第三十五話 はじめてのはこびや②
「一ついいですか」
と、前置きを置いて問いかける。
「街道の王級個体、
”恐爪王”ディノレックス。
それはかつて僕とエフエスさんが湖龍街道で森を挟んで対峙した、強力な
「
ディノレックスはディノニクスの何倍もの巨体を誇り、彼らを従える上位種。ディノニクスが異常成長した果てに彼らの王となった強力な魔獣だ。
群れを従えたディノレックスの狩猟難度はB。
「ええ、
だが生きた災害は既に倒された。
そしてその難行を為したのは僕と一緒に異世界から召喚されたクラスメイト。いまは《勇者》を名乗るクソ野郎達だ。
「……噂だけはこっちにも届いていました。討伐した《勇者》の名前は確か天道――」
「テンドウ コウジ。
僕の《アイテムボックス》も大概インチキだが、デタラメさでは天道の《極光》も負けてはいないらしい。
エフエスさんすら怯ませた強敵を一刀両断で片づけるとは。腹立たしいが流石は
「……つまり街道は比較的安全な訳ですね」
飲み下せない心境は一旦脇に置いて必要なことだけを問いかける。天道がどれだけ活躍しようと僕には関係のない話だ。
「正確には討伐前に比べればマシ、という答えになってしまいますね。ディノレックスが率いていた群れの残党が活発に動いているらしく、危険度は通常より高いままです」
「? 親玉を倒した時に群れのディノニクスは一緒に始末しなかったんですか?」
ボスを一刀両断できるなら子分などものの数ではないと思ったのだが。
だがその問いかけに返ってきたのはミシェルさんの氷のような無表情だった。
「《勇者》天道が残党処理をサボタージュしました」
「……すいません、いまなんて?」
「サボタージュしました。この場合は単に手を抜いたというニュアンスになります」
「……なんで???」
色々と予想の斜め上を行く回答に自分の耳か正気を疑って聞き返すと、感情を限界まで削ぎ落した顔のミシェルさんが淡々と答えた。
「さて、それは本人に聞くしかありません。余力自体は十分に残っていたそうなので、できなかったということはないでしょうが」
「……いや、まさか、なぁ」
格好いい自分に相応しい派手な
邪推にも似た考えが浮かぶが、流石にそんな馬鹿な話はないだろうと首を振った。まかり間違ってこの邪推が当たっていれば天道は救いようのない屑ということになる。いくらなんでもありえない。高等教育を受けた現代人の理性を信じたいところだ。
「ギルドからの評価は言わずもがなですね。
表に出さない副音声に勇者批判をたっぷりと盛り込んだミシェルさんの声は極限まで冷えていた。
どんな理由があるにせよ彼女にとって天道のような輩は蔑みの対象らしい。正直僕も同感なのでむしろもっと言ってほしいくらいだ。
「おまけに同行した他の《勇者》や衛兵に怪我人が出たとの話ですし。庶民には新たな《勇者》の登場が賑々しく喧伝されていますが、関係者からの心象は非常に悪いようです」
「衛兵さん達がっ!? 大丈夫なんですか!?」
元クラスメイトはどうでもいいが、世話になった王城の衛兵さん達のことは心配だ。
怪我などしていないといいのだが……。
「出撃したのは街の守備隊です。王城の衛兵とは別の部隊ですね」
「そうですか……よかった。いえ、その守備隊の人たちは気の毒ですが」
「ホダカ、ヨシヨシ」
「……うん、ありがとう。ダイナは優しいなぁ」
安堵のため息をついた僕の頭を、隣に座ったダイナがヨシヨシと撫でた。
ダイナがなにか良いことをしたら積極的に褒めることにしているので、若干の間を挟みつつ僕はお礼を言った。
「それで、結局依頼はどうされますか? 臆されたのなら辞退しても構いませんが」
「受けます」
改めての問いかけに僕は即答した。もう心は決まっていた。
「よろしいので? もう少し検討する時間はありますが」
「検討の余地がないので。こんな美味しい依頼、他所に回すのはもったいなさすぎる」
この依頼を受けるメリットは既に語った通り。
そしてリスクも僕らで飲み下せる範囲と判断した。ならばあとは失敗しないために全力を尽くすだけだ。
「明日の朝早くから出れば日が暮れるまでに十分残党達の勢力圏から抜けられる。それに親玉を失ったディノニクスは無数の小グループに分裂しているはず。もし見つかっても僕とダイナなら逃げるのは難しくない」
元々ディノニクスは数をまとめる”王”がいない限り十頭以下の小グループで狩りをする生物だ。その程度の数なら十分切り抜けられると僕は見込んだ。
「ディノニクスと戦うつもりはない、と?」
「荷を届けるのが『運び屋』の仕事です。そのために必要になれば別ですが」
念を押すような問いかけに心がけだけは『運び屋』のつもりで答えを返す。
『
「
「……フフ。ええ、きっと彼女ならそう言うことでしょう」
将来的にはこれと同等以上の危険な旅路なんて幾らでもありうるのだ。
こんな好条件の依頼を受けて臆するほど、僕は師匠からヤワいシゴキを受けてきたつもりはなかった。
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