第三十二話 ダイナとデート②

 ベオさんの奥さんに捕まった僕はまず忙しさにかまけて雑になっていた身だしなみに手を入れられた。

 ボサボサに荒れた髪に鋏を入れられ、長すぎる前髪を切られ、くしけずられ。さらに香油だの魔獣脂を使った整髪料だので髪を整えられる。

 それに衣服もだ。

 下着アンダーシャツは自前として、他はベオさんのお古を借りた。急所を覆う軽めの鎖帷子の上から上等な魔獣革で拵えられたシャツとズボンを着込み、少し緩い部分は腰のベルトで締める。さらに護身用の剣鉈をベルトに差した。丸っきり小金持ちの若い冒険者のオフ姿だ。

 仮にもデートへ行くのに護身用の武装を身に着けるのはどうかと思うが、荒くれ者の巣窟であるマインだとちょっと出歩く時も用心しておくに越したことはないのだ。

 そうしてダイナより一足先にお披露目された僕の晴れ姿を見たお三方はというと。


「うんうん、とっても男前よ。昔の旦那を思い出すわぁ」

「おおー。あれがこうなるとは流石お母さん。いや、素材は良かったんだね。泥まみれだっただけで」

「前髪を切ったら可愛い系の童顔ショタとは意外。……悪くない、娼館に男娼として売れそう」


 奥さんはともかく娘さん二人はもう少しまっとうに褒めてもらえないだろうか。僕の心は硝子製なんだぞ。


「それじゃいよいよ本命、可愛く着飾ったダイナちゃんのお披露目です!」

「目ん玉ひん剝いてご覧あれ。控えめに言って私達はいい仕事をした」


 テンション高めの姉とダウナー系の妹がイエーイと謎のハイタッチを交わしながら合図を出す。すると事前に言い含められていたのか竈亭のドアがゆっくりと開かれ、そこから着飾ったダイナがおずおずと落ち着かない様子で現れた。


「ぉ、おぉー……?」


 第一印象は不思議の国のアリス、か。

 多分元の世界ではエプロンドレスとか呼ばれていた衣装だ。鮮やかな青に染め抜かれた素朴なドレスと可愛らしいフリルが刺繍された真っ白なエプロンの組み合わせに、ダイナの雪のように淡い銀髪がそっと調和している。

 更に髪をまとめる大きな黒のリボンが編み方を工夫してまるでウサギの耳のようにも見え、その可愛らしさを彩るのに一役買っている。

 その上で僕に分からない程度の化粧メイクでも施されているのか、いつもより2、3歳ほど大人びて見えた。

 けして手の込んだ正装ではない普段着だが、ダイナの幼く無邪気な可愛らしさを上手くまとめ、さらに引き出している。

 

「……………………」


 どうしよう、着飾ったダイナが可愛すぎてちょっと言葉が出ない。

 こう、親戚の年下の女の子を可愛い可愛いと褒めそやすのとはまったく種類が違う「可愛い」が僕の心臓を直撃していた。


「どうしたのー? ここで褒めないのは女の子的には減点だよー」

「驚きで声が出ないと見た。おめかしで一気に大人びたダイナを見た戸惑いギャップ、血の繋がらない兄妹が男女に変わるこの一瞬――尊いプライスレス


 大当たりだよこんちくしょう。

 僕の中でダイナは妹とか娘とか年下の家族枠であって、たまにその可愛らしさにドキッとしつつもその幼さや大食いっぷりを見て「ああダイナだなぁ」とホッコリするのがいつものことだったのだが。

 いまの、中学生くらいに大人びたダイナを見ているとすごくドキドキする。いまのダイナは年齢下限ギリギリではなく、僕の守備範囲にしっかり入っていた。


「…………ホダカ?」


 一方ダイナの方はというと、僕の方を見て不審そうに首を傾げる。

 待ってくれ、その反応は一体どういう意味合いに取ればいいんだ? 奥さんのお陰で見た目はマシになったはずだけど……。


「あっちもあっちで成功した、のかな? 少なくともホダカ君見た目はイケてるし」

「むしろ見た目が変わりすぎて同一人物判定に失敗したのかも? 劇的大変身ビフォーアフターでほぼ別人」


 二人の言葉を裏付けるようにダイナは僕のすぐそばに近づくと周囲を巡って全身を眺め、ついでスンスンと匂いを嗅ぐ。そして彼女の中で納得がいったのかうんと頷いた。


「ホダカッ!」

「わっ!?」


 独自の流儀で人物確認を果たしたダイナは、パッと顔を輝かせて僕に飛びつく。突然の奇襲に驚きつつ、ふわりと軽いその体を受け止め、受け流すようにグルリと一周した。その感覚が楽しかったのかキャイキャイと笑うダイナ。

 一方の僕は「やっぱりダイナはダイナだなぁ」とホッコリしていた。


「ホダカ、どこカに行ったのかもっテ心配した」

「ああ……。僕ら、いつも一緒だったもんね。ちゃんと説明しなくてごめん、ダイナ」


 僕らが交わす言葉もいつも通りで。あの魔法のような時間が終わったことをやや残念に思いつつ、ギュゥと親を見つけた幼子のようにキツく抱きしめてくるダイナを抱きしめ返した。


「兄妹に戻ってしまった。残念」

「まぁこれからこれから。それにほら、見て」


 姉妹のやり取りを他所にジーッと熱心に僕を見るダイナ。その熱心さは今までのダイナにはないもので……少しばかり、落ち着かない。


「……どうかした? なにか変かな?」

「ホダカ、変わっタ? でも前よリ今の方がいい。うん、今の方が、好キ?」


 合ってる? と首を傾げるダイナ。物凄い勢いで言葉を覚えている彼女だが、たまに選んだ言葉に自信がない時はこうした仕草をしてくるのだが……。


「…………ありがとう。ダイナも、似合ってるよ。うん、凄く可愛い」

「エヘヘ」


 僕は照れるダイナに向けてなんとか、いつもより五割増くらい自制心を働かせて何でもない風を装いながらそう褒め言葉を告げるのだった。

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