第三十四話 はじめてのはこびや
その後も僕らは時にルフと臨時で組んで依頼を受けたり、時にミシェルさんにからかわれたり、コツコツと冒険者として働き続けていた。
そんななんでもないある日のこと、
「ホダカさん、ちょっと事情がありまして。この荷物を急ぎで《レイク》まで届けていただけませんか?」
「え……?」
冒険者ギルドをたむろしているところで、少し焦った様子のミシェルさんに捕まり、そんな依頼を持ち掛けられたのだ。
これまで受けた依頼とは毛色の違うその依頼は僕らがずっと望んでいたもので――、
「はい、ホダカさん達に依頼する『運び屋』としての初仕事です」
「初仕事……」
それは僕らにとって初めての『運び屋』としての依頼だった。
「やった……やった!」
思わずグッと拳を握り締め、喜びで叫びだしそうになるのをこらえる。
この依頼はいつもこなしているクエストとは意味が違う。
『運び屋』として依頼されるのは荷物を持ち逃げしないという信頼と、きちんと目的地へ届ける力があるとギルドから認められたことと同じ。
頑張ることすらできなかった”前”とは違う、積み重ねてきた努力が実を結んだ一つの成果だ。
誰かから認められたのは、頼られたのは本当に久しぶりで、ようやく自分の居場所を作ることができた喜びと達成感に思わず涙ぐんでしまう。
「ホダカ……? 涙、痛イ? 大丈夫?」
その涙を気遣い、心配そうに僕の顔を覗き込んでくるダイナ。小さな頼れる僕の相棒。どこまでも純粋に僕を思ってくれる、かけがえのない家族。一番身近な女の子。彼女がいてくれなければ今の僕はきっとない。
「ありがとう、ダイナ。大丈夫だよ。痛いんじゃなくて、嬉しいんだ……ダイナのお陰で」
「ダイナの、お陰?」
「ああ、ダイナのお陰だ。本当に、ダイナがいてくれてよかった」
心の底からの実感とともにダイナを強く抱きしめる。感謝を込めて、ありがとうと囁いた。
「ホダカ、あのね。ダイナも……ダイナもっ!」
”何か”が琴線に触れたのか、その眦に涙が一筋零れる。
「ホダカがいてくれてよかっタの……。ホダカがいたからダイナも……っ!」
ダイナが僕に思いを伝えようとして、しかし途中から言葉にならない。感極まって僕に縋り付くダイナを周囲の目から隠すように抱きしめる。
「大丈夫、大丈夫だよ。分かってる」
ゆっくりとダイナの頭を撫でる。僕にも彼女の気持ちがきっと分かっていたから。
◇◆◇◆◇◆◇
「……そろそろ、依頼について話を進めてもよろしいですか?」
幼子を慈しむ優しさと、職務に臨む真面目さをブレンドさせた語調でミシェルさんがそう言った。
つい感情が溢れ出して落ち着くのに時間がかかってしまったが、元々はギルドからの依頼という真面目な話だったのだ。ミスとは思わないが、迷惑をかけたことは確かなので素直に詫びた。
「アハハ……。すいません、お見苦しいところを」
「そうですね。冒険者ならばもう少し自分の感情を抑えるべきでしょう……とは言いません。あなたにとってそれだけの意味があったのでしょうから」
目を伏せ、静かな口調で多少なりとこちらの事情を察していることを伝えてくれるミシェルさん。
「ですがここからは私情を挟まずお願いします。さもなければあなた達の評価を見直さなければなりませんので」
「それはもちろんです」
それはそれ、これはこれという叱咤に居住まいを正して答える。
そうだ、僕にとってこの依頼がどれだけの意味を持とうともギルドにとっては関係がない。不適当と思ったのなら他に回すだけ。
せっかくの
「そもそもの話ですが、
定期便。
毎月決まった回数、湖龍街道を通じて《レイク》と《マイン》の間を往復する大規模な輸送便だ。
街道に出没する魔獣対策の一環で、輸送数を減らす代わりに大量の荷を定期的に運搬している。もちろん大量の護衛とともに。冒険者ギルドでもこの護衛依頼はリスクの割に給金がよくてかなり人気だったはずだ。
護衛を雇う金のない行商人などはある程度のリスクを承知でこの定期便に同行し、その安全保障にフリーライドしているという。
ギルドもそれを咎めることはない。いざという時に守りもしないが。
最新の定期便は昨日マインを発ったばかり。明後日となると確かに間に合うまい。
「何故明後日なんです? 頭を下げて待ってもらうのは?」
「この場合荷の中身が問題でして。必ず明後日、遅くとも
「荷の中身?」
「レイクの大商会の会頭がお孫さんのために用意した誕生日プレゼントなんですよ。マイン一流の職人が本気で作りこんだ鎧一領と装備一式。他オマケが多数。妥協せず最高の技術で作りこまれた――子供のおもちゃです」
「……あー、うん、なるほど」
爺バカという感想は胸にしまい込んで真面目な顔でなるほど、と頷いた。細かいところはさておき、確かにそれは頭を下げて済む問題ではない。
大事な孫のプレゼントが間に合わないとなれば怒りの矛先は手抜かりをしたギルドに向かうだろう。
「だからこの任務は非常に微妙なものなんですよ。道中の危険度は低いものの、運搬には《アイテムボックス》持ちが必要なくらいには荷物が大きく、かといって本職の『運び屋』に依頼すれば高くつきすぎる」
「そこで僕らの出番になった訳ですか」
「ええ、Dランクのホダカさん達なら依頼料も安くつきますし、腕も狩猟クエストで証明済み。湖龍街道はそれなりの回数往復経験ありと色々丁度よかったんですね」
この帯に短く襷に長いクエストをこなすために僕らはピタリと当てはまっていた訳だ。
そして僕らにとっても悪い話ではない。危険度の割に報酬は高いし、ギルドに対して恩も売れる。『運び屋』としての実績もできる。いいことずくめだ。
「いかがでしょうか。ホダカさん達にとってもよい話かと思いますが」
「んー……」
と、トントンとテーブルを叩きながら考え込む。
もったいぶったり賃上げ交渉のつもりはなく、純粋にこの依頼を受けるために確認したいことがあったからだ。
「一ついいですか」
と、前置きを置いて問いかける。
「街道の王級個体、
”恐爪王”ディノレックス。
それはかつて僕とエフエスさんが湖龍街道で森を挟んで対峙した、強力な
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