてやる」

「彼のギフト《アイテムボックス》。どうやらかなり上位の等級のようですよ。無能と断じたあなたの見込み違いでしたね?」


 皮肉を効かせる女に構わず、その言葉の意味を吟味するロバーズ。


「上位等級……なら」

「ええ、将来的な『運び屋』候補としてマインでの注目度は高いようです」

「あの見るからに愚図な無能が『運び屋』? チッ、何もかも上手くいかないな!」


 自業自得だろう、と女は思ったが敢えて口には出さなかった。その悔しがる姿を後で酒の肴にしようと思うくらいにはロバーズのことが嫌いだったからである。


「僕に無駄な手間を取らせるなんて愚図は本当に愚図だね。おい、いまからでも首に縄付けて王城に引っ張ってこい」

「どうする気です?」

「王国のために働かせてやるのさ。奴も涙を流してありがたがるに違いないね」


 どこまでも身勝手で傲慢な台詞を紡ぐロバーズ。そこに穂高へ向けた思いやりも、罪悪感すらもない。


「お断りします。そんなことのために私がわざわざ報告に来たとでも?」

「影ごときが、ナメた口を……!」


 その驕りきった顔を冷ややかに見つめながら女がロバーズの指示を切って捨てる。激高しそうになりながらもなんとか怒りを抑えるロバーズ。この女とは反りが合わないが、無能ではない。指示を断るのなら相応の理由がある。


「……ならなんのためにお前が? たかだが底辺の愚図一匹がどうしたっていうのさ?」

「彼一人ならどうとでもできましたが、彼の師匠が一筋縄ではいきません」

「愚図の師匠? どうせ一山いくらの冒険者チンピラ――」

「Bランク、それもエフエスです。場所も悪い。この情勢で《マイン》から無理やり引き抜くのは竜の尾を踏むようなもの」

「チッ、そういうことか」


 それでもやるか、と皮肉を含んだ問いかけにロバーズは不機嫌そうにしながらも首を横に振った。

 長年蜜月状態だった《レイク》と《マイン》の関係が近年不穏な緊張を孕んで悪化しつつある。いくらロバーズでもこの状況で無茶はできなかった。


「……噂に聞く反王城の冒険者筆頭か。チッ、十年も前のことをグダグダと――」

「当人にとって十年か、直接聞いてみたらどうです? セッティングはしますよ。護衛は土下座されてもお断りですが」

「チンピラに割けるほど僕の時間は安くないんでね。それこそ頼まれたってこっちからお断りさ」


 そう言いながら女から死角となる位置で握りこんだロバーズの拳は震えていた。ロバーズもまたこの世界に生きる者として知っているのだ。Bランクという高みの意味と敵に回す危険性を。

 命を狙われれば気付かないうちに脳天に矢がぶち込まれてもおかしくない、そういう相手だ。


「…………」


 とはいえ無能な味方を引き込み、有能な敵を外に作ってしまった現状には代わりがない。ロバーズは悔しさに臍を嚙む。

 エフエスの怨恨を除けば全てロバーズの自業自得である点が余計に気に障った。


「…………クソッ」


 悪態をつきながらもまだだ、と呟くロバーズ。

 まだ挽回は幾らでもできる。天道とかいう不良債権も扱い方さえ間違えなければ使えるはずだし、穂高達も所詮は在野の冒険者。王城の権力の敵ではない。

 その見立ては概ね間違っていない。

 最年少宰相補佐であるロバーズはそのねじ曲がった性根が足を引っ張っているが、その能力は皮肉抜きに優秀だ。

 故に落ちぶれ果てるとすればそれは自分自身で選び、引き入れた無能な味方によるもの――つまり、自業自得に他ならない。

 はまだ遠く、しかし訪れることは避けられないだろう。




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